血と渇望のルフラン 外伝《人狼の恋》

るなかふぇ

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第一章 親友の正体は

4 変貌

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「ひょわああ!? むぐっ」

 バッと顔を離して思わず叫んだら、すぐさま手で口を塞がれた。

「騒ぐんじゃねえって」
「もが、むぐぐぐーっ」
 手足をばたつかせて暴れたら、何をどうやったのかわかんないけど、手も足もがっちり抑え込まれた。
「だから騒ぐなって。いいか? 騒ぐなよ? 手、放すぞ」
 俺がうぐうぐ言いながら頭を必死で縦に振ると、ようやく凌牙の手が離れた。
「ってバカ! ボケ! なにしてんだこの野郎! きっ、ききキスとか──!」

 くっそう。
 これでもファーストキスなんだぞ。ってか、女の子とつきあったことすらねえし。童貞舐めんなよ、このどアホ!
 半泣きになりそうになるのをなんとかこらえて必死に睨みつけたら、凌牙はちょっと申し訳なさそうな顔になった。

「だってよ。お前ぜってー『あ、友達ダチとしての《好き》な』とか勘違いしそうなんだもんよ。実力行使のが早いだろ、理解がよ」
「そういう問題じゃねーわ、力業すぎるわ! 第一、俺が女の子だったらどーすんだ」
「そこは男も女も関係ねえんじゃね?」
「う。そっ、そーだけど。いや、だから!」

 だから何を勝手にひとの唇とか奪ってやがんだっつう話だろ!
 俺がそんなことを憤慨しまくってひととおり叫び散らかし終わってから、凌牙は「すまん。悪かった」と頭をさげた。

「そんなイヤだったか。ごめん」
「う? ……うーんと」

 あれ?
 でもよく考えたら、そんなイヤな感じはしなかったな。ほら、痴漢に触られたときみてえな。
 痴漢っていえば俺、男を狙った痴漢に遭ったことあるし。電車の中で尻とか触ってくる奴いるもんな。めちゃくちゃキモかったから、すぐに首根っこひっつかんで隣の駅で引きずりおろして、顔面パンチくらわしたら逃げてったけどさ。ざまあみろ。
 あの時は吐きそうなぐらい気色悪かった。けど、今の凌牙のキスはそうじゃなかった……と思う。気持ち悪い感じは、正直まったくしなかった。
 なんでだ? 俺。
 考え込んでいたら、凌牙が少しずつ嬉しそうな目になってきた。
 なんかいやな予感がするぞ。

「ふーん。そんなイヤじゃなかった顔か。こりゃ望みがありそうだ」
「望みってなんだ! ちげえ! 全開でにこにこすんな。勝手に人の唇を奪うとかやめろ! 犯罪だかんな! 女の子だったら泣かしてんぞ。ぜってえやめろ。いいな、わかったな!」
 凌牙は「はいはい」と両手を上げて降参の姿勢になった。ほんとわかってんのか、こいつ。
「そろそろ話を戻すがいいか」
「んん?」
「だからよ」
 言ってまた、俺の目をまっすぐに覗き込んでくる。俺は思わず自分の唇を手で覆ってブロックした。
「お前が好きだ。そういう意味でな」
「んんんっ……?」
「ウェアウルフが人間の、しかも男に惚れたなんざ大問題だ。そんなこたあわかってる。わかっちゃいるがどうしようもない」
「…………」
「しばらくは様子を見てたんだがな。一年も持たなかったわ」
「う、うーん……」

 俺はもう頭を抱えている。
 驚くべきことが二個も重なってしまうと、もうどっちに驚いたらいいのかわかんなくなっちまうじゃん。

「えーっと。わかった。そっちはわかった」
「そっちってどっちよ」
 いちいち訊き返すな! なんかもう、全身が熱くなってくる。きっと今の俺、耳まで真っ赤になってるだろう。ああもう恥ずかしい。
「でも、ウェアウルフ? とかいうのはわかんねえ。なんか証拠とかあんのかよ」
「ああ。ちょっと待て」

