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第三章 報復
4 後始末
しおりを挟む「ひ……いっ」
最後に男が発した声はこれだった。
男はぶくぶくと泡を吹き、完全に白目を剥いて気絶した。
実は俺も、背後にあったソファに思わず尻もちをついちゃったんだけどな。なんていうか、圧に押されちゃったんだ。
わかっている俺でさえそうなんだから、それだけ迫力があったってことだよ。なんていうか、俺たち人間にはない別の生きものの気迫っていうか生命力っていうか、そんなものが体じゅうにぶわっと襲い掛かってきたような気がして。
ちなみに麗華さんは変身せず、部屋の隅でこの状況を黙って見ていただけだった。
多分だけど、これは俺への配慮だと思う。この人まで服がびりびりになっちまったら、俺はその後どうしようもなく、目のやり場に困ったと思うから。
「なあんだ。しょうがねえなあ。話はこれからだったのによー」
凌牙が男の頭を指先でちょいちょいとつついている。男の頭は人形みたいにぐらんぐらん揺れるだけだ。その時にはもう、凌牙たちは一瞬で変身を解いていた。
まあ、よく考えたら実際は逆なのかもしれないけどな。人狼のほうが本来の姿であって、人間の姿でいることの方が、こいつらにとっては「変身」と言えるのかもしれないから。
男たちはでかくて筋骨隆々の上体を惜しげもなくさらしつつ、おとなしく凌牙の命令を待っている。みんな見事な胸板と上腕二頭筋の持ち主だ。ぱっと見ると、なんだかどこかの格闘家か特殊部隊の集団みたいに見える。道着や迷彩柄の服を着ていないのが不思議なぐらいだ。
凌牙はそんな中、まぎれもなくこの場のボスだった。ほかのみんなは、ちょうどその忠犬みたいな感じ。寡黙で主人に忠実な、凌牙の配下たちだ。本人はそういう風に言われるのを嫌がりそうだけど、この状況を見る限りそうとしか思えなかった。
男のひとりが、ぶっ倒れた男の細い体を無造作に起き上がらせ、「フッ」という掛け声とともに拳で背中のあたりに刺激を与える。途端、男はぱっと目を開けた。それでもまだ頭がぐらぐらしていたけど。
男はしばらくぼんやりしていたが、周囲の状況をやっと認識すると、急に表情を固くした。それと同時に、またガタガタと震えはじめる。
「なっ……なんなんだっ、お前たち。ば、バケモノっ……」
「失礼だな、あんた。誰が化け物だ。なんか変な夢でも見たんじゃね?」
凌牙は小指で耳をほじくるふりをしながら、すっとぼけた半眼になっている。
「そう言や、えらく酒臭いしな。家でえらく飲んでたんだろ。しっかりしてくれよ~?」
(凌牙ってば……)
俺は呆れた。
これは完全にとぼける気だな。相変わらず全員で上半身はだかの状態でいながら、どうとぼけるつもりかは知らねえけど。
「こっからは、お前にとっちゃあ結構いい話のはずだ。まあ落ち着いて聞けや」
にっこり笑って男の肩をぽんと叩いき、近くにあった椅子をひきよせて反対向きに座った凌牙の口もとで、大きな犬歯がきらっと光った。
◆
「で? どーなったんだよ。あのあと」
三日後。
いつものように制服を着て家を出た俺を、凌牙が待ち構えていた。俺はすぐに、三回目の同じ質問を投げかける。このところ、毎朝こうだ。
実はあのあと「結論についてはちょっと待て」と言われたっきり、ずっと報告を待たされている。けど、今回の凌牙の返事はこれまでとは違っていた。
「ああ。まあ俺らの提案どおりってとこだな」
「ほんとかよ。それで?」
思わず詰め寄った俺の額を、凌牙は指一本で止めて笑った。
「詳しいことはまた昼に話す。どっちみち、道端で話すこっちゃねえ」
まあ、確かに。登校中にする話題としては荒唐無稽な上にハードすぎるわな。俺は納得して、駅に向かって歩き始めた。
結局あのあと、俺はまた車で凌牙に送ってもらってこっそりと家に帰った。幸い親父もおふくろもまだ寝室で眠っていた。
ろくに寝てねえからめっちゃ眠かったけど、どうにか朝練には参加して、その日の授業はほとんど寝て過ごすはめになった。
(それにしても……)
先日の凌牙たちの提案には、正直ちょっと驚いた。
凌牙たちは、この国で一族がより暮らしやすくなるために、自分たちで経営する会社をいくつか持っているんだそうだ。
人狼は月に一度、絶対につかいものにならない日がある。満月の日だ。凌牙は昼間はまずまず問題がないみたいだけど、満月による影響の受け方にも個人差(個体差と言うべきか?)があるらしい。
人狼によっては昼間から調子がおかしくなり、会社でいきなりぴょこんと耳が出ちゃったり、しっぽが出ちゃったりする者もいる。
それやこれやで、人狼たちも自分たちが人間社会の中で生きやすいよう、色々と工夫してきたわけだ。
会社で働いているのはほとんどが人間だけど、上層部はほぼ人狼。人狼も人間もひと月に一度は無条件で休みが取れる。どんなに忙しい時期でもだ。日数には制限があるけど、年休にもできる。うーん、ちょっと羨ましいかも。
「結局、野郎は俺らの提案に乗った。つまり、うちの系列会社に就職内定だ。地方だから引っ越しは必要だが、一応社宅もあるとこだし、当面は困らねえはずだ」
昼休み、いつもの屋上で凌牙が言った。
「どうだ。お前の希望はほぼ通った形だぜ。だろ?」
「お、……おお」
そうだ。
俺は事前に自分の希望を凌牙たちに伝えていた。
つまり。
『体にひどい傷が残るような怪我をさせたり、ましてや殺したりはしないこと』。
『できれば今後、特に俺の家族に迷惑がかからないで済むような、平和的な解決を模索すること』。
このふたつだった。
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