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第四十五椀
最強の甘味「クリームあんみつ」。これはつまりフルアーマーです
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和菓子には欠かすことのできない「あんこ」。
ご存じのとおり、炊いたあずきなどをお砂糖や水飴と練り合わせたものだ。
これがなきゃできないお菓子がたくさんあるという、とっても重要な加工品で、ぼくも伊緒さんも大好きな甘みだ。
海外の人に
「アンコってなんだい」
と聞かれたとき、とっさに
「豆のジャムかなあ」
と回答したけどだいたい合っていると思う。
あずきだけではなくて、赤インゲンや白インゲン、エンドウ豆なんかもよく使われる。
それぞれ順番に赤あん、白あん、うぐいすあんに姿を変えて、色もすごくきれいだ。
さつまいもや栗なんかを使った変化球もあって、結構バラエティ豊かでもある。
大きく分けて粒あんとこしあんの2種類があるけれど、ぼくは断然粒あん派だ。
豆そのものの味を感じられ、時折ぷつりと皮がはじける食感がこたえられない。
ところが案外とあんこが苦手、という人もいるようだ。
ぼくの友人に粒あんがまったくダメ、という奴がいて、もう見ただけで「なんか鼻の付け根のあたりがムズムズにゅるにゅるする」のだそうだ。
もちろんまったく理解できなかったのだけど、あんこに対してそういうパターンの共感覚があるのか、とすっかり感心してしまった。
逆に激しい「あん愛」に感銘を受けた経験もある。
それは伊緒さんが里帰りから戻ってきたときのこと。
旅装を解いて荷物をひっくり返していると、彼女のかばんからころころと小さなおまんじゅうのようなお菓子が転がり出てきた。
すごくおいしいから、と伊緒さんにすすめられるまま口にすると、たしかにすごくおいしい。
さつまいものあんかな?と思いきや中身は白あんのようだったけれど、これには深い深い意味があった。
伊緒さんの故郷では、その気候風土からかつてはさつまいもがとれなかったという。
そこで白インゲンのあんを使っておいもの味に似せようとしたのが、そのお菓子の始まりだ。
しかも極細の昆布でおいもの繊維を、そして極薄の焼き目でおいもの皮を再現しており、本当に「まるでさつまいも」な仕上がりだ。
伊緒さんからその歴史を聞いたぼくは激しく感動し、スタンディングオベーションで涙を流しながら何度も「ブラボー」と叫んだ。
以来、伊緒さんが里帰りするときは必ずお土産にリクエストしている。
さてさて、あずきあんにお話を戻すと、あんこそのものを楽しむスイーツのなかでも「あんみつ」はやっぱり外せないだろうと思う。
もう圧倒的に女の人の好物、というイメージがあって、レトロでハイカラな袴姿の女学生の映像が浮かんできてしまう。
あんみつを語る上では、そもそもの始まりと言える「みつまめ」の歴史にも言及せねばならないだろう。
みつまめはゆでた赤エンドウ豆にフルーツや寒天、求肥餅なんかを合わせて蜜をかけたもので、明治の後半に登場したという。
赤エンドウに蜜をかけたお菓子は江戸時代末期にはすでにあったというから、結構なキャリアだ。
そして昭和の初め頃、このみつまめにあんこを組み合わせた"あんみつ"が開発される。
もともと完成された素体に、強力な追加装備を施すというのはパワーアップの常道だ。
いま見ても色とりどりでかわいらしく、お豆・蜜・フルーツ・あんことそれぞれにジャンルの異なる甘さを盛り盛りにして死角がない。
和風パフェといっても差し支えない楽しさで、かつてのハイカラさんたちをとりこにしたというのもむべなるかな。
そしてさらに、これだけでも十分だというのに究極の武装を追加することを上層部(?)が承認する。
