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第十五章 最後の御留郵便
龍を剋する
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草介は気合と共に、任那少佐の肩口目掛けて渾身の袈裟斬りを浴びせた。
だが真綿で鋼を包み込むかのような独特の受けに妨げられ、斬り付けた衝撃すら響いてこない。
「おぉらあああぁっ!!」
それでも草介は怒涛の太刀撃ちを繰り出してゆく。
形も何もない。本能のまま、そして気力体力のあらん限り刀を振り回す。
左袈裟、逆袈裟、右袈裟、横薙ぎ、突き、突き、左袈裟、また左袈裟――。
あまりの手数にさしもの少佐も圧倒されているかと思いきや、そうではない。
顔色一つ変えず、すべての打ち込みをふわりふわりと受け留めている。
その姿はかつて長州・火ノ山で目にした、東堂靫衛の剣と生き写しだ。
「ッぶあっ!」
無呼吸状態での太刀ゆきに耐え切れず、草介が一瞬大きく息をついた。
が、その状態を“居着き”という。
硬直したようにすべての動作が止まった草介は、少佐の剣がゆっくりと眼前に迫ったように錯覚した。
反射的に後ろへと体重を預けた草介は、デッキをごろごろと転げるようにして難を逃れた。
すぐさま振り向くと、床面すれすれのところまで太刀を斬り下ろした少佐がこちらを冷たい眼で見据えている。
もはや、微笑んでなどいない。
草介が体勢を立て直そうと片膝をついた瞬間、少佐の切っ先が前触れもなく跳ね上がった。
反り身で躱したと思ったのは錯覚で、数瞬遅れて口元に下から上へ紅い筋が走った。
その血が滴るより早く、今度は落雷のような一太刀が草介の頭上に降り注いだ。
三人ずつの敵を相手にしていた隼人と東堂は、いつの間にか背中合わせの状態となって囲まれていた。
細かい手傷はあるものの、二人とも致命傷は受けていない。
だがそれは敵とて同じこと、歴戦の兵たちを相手にさしもの剣士らも攻めあぐねている。
「どうした片倉。手こずっているではないか」
「お前こそ。さすがに部下は斬れぬと見える」
軽く息を弾ませながら、因縁の二人は一蓮托生の船上にある。
だが兵たちも、目の前の老いた剣士たちが持つ常軌を逸した強さに戦慄を覚えていた。
互いに膠着しながらも、六本の銃剣が織り成す輪はじりじりと狭まりつつある。
「昔似たようなことがあったな、片倉」
「覚えておらぬ」
「飛脚時代、山賊に槍で囲まれた」
「ああ……あの時は――」
ほんの僅かの気の綻びを捉えて、六名の兵が一斉に銃剣を突き出した。
あわや串刺しになろうかというその刹那、隼人と東堂は同時に刀を手放すと低く低く身を伏せた。
そして一息に兵らの懐に飛び込み、真ん中の男の水月に左拳で当身を入れる。
間髪入れず右端の男の銃を掬うようにして腕を逆に取り、そのまま背負い投げた。
空中で投げを解かれた兵は舷側を越えて海へと落下してゆく。
その間にも途切れることなく、捥ぎ取った銃剣の切っ先を跳ね上げる。左端の男の手指が裂かれ、怯んだ隙に最初に当身を入れた兵を背負い落すように叩きつけた。
あれよという間の手際だった。
全く同じ動きの隼人と東堂の前で、二人ずつの兵が折り重なって気を失っている。
「やれ、なんとも……」
「まだだ、征士郎は――」
そう言って東堂が首を巡らせた直後、その視線の先に吹き飛んできた人影が船べりに叩きつけられた。
「草介!」
隼人が叫んだのとほぼ同時に、残った任那隊の兵がまた突き懸かってくる。
そして草介に振り下ろされる激烈の太刀。
頭上で真一文字に受け止めたが、左手は朱に染まって刀の切っ先辺りは腕で支えていた。
全身に刀傷を負った草介は、もはや紺の制服が黒に見えるほど血を流している。
「草介! 押し負けるな! 今行く!」
だが隼人の叫びは、突撃する兵の気合に掻き消された。東堂も再び剣を拾い上げて応戦し、助太刀には行けない。
「圧し斬る、という言葉を知っていますか」
草介に受けられた太刀をそのまま加重しながら、任那少佐が嬲るように囁いた。
傷だらけの上、力でも圧倒される草介。
押し込まれる少佐の刃が徐々に額へと食い込み、鮮血が片目を塞いだ。
しかし頽れそうになる膝に渾身の力を込め、決して屈しない。
「へ…へ……し、き……ら、れ……て」
「そう、これがあなたの死に方」
少佐が凄艶な笑みを浮かべた。
が、その刹那。
「たまるかぁぁっっっ!!」
草介は叫ぶと同時に、真一文字で堪えていた刀を握る右手を緩めた。
僅かに斜めに傾いだ刀身は迫りくる力を逸らし、任那少佐の刀が流れた。
完全に刀を流さぬよう、反射的に元の位置に戻そうとする任那少佐。
その首筋を、草介が左腕で支える切っ先の一閃が捉える。
無陣流剣術、“雨障”――。
草介が初めて目にした、隼人の技だ。
だが少佐は恐るべき反応で、首皮一枚のところで反り身になってそれを見切った。
しかし。
その顔目掛けて、草介の拳が唸りをあげて振り下ろされた。
デッキにめり込むかと思うほどの衝撃で叩きつけられる任那少佐。
そして草介は間髪入れず、その身体を担ぎ上げる。
