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ENDING
未来へむかって
しおりを挟む「せんぱ~い。渡海せんぱ~い! 今日、飲みにいきませんか~?」
後輩が後ろから呼ぶ声で、俺はスマホを耳にあてたままふりむいた。
うちの課に入ってきてまだ半年の後輩は、新しいスーツがいまひとつ体に馴染んでいない。その初々しさがちょっと可愛くもあるけど、まだ色々と仕事上のヘマやポカをやらかすので目が離せないんだよな。でもそれは、ほんの二、三年前の俺の姿だ。
俺はにかっと笑って見せ、顔の横で手を振った。
「あー、悪い。俺、今日は先約があってな」
「え~っ。俺、せっかく今日はじめて契約とれたのにい……」
やや甘えん坊な明るい弟キャラ全開の新人が唇を尖らす。その顔でどんどん迫ってくるのを、俺はいつもの笑顔で「悪い悪い」といなした。
っていうか、男が口を尖らすなっつうの。それが可愛いと思ってんのか。思ってんだろうな。でもその持ち前の明るさで、新規の契約が取れるところまでこぎつけたのは大したもんだ。ま、俺も隣にいたわけだけど。
「ってか先輩、彼女さんッスか? だったらお邪魔はできませんけどっ」
もういいかげん聞き飽きた質問だ。
「うるせえよ。プライバシーを詮索すんな」
言いながら、俺は未成年臭さの残る茶髪の頭をぐいとおしのけた。
彼女ではない。女じゃないから。
けど、それ以上の存在だ。
っていうかまあ、人間ですらないけどさ。
「悪い。お祝いはまた今度な。次はちゃんとおごってやるから」
「本当ですか! やったあ。絶対ですからねっ、先輩!」
「ちぇっ。調子のいい奴。……んじゃ、また来週」
「はあいっ。お疲れっした~!」
こらこら。ちゃんと「お疲れ様でした」と言え。そのわざとらしい敬礼もやめろ。いつまで学生の体育会系ノリでいるつもりなんだ、こいつ。
頭の中であれこれツッコミを入れながら、いつもの場所へ目をやると、すでに見慣れた黒いワンボックスカーが停まっているのが見えた。
そばまで行くのとほぼ同時に、内側から助手席の扉が開けられる。
「よ。お疲れ」
「悪い、待たせた。今日はちょい残業が入ってよ」
「わかってんよ。仕事なんだから気にすんなっつってんだろ、いつも」
サングラスを掛けた彫りの深い整った顔は、どこのハリウッド俳優かと思うぐらいのワイルド系のイケメンだ。道ゆく女性はたいてい、「あら」っていう意外そうな顔でこっちを凝視してくる。いつものことだ。俺も慣れた。
俺が年相応の顔になっているのに対して、こいつはまだ十代でも通る容姿のため、特に車の運転をするときはサングラスをかけていることが多い。とはいえ今日はびしっとしたスーツ姿だから、未成年に見まちがえられることはまずないだろう。
「店、どこなの」
「いいからいいから。任せとけって」
にかっと笑って、凌牙は静かにアクセルを踏みこんだ。
俺とこいつがいっしょに暮らし始めて、七年になる。実は今日はその記念日だ。
同性婚についてまだガタガタうるさい日本の法律では、俺たちは正式に結婚することが叶わない。さすがの凌牙も、自分の戸籍をいじって女性に変えるのは「ちょっとできねえ相談だわなあ」と笑ったからだ。いや当たり前なんだけど。
俺たちはいま、実家から適度にはなれたマンションの一室で、ふたりで静かに暮らしている。
麗華さんをはじめ、凌牙の「側近」たちがたまに出入りすることはあるけど、基本的にはふたりだけの静かな暮らしだ。
「そっちは、仕事は?」
「ああ、キリのいいとこで片付いた。養育費滞らせて逃げてやがった野郎はふんづかまえたし、捜索願いのでてたばあちゃんも無事に見つかったし」
「おお、そりゃよかった」
実は凌牙たち人狼も、自分たちで会社を経営している。
表向きはいちおう人材派遣会社ってことだけど、副業としてなんでも屋っていうか、時には探偵業みたいなこともやってるらしい。
探偵って、よく考えたら人狼にぴったりの職業じゃね?
体力はあるし夜目はきくし、耳も鼻も抜群にいいし。人探しとか、天才的に巧いもんな。警察犬よりずっと優秀。
「まあ、満月の夜だけは使いもんにならねえのが玉に瑕だが」とは凌牙の弁だ。だからウェアウルフたちは、俺みたいなリーマンにはちょっと向かない。大勢の人間と一緒に、きっちり時間を制約されるとまずいわけだ。
かく言う凌牙も、満月の出ている間だけは自分の部屋に籠って鍵をかけ、絶対に出てこなくなる。人狼としての力が溢れ出て制御がきかなくなるんだそうだ。
「なにが危ねえって、なによりお前の身が危ねえ」と凌牙は言った。
えっと……つまり、ベッドの上でのあれこれの話な。
性欲も欲のうちだし、体力的に無尽蔵になる満月の夜にこいつの相手だなんて、普通の人間には無理なんだとかで。
けど、実はその後もまあ、何度か人狼の姿のこいつとセックスはした。
大好きなもふもふとのセックスだぜ! 夢みたいだろ?
ここだけの話、俺、めっちゃ興奮しちまって。いやもちろん、体はきつかったけどさ。
土日はずっとぐったりベッドに沈没していて、それでもまだ腰がだるくてうまく歩けず、月曜日にも年休をとる羽目になっちまって。なにしろ人狼に戻った凌牙のあそこ、いつもよりひと回り以上はでかくなるから。
「……おン前。なんかエロいこと考えてんだろ」
「えっ。い、いや。考えてねーし!」
「嘘つけ。俺の目と鼻をごまかせると思うなよ」
「だっから。考えてねえってば!」
ちょうど赤信号のタイミングだった。
憤慨する俺の手をひょいと取って、凌牙はいつものように俺の左手の薬指におそろいの指輪を嵌めた。凌牙の指には、いつも銀色のそれが光っている。
自然に顔がちかづいて、ちゅ、と温かなキスが降りてきた。
「……ん」
「メシ食ったら、すぐに満たしてやるかんな。今夜は部屋もとってあっから」
「え? マジかよ」
「そりゃそうだ。せっかくの記念日だしよ」
「そ、そか……」
「明日は休みだしな。存分にヒンヒン啼かせまくってやんぜ」
「えっ、エロい言い方すんじゃねー!」
ぶん、と拳をぶん回したが、軽く首を傾けただけで避けられる。くっそう。いつものことだけど、パンチが当たったためしがねえ。
そうこうするうち、信号が青にかわる。
静かに走り出した車のエンジン音に身を任せながら、俺はゆるく吐息をついた。
……幸せだ。
こいつと一緒にいられる間は、ずっとずっと幸せでいる。
そんで、こいつのことも幸せにする。
それが最大にして唯一の、俺たちの約束だから。
窓外を流れていく夜景の中で、ガラスにうつった凌牙の顔がこちらを見る。
それがふわりと優しく笑って、俺もそれに微笑み返す。
もうすぐ満ちる夜空の月が、俺たちをそっと見おろしていた。
了
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