そう、"クリームあんみつ"の登場だ。
某SFロボ風に例えると、
「単機での拠点防衛と前線突破を可能としたフルアーマータイプ」
とでも言おうか。
むう、伊緒さんが食いついてきそうな文言ばかりだ。
とにかくこれでもかとばかりに、甘くておいしいものを追加装備した食べ物だけど、不思議なバランスを保っているのは見事というほかない。
こんなにも洋風な素材を盛り込んでいるのに、しっかりと和のスイーツとしてまとまっている。
それもこれも、やっぱりあんこのお蔭なのだろうか。
今日はお休み、ちょっと暑くなってきた昼下がり。
伊緒さんの部屋からは「だららららら」と、慌ただしいタイピングの音が聞こえてくる。
納期超急ぎ、という記事作成のお仕事が入ってしまい、午後3時までの入稿を目指して鋭意作業中なのだ。
伊緒さんのことだから、必ず時間に間に合わせるだろう。
でも、急ぎの作業の後はぐったりとしてしまう。
気温は上がってきているし、文章を書いて頭もくたくたになるだろう。
そこでぼくはふと思い立ち、一人で買い物に行くことにした。
「伊緒さん、ちょっと買い物行ってきます。すぐ戻りますから」
部屋に向かってそう声をかけると、
「ふぁぁい」
という返事に混じって、だららららら、とキーを打つ音がこだましている。
そっと外に出ると、もう初夏の空気が感じられ、木陰に入るとそよ風がひんやりと肌を撫でていく。
ぼくは大急ぎで目当てのものを買い込んで、抜き足さし足でお家に帰ってきた。
あと四半刻もすれば午後3時、伊緒さんが記事書きのスパートをかけているはずだ。
買ってきたものは仕分けしてそれぞれ冷蔵庫と冷凍庫へ。ぎりぎりまで冷やしておきたい。
そして棚から取り出したのは大きめのボウルと泡立て器。
これから生クリームをホイップするのだ。
以前に伊緒さんがケーキを焼いてくれたとき、お手伝いでホイップクリームをつくったのだけど、これが結構たいへんだった。
たぶんボウルが小さかったから、余計に撹拌しないといけなかったのだろう。
その反省を踏まえて、今回は大きなボウルを選んだのだ。
クリームも大量にはいらないので、思ったよりはるかに手早くツノを立てることができた。
ぼく自身が手を動かすことはたったこれだけ。
あとは用意していた各種のカンヅメをぺきょん、ぺきょんと開封して、涼しげなガラスの器に盛り付ける。
いったん冷蔵庫に入れておいて、お茶用にお湯を沸かしておく。
時刻は3時5分前。伊緒さんの部屋の様子に耳を澄ますと、
「……はい、ただいまアップロードしました。いいえ、おそれいります。それでは、よろしくご査収ください」
と、ビジネス用の硬質な声が聞こえてきた。
急ぎの案件なので、電話連絡もしたのだろう。ほどなく
「ぷあぁぁぁぁ!」
と、思いっきり伸びをするときの声も聞こえたので、これでようやっと一段落したはずだ。
「伊緒さん、お疲れさまです。おやつあるけど、食べませんか」
と、声をかけてみる。
「おやつ?たべる!」
伊緒さんの元気な返事を聞いて、ぼくは冷やしておいたガラス容器の中身にアイスクリームをすくって添え、生クリームをしぼった。
熱いほうじ茶を淹れて、一緒に伊緒さんのもとへと運ぶ。
「はい、どうぞ。お疲れさまでした」
ことん、とテーブルに置いたのは、もちろんクリームあんみつだ。
もっとも、あんこもフルーツもみつまめも、カンヅメを開けただけのことだけど。
でも、伊緒さんにとってはまさかぼくがあんみつなんか用意するとは予想外だったのだろう。
「はわわわわ」
と、目を輝かせて喜んでくれた。
彼女が喜んでくれるとぼくもたいへん喜ぶため、すごく幸せな気持ちになる。
しかし甘いもの食べてるときの、もふもふいう伊緒さんは本当にかわいいなあ、と頬がゆるんでしまう。
