剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―

三條すずしろ

文字の大きさ
上 下
101 / 104
第十五章 最後の御留郵便

龍を剋する

しおりを挟む
草介は気合と共に、任那少佐の肩口目掛けて渾身の袈裟斬りを浴びせた。
だが真綿で鋼を包み込むかのような独特の受けに妨げられ、斬り付けた衝撃すら響いてこない。

「おぉらあああぁっ!!」

それでも草介は怒涛の太刀撃ちを繰り出してゆく。
形も何もない。本能のまま、そして気力体力のあらん限り刀を振り回す。
左袈裟、逆袈裟、右袈裟、横薙ぎ、突き、突き、左袈裟、また左袈裟――。

あまりの手数にさしもの少佐も圧倒されているかと思いきや、そうではない。
顔色一つ変えず、すべての打ち込みをふわりふわりと受け留めている。
その姿はかつて長州・火ノ山で目にした、東堂靫衛の剣と生き写しだ。

「ッぶあっ!」

無呼吸状態での太刀ゆきに耐え切れず、草介が一瞬大きく息をついた。
が、その状態を“居着き”という。
硬直したようにすべての動作が止まった草介は、少佐の剣がゆっくりと眼前に迫ったように錯覚した。

反射的に後ろへと体重を預けた草介は、デッキをごろごろと転げるようにして難を逃れた。
すぐさま振り向くと、床面すれすれのところまで太刀を斬り下ろした少佐がこちらを冷たい眼で見据えている。
もはや、微笑んでなどいない。

草介が体勢を立て直そうと片膝をついた瞬間、少佐の切っ先が前触れもなく跳ね上がった。
反り身で躱したと思ったのは錯覚で、数瞬遅れて口元に下から上へ紅い筋が走った。
その血が滴るより早く、今度は落雷のような一太刀が草介の頭上に降り注いだ。


三人ずつの敵を相手にしていた隼人と東堂は、いつの間にか背中合わせの状態となって囲まれていた。
細かい手傷はあるものの、二人とも致命傷は受けていない。
だがそれは敵とて同じこと、歴戦の兵たちを相手にさしもの剣士らも攻めあぐねている。

「どうした片倉。手こずっているではないか」
「お前こそ。さすがに部下は斬れぬと見える」

軽く息を弾ませながら、因縁の二人は一蓮托生の船上にある。
だが兵たちも、目の前の老いた剣士たちが持つ常軌を逸した強さに戦慄を覚えていた。
互いに膠着しながらも、六本の銃剣が織り成す輪はじりじりと狭まりつつある。

「昔似たようなことがあったな、片倉」
「覚えておらぬ」
「飛脚時代、山賊に槍で囲まれた」
「ああ……あの時は――」

ほんの僅かの気の綻びを捉えて、六名の兵が一斉に銃剣を突き出した。
あわや串刺しになろうかというその刹那、隼人と東堂は同時に刀を手放すと低く低く身を伏せた。
そして一息に兵らの懐に飛び込み、真ん中の男の水月に左拳で当身を入れる。
間髪入れず右端の男の銃を掬うようにして腕を逆に取り、そのまま背負い投げた。
空中で投げを解かれた兵は舷側を越えて海へと落下してゆく。
その間にも途切れることなく、捥ぎ取った銃剣の切っ先を跳ね上げる。左端の男の手指が裂かれ、怯んだ隙に最初に当身を入れた兵を背負い落すように叩きつけた。

あれよという間の手際だった。
全く同じ動きの隼人と東堂の前で、二人ずつの兵が折り重なって気を失っている。

「やれ、なんとも……」
「まだだ、征士郎は――」

そう言って東堂が首を巡らせた直後、その視線の先に吹き飛んできた人影が船べりに叩きつけられた。

「草介!」

隼人が叫んだのとほぼ同時に、残った任那隊の兵がまた突き懸かってくる。
そして草介に振り下ろされる激烈の太刀。
頭上で真一文字に受け止めたが、左手は朱に染まって刀の切っ先辺りは腕で支えていた。
全身に刀傷を負った草介は、もはや紺の制服が黒に見えるほど血を流している。