 言って凌牙はちらっと周囲を窺った。
 今、屋上には誰もいない。というか、ここは本来、入ってきちゃいけない場所だ。凌牙はなぜかここの鍵を持っていて、扉を閉めるなりその前に掃除道具入れみたいなもんを置き、すぐには開けられなくしてしまっている。

「ウウウウ」

 と、凌牙が低い唸り声を立てた。
 背中を丸め、全身に力を込めているみたいだ。
 と思ったら、急にその髪がざわざわと動き出した。

「ええっ……?」

 見ているうちに、どんどん凌牙の顔が変化していく。
 顔じゅうに毛が生えて、頭の上に大きな耳が現れる。呆然と見ているうちに、全体がもふもふの銀色の毛に覆われた狼の顔になってしまった。
 まるで特殊撮影の映画でも観ているみたいだ。

(うわっ……。かっけえ!)

 鼻先は長くて、瞳はオレンジを帯びた金色。ふかふかの耳。
 今やどこからどう見ても、テレビで見たことのある野生の狼の顔がそこにあった。それがうちの高校のカッターシャツとスラックス姿なのがなんだかちょっと滑稽だったけど。

「うわあ! 狼じゃん! マジかよ、すげえ。かっけえ!」

 俺は思わず、その首っ玉にむしゃぶりついた。
 見たまんま、耳はもふもふで気持ちいい。両手でふかふかの毛をわしゃわしゃやると、昔さわらせてもらったことのある近所の大型犬を思い出した。

 そう。
 俺、犬が大好きなんだ。特に大型犬! たまんねえ!
 いや生きものは全般的に好きだけど、こう、もふもふしたやつは特に好き。
 猫も好きだけど、やっぱり大きくてもふもふでかっけえっていうと狼が最高だもん。
 うちじゃおふくろがうるさくって、特に大型犬なんて絶対飼ってもらえない。そのぶん余計に好きな気持ちが行き場をなくし、欲求不満が渦巻いているわけだ。

「うわあ、いいわあ! これ、最高! 凌牙、狼顔サイコー! なあなあ、体のほうも狼になれるのか?」
「って。やめろっつの!」
「あ~っ。もう終わり?」

 そうだった。
 凌牙はあっというまに変身をやめて、もとの人間の顔に戻っちまったんだ。

「えーっ。つまんねえ」
「つまんねえ言うな!」
 凌牙、珍しく憤慨している。
「そんな、やたらめったら触るんじゃねえ。お前、分かってるか? 俺はたった今『お前が好きだ』っつった男だぞ」
「あ。そか」

 俺は触るものがなくなって寂しくなった両手を顔の前でしばらくわきわきさせた。それから、ぱたんと膝に落とした。
 ちぇっ。もっと触りたかったのに。

「そんな無防備に触りに来ると、が出たものと判断すんぞ? そっちから触ってきた以上、『OK』だよな。つまり両想いってこったよな? なら俺からも遠慮なくいかせてもらうぜ」
「え、えええ?」

 いや待て。
 別にそういうことじゃねえ。
 うわわ、嬉しそうに腰とか抱き寄せて、抱きしめてくんのはやめろ!

「良かった。ぜってえ断られると思ってた」

 耳元で嬉しそうに囁かれる。いつもの十倍は甘い声が、なぜか俺の下腹のほうを刺激する。
 なんだその嬉しそうな顔はよ!

「いっ……いや。ちげえ! そうじゃねえ!」

 俺が好きなのはもふもふだけだ。
 それも、特に狼が好きなんだって!

「ちょっ、落ち着けリョ……むぐぐうっ」

 いや、待ってなどくれなかった。
 俺がそう言いかけたときにはもう、凌牙はさっきよりもはるかに遠慮のない、深くて甘い口づけで俺を黙らせてしまっていた。

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