血と渇望のルフラン 外伝《人狼の恋》

るなかふぇ

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第三章 報復

6 涙

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「んで? ご褒美は期待していいのかよ」
「えっ?」

 ぐっと顔を近づけられて、俺は思わず体をひいた。
 ご褒美だ?
 急になにを言いだすんだ!

「だってよお。今回は俺、結構がんばったと思うぜ? だろ? ちょびっとぐらいご褒美もらったって、バチは当たらねえと思うぞ」
「あ、うん。そりゃそうだ。けど……」

 その前に。
 俺にはやるべきことがあった。
 胡坐を崩してそのまま正座し、姿勢を正す。
「んお?」と凌牙が変な顔になった。「おいおい。何を──」
 俺は一回息を止めると、ぱっと凌牙に頭を下げた。

「ありがと、凌牙。今回のことでは、お前にめちゃめちゃ世話になった。本当にありがとう……いや、ありがとうございました!」
「え──」
 凌牙はぽかんと口をあけて、ぱちぱちと二回瞬きをした。
「ほかのウェアウルフの皆さんにも、ずいぶん迷惑かけちまったし。結構危ない橋を渡らせちゃったんだと思うしさ。お前もほんとは立場上、あの人たちを使うのは嫌だったんだよな?」
 凌牙は一瞬目をそらして、小さく「あー」と言った。ちょっとばつの悪そうな顔。
「それなのにここまでしてもらった。お前とみんなに、すげえ迷惑かけちまった。でも、お陰で本当に助かった。近所の噂とかになる前に対処してくれたから、親もあれ以上ひどい目に遭わせずに済んだしさ。特にそこ、めちゃくちゃ感謝してる。本当にお前のお陰だと思ってる。ほんとにほんとに、ありがとう」
「そ、そりゃ……。お前のためだし」

 なにか口もとを隠してボソボソ言っている。なんか凌牙らしくない。今度は長めにのばした髪をがしがし掻いて、ちょっとそっぽを向いた。
 珍しいな。凌牙がここまで照れるの、はじめて見たかも。

「ったく、お前は。ほんと育ちがいいんだからよ」
「え? 別にふつーの庶民だけど」
「そういうこっちゃねえ」
 言って凌牙は腕をのばし、俺の胸元をかるく握った拳で叩いた。
「本当の『育ち』ってのは、に出るんだ。まっすぐに伸びてて優しくて、人を変にうらやんだりも、妬んだりもしねえ。てめえにひでえことをしやがった奴のことさえ、そうやって気に掛ける。普通はできねえことなんだよ。お前はわかってねえんだろうけど」
「凌牙……」
「さすがは数千年に一度の『稀な血』の持ち主だ。面目躍如ってとこだよな」

 いや、そんなことはないと思う。俺だって、ただの弱い人間のひとりだ。
 人を羨まない? 妬まない? そんなわけあるか。
 今回のこれは、たぶん隣にお前がいたからで。
 俺がもごもごそんなことを言うのを、凌牙は笑いながら、ゆっくりと首を横に振って否定した。

「もちろん、血だけのことじゃなくな。お前のご両親は、お前をそう育ててくださった。生まれがどうとか、身分がどうとかってこっちゃねえ。そういうのを、ほんとの『育ちがいい人』って言うんだぜ。……少なくとも、俺はそう思ってる」
「凌牙……」

 ほんとうに?
 これまでは俺、特に頭がいいわけでも、イケメンなわけでも、スポーツが得意ってほどでもなく。自分自身「どこといって見るべきところのない凡人」だと思って生きてきた。それなのに。
 実際、俺にふりむいてくれる女の子なんてだれひとりいなかった。みんな一応「渡海くんって優しいよね。いい人だよね」って言いはする。だけど、だからってヴァレンタインデーに特別なチョコをくれる子も、ラブレターをくれる子も、当然告白してくれる子もいたためしはない。
 だれひとり。だれひとりだ。

「ほんと……? 凌牙」
「ん?」
「おれ、ほんとに……凄いとこある?」
「たりめーなんだよ」

 凌牙は呆れたみたいに苦笑して、ぐいと俺の頭を抱き寄せた。

「見る目のねえやつなんざほっとけよ。少なくとも俺ら人狼ウェアウルフは理解してる。ってか、血の匂いに敏感なほかの人外だってすぐに理解するだろうがな。お前はすげえ奴なんだ。人間にはほんと、見る目のねえやつが多いのな」
「りょ……」

 俺は両手で凌牙にぎゅっとだきつき、背中のシャツを握りしめた。鼻の奥がツンとしてくる。うっかり声が震えてしまわないようにするだけで精一杯だった。それでも出たのは、涙のにじんだ変にへにゃへにゃした声だった。

「ありがとな。そんなこと言ってくれんの、お前だけだし」
「バーカ。俺だけでいいんだよ」
 凌牙も俺に腕を回して、思いきり抱き締めかえしてくれる。
「ほかの野郎になんざ、金輪際わたすもんかよ」
 少し腕をゆるめられ、狼の瞳で真正面からじっと見つめられると、また急に胸のあたりが苦しくなった。
「凌牙……」

 俺はそっと、精悍な凌牙の頬を両手ではさんだ。
 それからそろそろと唇を近づけて目を閉じた。

 ──それから。
 俺と凌牙の唇で、ちゅっと軽い音がした。

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