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第二章 事件
6 覚悟
しおりを挟む翌日の夜だった。
俺は昼間に凌牙から言われたとおり、夜中にこっそりと家を抜け出した。親父とおふくろは、比較的早く床に就く。朝が早めなのと、年齢的に睡眠が足りていない状態で働くのが、体力的にきつくなってきているかららしいけど。
ま、とにかく。
俺は真夜中の住宅街をそっと抜けて、約束の場所に向かった。なんとなく、キャップの上から黒いパーカーのフードをかぶる。ちょっと犯罪者になった気分だ。
さすがに0時をまわると人通りはほとんどなかった。駅前の繁華街のほうならまだにぎやかだろうとは思ったけど、約束した場所はそことは正反対の、団地がいっぱいかたまっている地区の公園だった。
「お。来たな。乗れよ」
公園の前に停めた黒いワンボックスカーに背中をもたれさせて、凌牙は俺を待っていた。いつに変わらぬ飄々とした態度と笑顔だ。ほかにはだれもいなかった。
俺のために助手席のドアを開けておいて、凌牙は慣れた様子でひょいと運転席に座った。
「え。お前、運転できんの」
俺が目を丸くしたからだろう。凌牙の目がふっと優しくなった。
「そりゃそうだ。てめえの足で走れねえ距離でもねえが、わざわざ疲れる必要もねえし。お前を担いでいくわけにもいかねえしよ」
「いや、そういうことじゃなくって」
言いながら、俺もごそごそと助手席に乗る。シートベルトをつけるのにもたついていたら、凌牙の手がすぐに伸びてきて手伝ってくれた。
「免許のことなら、なんやかんやで持ってるしよ。運転技術なら心配すんな。四輪の車が発明されてから、もう百五十年は乗ってるし」
「そ、そーなんだ……」
その言葉どおり、凌牙の運転はいっさい危なげがなかった。長年タクシー運転手をやってきた人みたいな、ごくこなれたハンドルさばきだ。ほかにはほとんど車なんて走ってないけど、赤信号ではきちんと止まる。それも、すうっとスムーズだ。
それにしても。
昨日は本当の年齢を聞かされたわけだけど、なんか色々驚くことがいっぱいだなあ。それに、正直ちょっぴり疎外感もある。
俺は単なる高校生なのに、こいつはもうとっくに大人で、三百年ぶんの知識も経験も豊富なんだって知ってしまったわけだから。
(ってことは要するに……こいつ、童貞では──ねえわけか)
って、何を考えてんだ、俺!
そんなの当たり前じゃねえか。
いや、やっぱりちょっと複雑だけど。
「なんだ? 変な顔しやがって」
「し、してねーし」
「はあ? そんな唇とんがらせて何いってんだ」
くはっ、といつもの明るい笑声。
「とんがらせてねーし!」
ふっははは、と凌牙はますます楽しそうに笑った。
「なんだ? 俺がめっちゃ年上で、なんかすねちまったのかよ。気にすんなっつったろーが」
「そ、そうだけどさ……」
さすがにこんなことは訊きにくい。しょうがないので、俺は敢えて話題をちょっと変えた。
「えっとさ、凌牙」
「ん?」
信号が青に変わって流れるように右折していきながら、凌牙ちらりとこっちを見た。
「昨日、お前が出ていったあと、ちょっと親に訊かれてさ。……俺、言っちまったんだ」
──お前と、付き合ってること。
凌牙はほんの一瞬だけ黙った。
「マジかよ」
俺は「ん」と顎を縦にふる。
それから凌牙は、交差点からだいぶ離れたところで車を路肩に停めた。
あらためてじっとこちらを見つめられる。
うう、近い。車の中って、なんか近いよな。
「で? 親父さんとおふくろさんはなんて」
「えっと。それが、そんな驚きはしてなくてさ。逆に俺のほうが驚いた。ふたりとも、あんまり淡々としてるもんだから」
俺は帽子をとって、自分の前髪をわしゃわしゃかき回した。ゆっくり洗面所でワックスを使ってる暇なんかなかったから、いまサイドミラーに映っている俺の頭は風呂あがりの状態のまま、ぺたんと寝ている。なんだか中坊みたいだ。
「今度、お前を連れてこいって。ちゃんと挨拶したいらしい」
「……そうか」
凌牙はまたちょっと黙った。
ハンドルに両腕を乗せ、そこに自分の顎を乗せている。
「すげえな、お前の両親。さすがお前の親っていうか。めちゃくちゃ腹が据わってる。覚悟の決め方がハンパねえ」
「そ、そんなことはねえと思う。あれから多分ひと晩じゅう起きてて、ずっと話をしてたみたいだったし。めっちゃ考えて、話し合ったんじゃねえかな。多分だけど」
「そうか」
凌牙は体を起こすと、こっちに向き直った。
いま、車内の暗めのライトの下で、凌牙の瞳は澄んだ金色をしている。それにじっと見つめられるだけで、わけもなく胸のところがやかましくなる。
「で? お前はどうするよ」
「え……どうって」
「それでも俺と付き合えるか。これから先、おやっさんやおふくろさんを悲しませることになっても」
「…………」
思わず凌牙を凝視した。
喉になにかがつかえたみたいになって、うまく声が出せなくなった。
と、凌牙の手が伸びてきて、俺の頬をさらりと撫でた。
「お前のことは、命に代えても幸せにする。それは約束する。……でも、どうやったってお前自身が『幸せだ』って思えねえなら、それはどうしようもないことだ。無理はすんな。お前に無理がさせたいわけじゃねえ。無理して俺に合わせてもらいたいわけじゃねえ。これっぽっちもだ。そこだけは信じて欲しい」
「りょう、が……」
「お前が好きだ。……愛してる」
「……!」
めちゃくちゃ綺麗で深い色をした、狼の目が目の前にある。
つかえた喉が、ひくっとカッコ悪い音をたてた。
俺は必死で唇を噛んだ。
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