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第三章 報復
5 ご褒美
しおりを挟むそうだ。
俺は事前に自分の希望を凌牙たちに伝えていた。
つまり。
『体にひどい傷が残るような怪我をさせたり、ましてや殺したりはしないこと』。
『できれば今後、特に俺の家族に迷惑がかからないで済むような、平和的な解決を模索すること』。
このふたつだった。
凌牙自身も言ってたけど、こいつらに対処をまるっと任せていたら色々心配なことが多かった。人ひとりをこの世から抹消するなんてこいつらにとっては朝飯前らしいし。それじゃあ俺、今後ずっと、ものすごい罪悪感に苛まれそうだったから。一応、被害者の立場なのに。
もちろん、あの男を好きだなんてこれっぽっちも思わない。いきなり尻を掴まれた気色の悪い感触も、汚された制服のいやな臭いも、今も思い出そうと思えば明瞭に脳裏によみがえってくるし。なんだったら、狂暴な復讐心だってないわけじゃない。
だけど、俺がそうであるように、あいつだって人の子だ。あいつにだって家族がいるし、親がいる。これも凌牙たちが調べて教えてくれたことだ。
あの男がああいう人間になっちまったことに関しては、その人たちにもなにか責任はあるかもしれない。けど、息子がいきなり大怪我をしたり、文字通りまたは社会的に殺されたり行方不明になったりしたら、きっと悲しむんじゃないかなって。まあ、よっぽどのクズ親じゃないかぎり。
つい、そう思ってしまったんだ。
それに対する凌牙たちの提案はこうだった。
今回のことで職を失ったあの男は、けっこうな借金もしているとかで余計に自暴自棄になっていた。家族との折り合いもかなり悪く、余計にいわゆる「無敵の人」になりやすくなっていた。
もともと会社の人たちともうまくいっておらず、その無力感や憎しみの捌け口にされたのが、たまたま俺だったというだけのことだ。
凌牙はまず男に、借金の肩代わりを申し出た。自分たちの会社で働き、それを少しずつ返すことを提案したわけだ。仕事内容も、男の向き不向きに配慮する。もとの会社では、対人関係に苦手意識のあるこの男が営業に回されていたらしい。「そりゃきついだろ」と、俺だって思っちまう。
結局、あのときあの場にいた人狼の男のひとりが、あの男の直接の上司になることになった。今後はずっと、その動きに目を光らせることができる。
「提案」とは言ったけど、それは半分以上は「脅し」でもあるだろう。そして「取引」でもある。凌牙は当然、男が今後いっさい俺や俺の家族にちょっかいを出さないことを約束させたはずだからだ。
「けど、一生監視するつもりか? そんなのめっちゃ大変じゃん」と言ったら、凌牙はあっさり笑ったもんだ。
「なに言ってんだ。せいぜいが五、六十年ぐらいだろ。どうってことねえわ、俺ら人狼にはな」だってさ。
でも、単に監視するだけじゃない。
凌牙は男に、生きていける道をつけてやったわけだ。社内には人狼も大勢いる。人間関係は基本的に良好で、男をつまはじきにすることはまずないそうだ。
人狼たちは同族を非常に大事にするけど、それは「同じ会社で働く仲間」にもある程度は適用される。人間みたいに卑怯なやり口で同僚いじめをするなんてことは、人狼の中では考えられない。むしろとても嫌われ、軽蔑される行為らしい。
だからあいつは、今後は事務など営業成績で見下されることのない職種で、真面目に働きさえすればいい。
実は似たような事情があって脛に傷を持つひとが、同じ会社にけっこういるらしい。
「なんだったら、前の会社より給料もいい。福利厚生もしっかりしてるしよ。だからもしかして、うまくいきゃあ結婚相手だって見つかるかもしんねえ。そしたらもっと落ち着くだろ。『落ち着かざるを得ない』とも言うがな」
「うーん。なるほど……」
「そうなりゃあ今回みてえに、他人に変な恨みを抱いて迷惑をかけることも減るだろうよ。親だって泣かせずに済むだろうし」
俺は心底感心して、コンクリートの床の上に寝転がった凌牙を見下ろした。
「すごいな、凌牙」
「あ?」
不思議そうに俺を見上げた凌牙を見て、俺はちょっと笑った。
「だってそうじゃん。俺、お前はあいつにぎゃふんと言わせて復讐することしか考えてねえんだと思ってた。ずたぼろにするまで許さねえのかもって。よくある少年マンガみてえに」
凌牙が俺をかるく睨んだ。
「おいおい。俺をなんだと思ってんだ」
「うん。悪い」
「大体『ぎゃふんと言わせる』とかよー。いつの時代の人だ、お前」
「って。お前に言われたくねえっ」
そういえば、これはおふくろの口癖だったな。
それにしても俺、浅はかだった。
単に復讐するだけじゃ、あの男は今後も似たような行為をやめられないだろう。いつかはもっとひどい犯罪をおかして逮捕されたり、最悪、命を失ったりしてしまったかもしれない。つまり人生の破滅だ。凌牙もそれは望まなかったっていうことじゃないか。
「別にたいしたこっちゃねえ」
凌牙は自嘲するみたいに口の端をひん曲げた。
「『ずっと先の結果まで見据えて動け』。ジジイがいつも、うるせえほど言ってるかんな。『耳タコ』なんだよ。人狼にとって、人間の恨みを買っていいことなんてひとつもねえ。結局はこっちにしっぺ返しが来る。最悪、正体をばらされて地獄を見るしな。そういう仲間をいくらでも見てきた」
「凌牙……」
凌牙の目は俺のほうを向いていた。でも、俺をつきぬけてどこか遠くを見ているように見えた。
「ジジイは、それこそ俺の何倍もな。夜の山狩り。まるで本当の獣みてえに、夜じゅう山の中を追い回されてよ。つかまった仲間は、拷問されて生皮を剥がれた。女も、どんな小さな子どもでも。こないだ生まれたような赤ん坊でさえもだ。剥製にされて貴族の邸に飾られた奴もいる。そういう地獄を山ほど見てきた……何千年も」
俺は絶句した。正直、背筋が寒くなった。
そんなことを、昼のメニューの心配でもするみたいに言うなよ。
でも凌牙は本当に、きれいな思い出でも語るみたいにさらりと言った。目の色もいつも通り、ごく穏やかだった。
俺は敢えて一度言葉をのみこみ、それからわざとおどけた顔で笑って見せた。
「なるほどなあ。さすがはお前のおじいさん。人狼のボス!」
「ボス言うな」
ひょいと起き上がって、ぺんと後頭部をはたかれた。
「んで? ご褒美は期待していいのかよ」
「えっ?」
ぐっと顔を近づけられて、俺は思わず体をひいた。
ご褒美だ?
急になにを言いだすんだ!
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