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第二章 事件
3 首魁
しおりを挟むその夜。
今回は、さすがに警察を呼ぶ事態になった。
俺からの連絡をうけ、両親は飛んで帰ってきた。凌牙はずっとそばにいてくれて、そのままうちに泊まってくれることになった。
事情聴取に来た警官は、親と俺にひととおり事情を聞いた。俺はもちろん、あの電車の中での出来事も警察に話すことになった。今回のことと関係があるどうかはわからないけど、一応伝えておくべきだと思ったからだ。
警官は「まあ一応ね」と言って、痴漢野郎の風体や乗っている電車の時間帯なんかを詳しく聴くと、みんなで一旦引き上げていった。
でも、凌牙は確信している様子だった。
「野郎の臭いがプンプンしやがる。臭くってしょうがねえ」
眉間に深い皺を刻んで、低い声でそう言ったからだ。
◆
壁の落書きについては、見つけてすぐ、ひとまずブルーシートで覆って隠した。警察の検証が終わったら、すぐに消すかペンキで塗りつぶす予定だ。
親父とおふくろは努めていつもどおりの態度を崩さずにいてくれた。でも、明らかに表情が硬かった。そしてもちろん、俺のことを心配してくれていた。
当たり前だよな。だって標的は俺なんだし。この家の息子は俺しかいないし。しかも「ホモです」なんて書かれてさ。
夜だったし、もともと人通りの多い道じゃないからそんなに見られてなかったらしいのが唯一の救いだけど。
俺は俺で、両親のことが心配だった。
このままこの町に住めなくなっちゃったらどうしようって。凌牙と俺がつきあうことで、両親に迷惑を掛けちまったら申し訳ない。俺だけどこかでひとり暮らしでもした方がいいのかもって、そんなことまで悶々と考えた。
「えっと。そんで俺、どうしたらいい?」
夕食後、風呂からあがって自分の部屋で、俺は凌牙と向き合っていた。俺はパジャマ姿。凌牙には俺の普段着であるスウェットの上下を貸している。
と、いきなり凌牙に、洗ったばかりの髪をわしゃわしゃやられた。
「へこむな、バカ! それじゃ野郎の思うつぼだぜ」
「うわっ!」
悩んでる風に見せたくないから、夕食のときも風呂に入っても、なるべく普通の顔でいたつもりだった。でも、凌牙にはみんなお見通しだったらしい。まあ、多分両親にもだろうけどな。
「こないだも言ったが警察はあてになんねえ。ひと通り捜査して、防犯カメラの映像なんかをチェックしたら終わりだろうよ。あいつら、そうでなくても忙しいからな。こんなのよりは殺人事件とかなんだとか、もっと追っかけなきゃなんねえ案件も多いことだし」
「やっぱり、そっか……」
「ま、心配すんな」
ベッドの上で胡坐をかき、枕を抱きしめてかくんと下げた俺の頭を、ぽすぽすと凌牙の手がたたいた。あったかくて大きい手だ。触れてもらうだけで、重いものでいっぱいだった肺にすうっと爽やかな空気が入って来たみたいな気がした。
「野郎のことはすぐに捕まえる。これ以上のさばらしちゃおけねえしよ。舐めた真似しやがったこと、ガッチリ後悔させてやる」
「って。どーすんの?」
目をあげてきくと、凌牙はひょいと自分の鼻を指さした。
「鼻で探す。これ以上に確実なことはねえ」
「え、それって凌牙だけじゃなくて? お前の、その……仲間とかも協力してくれるのか?」
なぜか凌牙は鼻の下を指でこすった。
「協力ってえか、まあ……俺のワガママで使わせてもらう。俺の頼みじゃ、あいつら基本的には逆らえねえから」
「え、そーなの」
気のせいかもしれないけど、なんとなく得意げだ。
それにしても、「頼み」? ってことは凌牙はそいつらの中で、頼めばすぐに聞いてもらえるような立場ってことなのか? この言い方からすると、頼むっていうよりは命令に近いのかも。
「ま、色々あってな。だが、あんまり俺個人の問題であいつらを動かしたくなかったからよ。本来はジジイの許可が要るんだが、遠くの山奥にいやがるもんで時間もねえし。『ネットは信用ならん』とか言って、すぐに電話もつながんねーしよ」
「ん? 『ジジイ』……?」
「俺の祖父。傍系にはいろいろいるが、直系の孫は俺だけだ。いまは一応、全世界のウェアウルフのアタマを張ってる」
「ええっ」
ってことは、凌牙はそのウェアウルフの頭領かなんかの孫ってこと?
つまり凌牙はウェアウルフのサラブレッドってことか。いや、馬じゃなくって狼だけどさ。
じゃあいずれ、凌牙がそれを継いだりすんのかな。それとも、血筋なんかは関係なしに実力主義なんだろうか?
でも凌牙なら、きっと実力だって申し分ないんじゃないかな。仲間や目下は大事にするし、男気があって心が広くて、めっちゃ人望もあるしさ。
俺は思わず、いずれウェアウルフのボスになる凌牙の姿を想像した。
うわあ、かっけえ。こいつなら絶対ハマるに決まってる。
「なんだかんだで初動が遅れたのは否めねえ。で、親父さんやおふくろさんに影響が及ぶまでになっちまった。お前のことまで心配させちまってよ。全面的に俺の判断ミスだ。ちょっと野郎を舐めすぎた。悪かったな、勇太」
「あ、いや……。別にお前のせいじゃねえから」
そうだよ。
悪いのは痴漢のストーカー野郎のほうだ。凌牙が責任を感じるようなことじゃねえし。
「すでに俺の仲間が動いてる。野郎の住居は今夜じゅうに見つかるだろうよ。だからお前は心配すんな。安心してゆっくり寝ろ」
「う、うん……」
またとすとすと頭を叩かれる。
なんか、ぐっと喉が詰まった。
覚えのある感覚がツンと鼻をつく。
「ありがとな。凌牙……」
「バッカ。泣くんじゃねえや」
「な、泣いてねえし!」
「ふん。じゃあ、しょっぺえこれは何なんだよ」
言いざま、ちゅっと目尻に口づけられる。
「うぎゃ! なっ、なにすん──」
「んじゃ、オヤスミ」
ぶん回した拳が空を切ったときにはもう、凌牙は床に敷いた客用の布団に横になり、こっちに背を向けていた。
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