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終章
追伸
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明治19(1886)年――。
早春の田園を、二人の男がゆったりと駆けてゆく。
一人は額に大きな傷のある若い男、そしてもう一人は白銀の髪を短く刈り込み、同じ色の口髭を貯えた矍鑠たる翁だ。
足取りはいずれも軽やかだが、若い方の男がやや遅れている。
「あーっ……! しんど……! はーさん、ちょっと……一服…つけようぜ……!」
「なんだ草介、だらしのない」
「化け物め……!」
「聞こえているぞ」
はーさんと呼ばれた翁は薄く浮いた汗を拭うと、紺の郵便制服の胸をくつろげて微風に身を委ねた。
清々しく冷たい空気が、火照った体に心地よい。
「隼人殿。おなかがすきました」
「仕方のない奴だな。そうだ、よいものがある」
「おっ、これぁ」
「幕末に伊豆韮山代官、江川英龍公が開発した兵糧パンだ」
「歯ぁ欠けるほどかてぇやつだろ。これノド乾くんだよなぁ……」
「いらぬならやらぬぞ」
「食べますいただきます」
この前年、駅逓局は新組織の「逓信省」と名を変えている。
かつて幕末の動乱で届くことのなかった手紙や小包を、秘密裏に運ぶ任を負った特命郵便配達人が存在した。
時に危険な任務をこなすため練達の剣士がこれにあたり、ピストルだけではなく刀を帯びていたことから、誰ともなしに彼らは「剣客逓信」と呼ばれた。
「うーっし、ごっつぉさま。腹ぁくちくなったぜ。行こかい、はーさん」
「ああ。ゆっくり行こう、草介」
剣客逓信 ―完―
早春の田園を、二人の男がゆったりと駆けてゆく。
一人は額に大きな傷のある若い男、そしてもう一人は白銀の髪を短く刈り込み、同じ色の口髭を貯えた矍鑠たる翁だ。
足取りはいずれも軽やかだが、若い方の男がやや遅れている。
「あーっ……! しんど……! はーさん、ちょっと……一服…つけようぜ……!」
「なんだ草介、だらしのない」
「化け物め……!」
「聞こえているぞ」
はーさんと呼ばれた翁は薄く浮いた汗を拭うと、紺の郵便制服の胸をくつろげて微風に身を委ねた。
清々しく冷たい空気が、火照った体に心地よい。
「隼人殿。おなかがすきました」
「仕方のない奴だな。そうだ、よいものがある」
「おっ、これぁ」
「幕末に伊豆韮山代官、江川英龍公が開発した兵糧パンだ」
「歯ぁ欠けるほどかてぇやつだろ。これノド乾くんだよなぁ……」
「いらぬならやらぬぞ」
「食べますいただきます」
この前年、駅逓局は新組織の「逓信省」と名を変えている。
かつて幕末の動乱で届くことのなかった手紙や小包を、秘密裏に運ぶ任を負った特命郵便配達人が存在した。
時に危険な任務をこなすため練達の剣士がこれにあたり、ピストルだけではなく刀を帯びていたことから、誰ともなしに彼らは「剣客逓信」と呼ばれた。
「うーっし、ごっつぉさま。腹ぁくちくなったぜ。行こかい、はーさん」
「ああ。ゆっくり行こう、草介」
剣客逓信 ―完―
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