「草介! 押し負けるな! 今行く!」

だが隼人の叫びは、突撃する兵の気合に掻き消された。東堂も再び剣を拾い上げて応戦し、助太刀には行けない。

し斬る、という言葉を知っていますか」

草介に受けられた太刀をそのまま加重しながら、任那少佐が嬲るように囁いた。
傷だらけの上、力でも圧倒される草介。
押し込まれる少佐の刃が徐々に額へと食い込み、鮮血が片目を塞いだ。
しかしくずおれそうになる膝に渾身の力を込め、決して屈しない。

「へ…へ……し、き……ら、れ……て」
「そう、これがあなたの死に方」

少佐が凄艶な笑みを浮かべた。
が、その刹那。

「たまるかぁぁっっっ!!」

草介は叫ぶと同時に、真一文字で堪えていた刀を握る右手を緩めた。
僅かに斜めに傾いだ刀身は迫りくる力を逸らし、任那少佐の刀が流れた。
完全に刀を流さぬよう、反射的に元の位置に戻そうとする任那少佐。
その首筋を、草介が左腕で支える切っ先の一閃が捉える。

無陣流剣術、“雨障あまつつみ”――。

草介が初めて目にした、隼人の技だ。

だが少佐は恐るべき反応で、首皮一枚のところで反り身になってそれを見切った。
しかし。

その顔目掛けて、草介の拳が唸りをあげて振り下ろされた。
デッキにめり込むかと思うほどの衝撃で叩きつけられる任那少佐。
そして草介は間髪入れず、その身体を担ぎ上げる。

「どぉぉらぁぁぁぁぁっ!!」

そのまま放り投げたその真下には、濃灰色に逆巻く海が広がっていた。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

【完結】月よりきれい

悠井すみれ
歴史・時代
 職人の若者・清吾は、吉原に売られた幼馴染を探している。登楼もせずに見世の内情を探ったことで袋叩きにあった彼は、美貌に加えて慈悲深いと評判の花魁・唐織に助けられる。  清吾の事情を聞いた唐織は、彼女の情人の振りをして吉原に入り込めば良い、と提案する。客の嫉妬を煽って通わせるため、形ばかりの恋人を置くのは唐織にとっても好都合なのだという。  純心な清吾にとっては、唐織の計算高さは遠い世界のもの──その、はずだった。 嘘を重ねる花魁と、幼馴染を探す一途な若者の交流と愛憎。愛よりも真実よりも美しいものとは。 第9回歴史・時代小説大賞参加作品です。楽しんでいただけましたら投票お願いいたします。 表紙画像はぱくたそ(www.pakutaso.com)より。かんたん表紙メーカー(https://sscard.monokakitools.net/covermaker.html)で作成しました。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原

糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。 慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。 しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。 目指すは徳川家康の首級ただ一つ。 しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。 その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

南町奉行所お耳役貞永正太郎の捕物帳

勇内一人
歴史・時代
第9回歴史・時代小説大賞奨励賞受賞作品に2024年6月1日より新章「材木商桧木屋お七の訴え」を追加しています(続きではなく途中からなので、わかりづらいかもしれません) 南町奉行所吟味方与力の貞永平一郎の一人息子、正太郎はお多福風邪にかかり両耳の聴覚を失ってしまう。父の跡目を継げない彼は吟味方書物役見習いとして南町奉行所に勤めている。ある時から聞こえない正太郎の耳が死者の声を拾うようになる。それは犯人や証言に不服がある場合、殺された本人が異議を唱える声だった。声を頼りに事件を再捜査すると、思わぬ真実が発覚していく。やがて、平一郎が喧嘩の巻き添えで殺され、正太郎の耳に亡き父の声が届く。 表紙はパブリックドメインQ 著作権フリー絵画:小原古邨 「月と蝙蝠」を使用しております。 2024年10月17日〜エブリスタにも公開を始めました。

処理中です...