ベランダから吹き込んできた初夏の風が、伊緒さんの長い髪をふわりとなびかせた。
夏の季語でもあるみつまめが、新しい季節を運んできてくれたようだ。
ご存じのとおり、炊いたあずきなどをお砂糖や水飴と練り合わせたものだ。
これがなきゃできないお菓子がたくさんあるという、とっても重要な加工品で、ぼくも伊緒さんも大好きな甘みだ。
海外の人に
「アンコってなんだい」
と聞かれたとき、とっさに
「豆のジャムかなあ」
と回答したけどだいたい合っていると思う。
あずきだけではなくて、赤インゲンや白インゲン、エンドウ豆なんかもよく使われる。
それぞれ順番に赤あん、白あん、うぐいすあんに姿を変えて、色もすごくきれいだ。
さつまいもや栗なんかを使った変化球もあって、結構バラエティ豊かでもある。
大きく分けて粒あんとこしあんの2種類があるけれど、ぼくは断然粒あん派だ。
豆そのものの味を感じられ、時折ぷつりと皮がはじける食感がこたえられない。
ところが案外とあんこが苦手、という人もいるようだ。
ぼくの友人に粒あんがまったくダメ、という奴がいて、もう見ただけで「なんか鼻の付け根のあたりがムズムズにゅるにゅるする」のだそうだ。
もちろんまったく理解できなかったのだけど、あんこに対してそういうパターンの共感覚があるのか、とすっかり感心してしまった。
逆に激しい「あん愛」に感銘を受けた経験もある。
それは伊緒さんが里帰りから戻ってきたときのこと。
旅装を解いて荷物をひっくり返していると、彼女のかばんからころころと小さなおまんじゅうのようなお菓子が転がり出てきた。
すごくおいしいから、と伊緒さんにすすめられるまま口にすると、たしかにすごくおいしい。
さつまいものあんかな?と思いきや中身は白あんのようだったけれど、これには深い深い意味があった。
伊緒さんの故郷では、その気候風土からかつてはさつまいもがとれなかったという。
そこで白インゲンのあんを使っておいもの味に似せようとしたのが、そのお菓子の始まりだ。
しかも極細の昆布でおいもの繊維を、そして極薄の焼き目でおいもの皮を再現しており、本当に「まるでさつまいも」な仕上がりだ。
伊緒さんからその歴史を聞いたぼくは激しく感動し、スタンディングオベーションで涙を流しながら何度も「ブラボー」と叫んだ。
以来、伊緒さんが里帰りするときは必ずお土産にリクエストしている。
さてさて、あずきあんにお話を戻すと、あんこそのものを楽しむスイーツのなかでも「あんみつ」はやっぱり外せないだろうと思う。
もう圧倒的に女の人の好物、というイメージがあって、レトロでハイカラな袴姿の女学生の映像が浮かんできてしまう。
あんみつを語る上では、そもそもの始まりと言える「みつまめ」の歴史にも言及せねばならないだろう。
みつまめはゆでた赤エンドウ豆にフルーツや寒天、求肥餅なんかを合わせて蜜をかけたもので、明治の後半に登場したという。
赤エンドウに蜜をかけたお菓子は江戸時代末期にはすでにあったというから、結構なキャリアだ。
そして昭和の初め頃、このみつまめにあんこを組み合わせた"あんみつ"が開発される。
もともと完成された素体に、強力な追加装備を施すというのはパワーアップの常道だ。
いま見ても色とりどりでかわいらしく、お豆・蜜・フルーツ・あんことそれぞれにジャンルの異なる甘さを盛り盛りにして死角がない。
和風パフェといっても差し支えない楽しさで、かつてのハイカラさんたちをとりこにしたというのもむべなるかな。
そしてさらに、これだけでも十分だというのに究極の武装を追加することを上層部(?)が承認する。
そう、"クリームあんみつ"の登場だ。
某SFロボ風に例えると、
「単機での拠点防衛と前線突破を可能としたフルアーマータイプ」
とでも言おうか。
むう、伊緒さんが食いついてきそうな文言ばかりだ。
