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第三章 報復
1 秘密の家
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車はどんどん郊外を目指して走った。
それにつれ、街なかのネオンや街灯で明るい風景とは打ってかわって、周囲が次第に暗さを帯びた景色に変わっていく。道沿いが田んぼや畑になりだして、やがて完全な田舎道に変わった。
なんとなく、だんだん不安になってきた。いったいどこまで連れて行かれるんだ。一応、親が起きだすまえには帰りたいんだけどな。
「さ、ここだ」
小一時間ほど走ってから、車はようやく止まった。
そこは、森に囲まれた一軒家だった。周囲に似たような家はなく、少し遠くから川のせせらぎらしい水音が聞こえてくるばかりだ。今は、どんよりと曇った空に隠れて月は見えなかった。
黒々とした森は、じっと見ているとなんとなく襲い掛かってきそうな気がしてくる。それを背景に、二階建てのその家はぼんやりと不気味な姿をさらしていた。昼間に来ればもっと長閑な景色なのかもしれない。夜に初めて見るものって、基本的に気味わるく見えるもんだからな。これは気分の問題なのかも。
車はその家のエントランス近くに停まっている。扉のすぐ前に、見慣れない細身の人影が立っていた。
その人は俺たちを迎えると、すぐに丁寧なお辞儀をした。
ストレートの長い黒髪をした、めちゃくちゃ綺麗な大人の女性だった。
「凌牙さま。渡海さま。お待ちしておりました。準備はすべて整っております」
「ああ。待たせたな」
(りょ、凌牙さま……?)
俺は一瞬、面食らって二人の顔を見比べた。
でもまあ納得だ。凌牙は人狼族の頭領の直系の孫だという。彼らのなかにどんな身分制度があるのかは知らないが、恐らく凌牙はかなり上位の存在なんだろう。まあそうだよな。日本で言ったら第一皇位継承者みたいなもんなんだろうし。
「勇太。これは麗華。俺の右腕みたいなもんだ。なんか困ったことがあったら、遠慮なくこいつに言え」
「え? ああ、うん……」
つい焦ってどもりながら、俺は「よろしくお願いします」と麗華さんと呼ばれた人に頭を下げた。ふわりと微笑む顔がまためちゃくちゃ美人だ。こういうのを、大人の女って言うんだろうなあ。
なんだかぽーっとなってると、凌牙がちょっとむかついたような顔になり、俺の背中をぐいと押した。
「早く入れ。見られるこたあまずねえが、人目につかないに越したこたあねえ」
「わかってるよ。押すなって」
麗華さんに案内された先には、大きなリビングダイニングがあった。部屋の隅にはレンガづくりの暖炉。隅にはアイランド型のキッチン。全体的に、どこかの別荘みたいな感じだ。
ついている灯りといったら、暖炉の上にあるぼんやりとしたオレンジ色のシェードランプだけだ。室内はとても暗く、ソファセットやら大きな観葉植物やらの陰になった場所は闇に沈んで、俺の目にはただ真っ黒にしか見えなかった。なにかがじっと息をひそめて隠れていても、俺には絶対にわからないだろう。
ランプに照らされた暖炉の脇に、数人のいかつい男たちがいた。俺たちが入ってくると、みなが一様に素早く一礼をくれる。なんだか軍隊みたいな感じだ。
ちょっと見ただけでも、みんな異様に体格がよくて目つきが鋭い。それに、何となく全体的に凌牙と身にまとう雰囲気が似ている。要するに、彫りが深い顔つきで全身からワイルドな感じを放散しているわけだ。
(人狼だ……)
間違いないと思った。
彼らが壁に向かい、半円を描くように立った真ん中に、壁を背にして椅子に座り、後ろ手に縛られている人物がいた。
よれよれのTシャツにスウェット姿。足もとは裸足に健康サンダル。口には猿ぐつわが噛まされている。目にはまったく生気がない。ぎとぎとと脂ぎった髪は乱れまくっていて、顔の下半分は無精髭に覆われている。
(こいつが……?)
見た瞬間に分かった。
だいぶ変わりはててはいるものの、そいつは紛れもなく、あの朝電車の中で俺に痴漢をしやがった例のサラリーマンだった。
見える部分の肌には、所せましと吹き出ものができている。前はそこまでじゃなかったと思うけど、引きこもっている間の不摂生がもろに肌にでてしまったのかも。男の足首は、ガムテープで椅子の脚にがっちりとくくりつけられている。
男はギョロギョロと目玉を落ち着きなく動かしていたけれど、俺たちが入ってくるなり、ぎょっとしたように身を竦ませた。じたばたもがいて、何かわめいているようだ。
人狼のひとりが目だけで凌牙に許可を求め、凌牙が軽く頷き返すと、男の猿ぐつわはあっという間に取り去られた。
「てめっ……! やっぱりてめえだったのか、この腐れホモガキ! よくも俺をこんな目に──」
と、口汚く罵った瞬間だった。ガタイのいい男のひとりが、容赦なく男の頬を平手で張りとばした。ビシッと重い音がする。
「ぐうっ」
あまりに激しいビンタだったため、ひょろっとした男の体は椅子ごと吹っ飛ばされて倒れかけた。が、それは向かいにいた別の男が太い腕でがっちりと阻止した。そのまま何事もなかったように元にもどされる。
「うう、う~っ!」
「誰がしゃべっていいと言った。凌牙さまの許可なくしゃべるなと言ったはずだぞ」
最初にビンタをした男の冷徹な低い声が響いた。声そのものが腹にのしかかってくるみたいだ。さらにボソボソとなにやら怖いことを付け加えて脅しているらしい。
思わず目をそむけて隣を見ると、凌牙はさっきまでの柔らかい表情から一転し、恐ろしい形相で男を睨みつけていた。
それにつれ、街なかのネオンや街灯で明るい風景とは打ってかわって、周囲が次第に暗さを帯びた景色に変わっていく。道沿いが田んぼや畑になりだして、やがて完全な田舎道に変わった。
なんとなく、だんだん不安になってきた。いったいどこまで連れて行かれるんだ。一応、親が起きだすまえには帰りたいんだけどな。
「さ、ここだ」
小一時間ほど走ってから、車はようやく止まった。
そこは、森に囲まれた一軒家だった。周囲に似たような家はなく、少し遠くから川のせせらぎらしい水音が聞こえてくるばかりだ。今は、どんよりと曇った空に隠れて月は見えなかった。
黒々とした森は、じっと見ているとなんとなく襲い掛かってきそうな気がしてくる。それを背景に、二階建てのその家はぼんやりと不気味な姿をさらしていた。昼間に来ればもっと長閑な景色なのかもしれない。夜に初めて見るものって、基本的に気味わるく見えるもんだからな。これは気分の問題なのかも。
車はその家のエントランス近くに停まっている。扉のすぐ前に、見慣れない細身の人影が立っていた。
その人は俺たちを迎えると、すぐに丁寧なお辞儀をした。
ストレートの長い黒髪をした、めちゃくちゃ綺麗な大人の女性だった。
「凌牙さま。渡海さま。お待ちしておりました。準備はすべて整っております」
「ああ。待たせたな」
(りょ、凌牙さま……?)
