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第五章 人と人狼と
3 砂浜
しおりを挟む『……俺が、女だったらよかったんスか』
『そういうことでもありません。できますことなら、人狼は人狼の相手と子を儲けていただくことが最上にございますので』
『……そっスか』
人狼でもなく、女ですらない俺なんて、この人たちにとっては完全に「問題外」の相手ってことなんだろう。凌牙がそんな俺を選んだことを、この人たちはいったいどんな思いで見ていたのか。
『あなた様を傷つけるつもりはありませんでした。もちろん、そうなることは予測できたのですが……。ですから、ここに来ることも正直かなり迷いました。ですが……まことに、申し訳ないことにございます──』
麗華さんはかなり言いにくそうに訥々と言葉をつなげている。相当言葉を選んでいるんだろう。麗華さんは本当に済まなそうに、恐縮しきった様子で俯いている。そしてまた、あらためて俺に頭を下げた。
『どうか、お願いでございます。お気持ちは重々存じ上げたうえでの、無理なお願いだとは承知しているのです。これはわたくしたちの……いえ、わたくしのわがままです。恨むのでしたら、どうぞわたくし一人をご存分に』
俺は呆然と、目の前の美女を見返した。
『ですがどうか凌牙さまを……わたくしどもに、どうぞお返しくださいませ。どうか、どうか……この通りにございます』
「おい! 勇太!」
「ぎゃっ!?」
耳元で大きな声を出されて、俺は思わず助手席のシートの上で跳びあがった。たぶん五センチぐらい。
いつのまにか車は停まっていた。周囲は海辺の景色になっている。広々とした空と海。海水浴の時期にはまだ早く、浜辺には犬の散歩やジョギングをする人の姿がちらほらと見えるだけだ。
凌牙の手がぐいとのびてきて、俺の頭をがしがし撫でた。
「なんでずっとそんな顔してる。ぼんやりしやがって」
「あ、いや……」
俺は思わず口もとを隠してうつむいた。
「なにがあった。言ってみろ」
途端にこみあげてくるものを感じて、俺は必死で唇を噛んだ。
だめだ。ここで泣きそうになっちゃダメだ。
膝の上で拳を握りしめて、俺は凌牙を見返した。
「な、凌牙。お前らの寿命ってどのぐらいあんの」
「は? なんだよいきなり」
「いいから。答えろよ」
凌牙は変な顔になったまま、しばし黙った。鋭い視線が俺の両目を貫くようだ。
「長生きしてる人狼は、優に千年以上は生きてるな。二千年に届くぐらいの奴もいる。ま、例のジジイのことだが」
「……そか」
やっぱりな。
じゃあ俺は、よほどの事件でもない限りこいつを置いて逝くことになるわけだ。
そんなことはこいつだって承知の上なんだろう。その上で俺に告白してきた。
「なんで、俺とこうなろうと思ったんだ」
「は?」
「お前、ちっとも悩まなかったのかよ。俺はお前らからすりゃずっと短命な生きものなんだぜ? ぜってえお前のこと、置いて逝くやつなんだぜ」
「んなこた、言われるまでもねえ」
はっ、と鋭く息を吐いて凌牙は俺の首を引き寄せた。
「そういう覚悟もなしに告白したとでも思ってんのか。舐めんな」
「だ、だって──」
すかさず、ごつんと額同士が打ち合わされる。
「いてっ」
「なんか、余計なことを吹き込んだ奴がいるな。誰だ」
間近に金色に光る狼の瞳がある。
俺はごくりと喉を鳴らした。
そんなもん、言えるわけがねえ。
麗華さんはきっと、ただただ凌牙を心配しているだけなんだ。
見た感じ、あの人はこいつより年上だろう。何歳上かはわからないけど。だからもしかしたら姉みたいに、または母親みたいにこいつのことを心配してるんじゃないだろうか。
きっとこいつらの同族意識ってはんぱないんだろうし。みんなして家族みたいなもんなんだろうし。
もしかしてもしかしたら、麗華さんの中にそういう気持ちがないわけじゃないのかもしれない。でもきっと、それは全部凌牙が決めることであって、麗華さんにどうこうできることでもないんだろう。ああやって口出しをしてきたこと自体、もしかしたらかなりのルール違反なのかもしれない。
よくわからないけど、人狼の中には俺たちとはまたちがう身分差みたいなものがあるように感じる。凌牙は現長老の直系の孫にあたる奴だから、かなり上位にいると見るべきだ。ファンタジー風に言えば王子様だとか、皇太子だとかいうポジションになるんじゃないだろうか。
で、麗華さんは臣下のひとり。たぶん凌牙の近衛隊とか、そんな位置づけなんだろう。この間のストーカー事件で協力してくれたガタイのいい男たちも、そういう立場なんじゃないか。
麗華さんは別に口止めなんてしなかったけど、やっぱり俺は言えなかった。
人狼族の決まりごとなんてわかんないけど、もしあの人が重い罰を受けるようなことになったら、きっととんでもなく気分が悪いに決まってるし。
そんなことをぐるぐる考えているうちに、俺は車から引っぱりだされて凌牙に手を引かれ、長い砂浜を歩いていた。
「言いたくなきゃ言わなくていい。まあ大体、察しはつくしな」
「え」
ぼそっと言った凌牙を凝視して思わず立ちどまる。
「あ、あのっ。『罰を受けさせるー!』とか『思い知らせるー!』とかやめろよ? ぜってえやめろよ?」
思わず胸倉をつかんでそう言ったら、凌牙はなぜか「ふはっ」と笑った。
「おン前。とことん隠しごとに向いてねえなあ」
「はあ? なんだよっ」
「安心しろ。なんもしねえよ。よーくわかってるからな。そいつがそうせざるを得なかった事情も心情も……なんなら覚悟のほどもな」
「そ……そか」
俺はふっと、襟首をつかんでいた手を放した。
凌牙の目は水平線のさらに向こうをじっと見ている。その瞳の奥で何を考えているのかは、俺には計り知れなかった。
「バーカ。泣きそうな顔すんじゃねーや」
「なっ……してねーし!」
「ハイハイ」
言って頭をぽすぽすされて、かえって涙腺がやばくなった。
俺は「ふん!」と鼻を鳴らして凌牙を追い抜き、かぶっていたキャップのつばを引き下げた。そうして足裏にさくさくいう砂を感じながら、大股に砂浜を歩いていった。
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