とにかくこれでもかとばかりに、甘くておいしいものを追加装備した食べ物だけど、不思議なバランスを保っているのは見事というほかない。
こんなにも洋風な素材を盛り込んでいるのに、しっかりと和のスイーツとしてまとまっている。
それもこれも、やっぱりあんこのお蔭なのだろうか。
今日はお休み、ちょっと暑くなってきた昼下がり。
伊緒さんの部屋からは「だららららら」と、慌ただしいタイピングの音が聞こえてくる。
納期超急ぎ、という記事作成のお仕事が入ってしまい、午後3時までの入稿を目指して鋭意作業中なのだ。
伊緒さんのことだから、必ず時間に間に合わせるだろう。
でも、急ぎの作業の後はぐったりとしてしまう。
気温は上がってきているし、文章を書いて頭もくたくたになるだろう。
そこでぼくはふと思い立ち、一人で買い物に行くことにした。
「伊緒さん、ちょっと買い物行ってきます。すぐ戻りますから」
部屋に向かってそう声をかけると、
「ふぁぁい」
という返事に混じって、だららららら、とキーを打つ音がこだましている。
そっと外に出ると、もう初夏の空気が感じられ、木陰に入るとそよ風がひんやりと肌を撫でていく。
ぼくは大急ぎで目当てのものを買い込んで、抜き足さし足でお家に帰ってきた。
あと四半刻もすれば午後3時、伊緒さんが記事書きのスパートをかけているはずだ。
買ってきたものは仕分けしてそれぞれ冷蔵庫と冷凍庫へ。ぎりぎりまで冷やしておきたい。
そして棚から取り出したのは大きめのボウルと泡立て器。
これから生クリームをホイップするのだ。
以前に伊緒さんがケーキを焼いてくれたとき、お手伝いでホイップクリームをつくったのだけど、これが結構たいへんだった。
たぶんボウルが小さかったから、余計に撹拌しないといけなかったのだろう。
その反省を踏まえて、今回は大きなボウルを選んだのだ。
クリームも大量にはいらないので、思ったよりはるかに手早くツノを立てることができた。
ぼく自身が手を動かすことはたったこれだけ。
あとは用意していた各種のカンヅメをぺきょん、ぺきょんと開封して、涼しげなガラスの器に盛り付ける。
いったん冷蔵庫に入れておいて、お茶用にお湯を沸かしておく。
時刻は3時5分前。伊緒さんの部屋の様子に耳を澄ますと、
「……はい、ただいまアップロードしました。いいえ、おそれいります。それでは、よろしくご査収ください」
と、ビジネス用の硬質な声が聞こえてきた。
急ぎの案件なので、電話連絡もしたのだろう。ほどなく
「ぷあぁぁぁぁ!」
と、思いっきり伸びをするときの声も聞こえたので、これでようやっと一段落したはずだ。
「伊緒さん、お疲れさまです。おやつあるけど、食べませんか」
と、声をかけてみる。
「おやつ?たべる!」
伊緒さんの元気な返事を聞いて、ぼくは冷やしておいたガラス容器の中身にアイスクリームをすくって添え、生クリームをしぼった。
熱いほうじ茶を淹れて、一緒に伊緒さんのもとへと運ぶ。
「はい、どうぞ。お疲れさまでした」
ことん、とテーブルに置いたのは、もちろんクリームあんみつだ。
もっとも、あんこもフルーツもみつまめも、カンヅメを開けただけのことだけど。
でも、伊緒さんにとってはまさかぼくがあんみつなんか用意するとは予想外だったのだろう。
「はわわわわ」
と、目を輝かせて喜んでくれた。
彼女が喜んでくれるとぼくもたいへん喜ぶため、すごく幸せな気持ちになる。
しかし甘いもの食べてるときの、もふもふいう伊緒さんは本当にかわいいなあ、と頬がゆるんでしまう。
ベランダから吹き込んできた初夏の風が、伊緒さんの長い髪をふわりとなびかせた。
夏の季語でもあるみつまめが、新しい季節を運んできてくれたようだ。
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