俺は一瞬、面食らって二人の顔を見比べた。
でもまあ納得だ。凌牙は人狼族の頭領の直系の孫だという。彼らのなかにどんな身分制度があるのかは知らないが、恐らく凌牙はかなり上位の存在なんだろう。まあそうだよな。日本で言ったら第一皇位継承者みたいなもんなんだろうし。
「勇太。これは麗華。俺の右腕みたいなもんだ。なんか困ったことがあったら、遠慮なくこいつに言え」
「え? ああ、うん……」
つい焦ってどもりながら、俺は「よろしくお願いします」と麗華さんと呼ばれた人に頭を下げた。ふわりと微笑む顔がまためちゃくちゃ美人だ。こういうのを、大人の女って言うんだろうなあ。
なんだかぽーっとなってると、凌牙がちょっとむかついたような顔になり、俺の背中をぐいと押した。
「早く入れ。見られるこたあまずねえが、人目につかないに越したこたあねえ」
「わかってるよ。押すなって」
麗華さんに案内された先には、大きなリビングダイニングがあった。部屋の隅にはレンガづくりの暖炉。隅にはアイランド型のキッチン。全体的に、どこかの別荘みたいな感じだ。
ついている灯りといったら、暖炉の上にあるぼんやりとしたオレンジ色のシェードランプだけだ。室内はとても暗く、ソファセットやら大きな観葉植物やらの陰になった場所は闇に沈んで、俺の目にはただ真っ黒にしか見えなかった。なにかがじっと息をひそめて隠れていても、俺には絶対にわからないだろう。
ランプに照らされた暖炉の脇に、数人のいかつい男たちがいた。俺たちが入ってくると、みなが一様に素早く一礼をくれる。なんだか軍隊みたいな感じだ。
ちょっと見ただけでも、みんな異様に体格がよくて目つきが鋭い。それに、何となく全体的に凌牙と身にまとう雰囲気が似ている。要するに、彫りが深い顔つきで全身からワイルドな感じを放散しているわけだ。
(人狼だ……)
間違いないと思った。
彼らが壁に向かい、半円を描くように立った真ん中に、壁を背にして椅子に座り、後ろ手に縛られている人物がいた。
よれよれのTシャツにスウェット姿。足もとは裸足に健康サンダル。口には猿ぐつわが噛まされている。目にはまったく生気がない。ぎとぎとと脂ぎった髪は乱れまくっていて、顔の下半分は無精髭に覆われている。
(こいつが……?)
見た瞬間に分かった。
だいぶ変わりはててはいるものの、そいつは紛れもなく、あの朝電車の中で俺に痴漢をしやがった例のサラリーマンだった。
見える部分の肌には、所せましと吹き出ものができている。前はそこまでじゃなかったと思うけど、引きこもっている間の不摂生がもろに肌にでてしまったのかも。男の足首は、ガムテープで椅子の脚にがっちりとくくりつけられている。
男はギョロギョロと目玉を落ち着きなく動かしていたけれど、俺たちが入ってくるなり、ぎょっとしたように身を竦ませた。じたばたもがいて、何かわめいているようだ。
人狼のひとりが目だけで凌牙に許可を求め、凌牙が軽く頷き返すと、男の猿ぐつわはあっという間に取り去られた。
「てめっ……! やっぱりてめえだったのか、この腐れホモガキ! よくも俺をこんな目に──」
と、口汚く罵った瞬間だった。ガタイのいい男のひとりが、容赦なく男の頬を平手で張りとばした。ビシッと重い音がする。
「ぐうっ」
あまりに激しいビンタだったため、ひょろっとした男の体は椅子ごと吹っ飛ばされて倒れかけた。が、それは向かいにいた別の男が太い腕でがっちりと阻止した。そのまま何事もなかったように元にもどされる。
「うう、う~っ!」
「誰がしゃべっていいと言った。凌牙さまの許可なくしゃべるなと言ったはずだぞ」
最初にビンタをした男の冷徹な低い声が響いた。声そのものが腹にのしかかってくるみたいだ。さらにボソボソとなにやら怖いことを付け加えて脅しているらしい。
思わず目をそむけて隣を見ると、凌牙はさっきまでの柔らかい表情から一転し、恐ろしい形相で男を睨みつけていた。
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