「どぉぉらぁぁぁぁぁっ!!」
そのまま放り投げたその真下には、濃灰色に逆巻く海が広がっていた。
だが真綿で鋼を包み込むかのような独特の受けに妨げられ、斬り付けた衝撃すら響いてこない。
「おぉらあああぁっ!!」
それでも草介は怒涛の太刀撃ちを繰り出してゆく。
形も何もない。本能のまま、そして気力体力のあらん限り刀を振り回す。
左袈裟、逆袈裟、右袈裟、横薙ぎ、突き、突き、左袈裟、また左袈裟――。
あまりの手数にさしもの少佐も圧倒されているかと思いきや、そうではない。
顔色一つ変えず、すべての打ち込みをふわりふわりと受け留めている。
その姿はかつて長州・火ノ山で目にした、東堂靫衛の剣と生き写しだ。
「ッぶあっ!」
無呼吸状態での太刀ゆきに耐え切れず、草介が一瞬大きく息をついた。
が、その状態を“居着き”という。
硬直したようにすべての動作が止まった草介は、少佐の剣がゆっくりと眼前に迫ったように錯覚した。
反射的に後ろへと体重を預けた草介は、デッキをごろごろと転げるようにして難を逃れた。
すぐさま振り向くと、床面すれすれのところまで太刀を斬り下ろした少佐がこちらを冷たい眼で見据えている。
もはや、微笑んでなどいない。
草介が体勢を立て直そうと片膝をついた瞬間、少佐の切っ先が前触れもなく跳ね上がった。
反り身で躱したと思ったのは錯覚で、数瞬遅れて口元に下から上へ紅い筋が走った。
その血が滴るより早く、今度は落雷のような一太刀が草介の頭上に降り注いだ。
三人ずつの敵を相手にしていた隼人と東堂は、いつの間にか背中合わせの状態となって囲まれていた。
細かい手傷はあるものの、二人とも致命傷は受けていない。
だがそれは敵とて同じこと、歴戦の兵たちを相手にさしもの剣士らも攻めあぐねている。
「どうした片倉。手こずっているではないか」
「お前こそ。さすがに部下は斬れぬと見える」
軽く息を弾ませながら、因縁の二人は一蓮托生の船上にある。
だが兵たちも、目の前の老いた剣士たちが持つ常軌を逸した強さに戦慄を覚えていた。
互いに膠着しながらも、六本の銃剣が織り成す輪はじりじりと狭まりつつある。
「昔似たようなことがあったな、片倉」
「覚えておらぬ」
「飛脚時代、山賊に槍で囲まれた」
「ああ……あの時は――」
ほんの僅かの気の綻びを捉えて、六名の兵が一斉に銃剣を突き出した。
あわや串刺しになろうかというその刹那、隼人と東堂は同時に刀を手放すと低く低く身を伏せた。
そして一息に兵らの懐に飛び込み、真ん中の男の水月に左拳で当身を入れる。
間髪入れず右端の男の銃を掬うようにして腕を逆に取り、そのまま背負い投げた。
空中で投げを解かれた兵は舷側を越えて海へと落下してゆく。
その間にも途切れることなく、捥ぎ取った銃剣の切っ先を跳ね上げる。左端の男の手指が裂かれ、怯んだ隙に最初に当身を入れた兵を背負い落すように叩きつけた。
あれよという間の手際だった。
全く同じ動きの隼人と東堂の前で、二人ずつの兵が折り重なって気を失っている。
「やれ、なんとも……」
「まだだ、征士郎は――」
そう言って東堂が首を巡らせた直後、その視線の先に吹き飛んできた人影が船べりに叩きつけられた。
「草介!」
隼人が叫んだのとほぼ同時に、残った任那隊の兵がまた突き懸かってくる。
そして草介に振り下ろされる激烈の太刀。
頭上で真一文字に受け止めたが、左手は朱に染まって刀の切っ先辺りは腕で支えていた。
全身に刀傷を負った草介は、もはや紺の制服が黒に見えるほど血を流している。
「草介! 押し負けるな! 今行く!」
だが隼人の叫びは、突撃する兵の気合に掻き消された。東堂も再び剣を拾い上げて応戦し、助太刀には行けない。
「圧し斬る、という言葉を知っていますか」
草介に受けられた太刀をそのまま加重しながら、任那少佐が嬲るように囁いた。
傷だらけの上、力でも圧倒される草介。
押し込まれる少佐の刃が徐々に額へと食い込み、鮮血が片目を塞いだ。
しかし頽れそうになる膝に渾身の力を込め、決して屈しない。
「へ…へ……し、き……ら、れ……て」
「そう、これがあなたの死に方」
少佐が凄艶な笑みを浮かべた。
が、その刹那。
「たまるかぁぁっっっ!!」
草介は叫ぶと同時に、真一文字で堪えていた刀を握る右手を緩めた。
僅かに斜めに傾いだ刀身は迫りくる力を逸らし、任那少佐の刀が流れた。
完全に刀を流さぬよう、反射的に元の位置に戻そうとする任那少佐。
その首筋を、草介が左腕で支える切っ先の一閃が捉える。
無陣流剣術、“雨障”――。
草介が初めて目にした、隼人の技だ。
だが少佐は恐るべき反応で、首皮一枚のところで反り身になってそれを見切った。
しかし。
その顔目掛けて、草介の拳が唸りをあげて振り下ろされた。
デッキにめり込むかと思うほどの衝撃で叩きつけられる任那少佐。
そして草介は間髪入れず、その身体を担ぎ上げる。
「どぉぉらぁぁぁぁぁっ!!」
そのまま放り投げたその真下には、濃灰色に逆巻く海が広がっていた。
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