血と渇望のルフラン 外伝《人狼の恋》

るなかふぇ

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第四章 はじめてのよる

3 過去

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 指の間から、そろっと凌牙を見る。
 思った以上に凌牙の目は静かで優しいものだった。
 なんだかほっとする自分がいる。普通こういう場面なら、若い人間の男だったらもっとイライラして「はやく決めろよ」なんて彼女をせかすもんじゃないかと思うんだけどさ。ただただヤりてえだけの最低な奴なら、だけど。
 もちろん年齢のこともあるんだろうけど、凌牙はそんなそぶりは見せない。比較的短気なはずなんだけど、俺に無理をさせようとは絶対にしないだろう。それはなんとなく確信している。

「……あの」
「なんだ」
「ほんとにその……ゆっくりしてくれる? い、痛くねえ? ほんとに?」
「もちろんだ。任せろ」
 にっと笑った凌牙を見て、またむずむずと例の疑問が湧いてきた。
「えっと。そんだけ言えるってことはお前、かなり経験豊富ってこと?」
「あ? まあ……それなりに?」 
「何人とヤったの。俺の前に」
「……はい?」
 凌牙がかくんと下顎を落とした。
「んなこと訊くか。この場面で」
「あ、うん。ごめん。言いたくなきゃいいよ、別に」
「いや、いっけど」

 凌牙は自分の片頬をちょっと掻いた。

「結構いるぜ。六人」
「そ、そんなに? それってその、女の子も?」
「ああ。男もいたし女もいた。別にこれでも、多いほうじゃねえのかもな。なにしろ生きてる年数が年数だからよ」
「……それもそうか」
「けど、遊びでヤったことは一度もねえぜ。全部本気だった。結局、うまくはいかなかったけどな」

 ほんのちょっぴりだけど、凌牙の瞳がまた遠くを見たような気がした。
 そうか。三百年か。
 頑張っても百年ぐらいしか生きられない俺なんかには、とても想像がつかない時間だ。それをこいつはずうっと生きてきて、世界のいろんな歴史を見てきたんだろう。その中には、もちろん心から愛する人だっていた。当然その人と肌を合わせたこともあるわけだ。
 ちょっと想像するだけでも、俺の胸はぎしりと痛んだ。
 凌牙は「結構いる」って言ったけど、その年数からみてそれは多いうちなのか?
 半分はガキだったんだとして、百五十年。その間に六人の恋人がいたっていうのは……むしろ少ないような気もする。いや、わかんねえけど。

 でも、その人たちってどうなったんだ。
 凌牙が「本気だった」って言うなら、浮気をしたり同時に複数とつきあったりしたはずはないと思う。
 だとしたら──

「死んだ。全員な」
「……!」

 さらっと言われて、俺は凍りついた。
 やっぱりか。そうじゃないかとは思ったけど。

「ごっ、ごめん──」
「謝んな、バカ」
 凌牙は俺の頭をがしがし撫でた。
「こうなるから言いたくなかったんだって。別にお前が気にするこっちゃねえ。ウェアウルフはずっと前から、人間に見つかり次第、狩られてきたって言ったろうが。日本に逃げてきたのだって、結局それが原因だったし。……俺もまだガキだったしよ。守りきれなかったのは俺の責任だ」
「でも、そのウェアウルフたちを殺したのって人間なんだろ?」
「まあな。けど全部じゃねえ。ほかの折りあいの悪い人外とも結構いざこざがあったりしてよー。特に吸血鬼どもとか、俺らとは犬猿の仲なのよ。歴史的にな」
「……そうなんだ」

 わかってる。凌牙は俺に負担をかけないように、敢えて全部かるめに言ってくれてんだってこと。
 たぶん凌牙が愛した人たちの多くは、人間に狩られたんだろう。
 俺だってその人間のひとりだ。それなのに、こんな風になっちまってほんとにいいのか?
 凌牙はそれで、仲間に白い目で見られちゃったりとかしねえんだろうか。
 と、黙り込んだ俺の額に、ぺしっときついデコピンが炸裂した。

「あいてっ!」
「ほらほら。まーた余計なこと考えてやがる」
「けっ、けどさ──」
「だーからいやだったんだよ。どうせこうやって話が重くなんだろ? お前、うじゃうじゃ悩みだすだろ。変なとこ真面目だからよー」
「でも──」
「黙れっつーの」
 言って凌牙は俺の首の後ろをつかみ、ぐいと引き寄せた。こつんと額が合わされる。

「お前が好きだ。勇太」
「…………」

 優しくてまっすぐな目が俺を見ている。
 胸のところがぎゅんってなって、なにかが溢れだしそうになる。
 俺の喉にはまた何かがつっかえてしまった。

「俺はお前が好き。お前もそう。だよな?」
 俺はじっとその目を見返して、こくんと頷いて見せた。
「じゃあ、それでいいじゃねえか。シンプルに行こうぜ」
「…………」
「でなきゃ、きっと進むべき道を見失う。うだうだ考えているうちに、ほんとは誰が好きだったのかすらわかんなくなる。気がついたら何十年も経ってんぞ? 過去を後悔してるじーちゃんばーちゃんの愚痴っつったら、大体そんなこったからよ」
「りょうが……」
「ほーら。泣くなって!」

 今度は両腕で、体をぎゅっと抱きしめられた。なんか赤ん坊にするみてえに。
 俺も凌牙の背中を抱きしめ返した。
 凌牙の首のあたりから、大好きなわんこみたいな匂いがした。
 お日様をいっぱいに吸った毛皮の匂い。それから、土と草の匂いも。

 だから俺は、とても素直に言えたんだ。

「……しよ。凌牙」ってさ。
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