剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―

三條すずしろ

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第十五章 最後の御留郵便

艦上の剣戟

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目の前で撃ち倒された兵を、草介は反射的に遮蔽物の陰へと引き摺った。
最低限のクルーで動かしている明光丸には、加勢に来られる兵はいない。
既に敵の侵入を許したデッキ上にドクターが上がってくることも不可能だ。
気休め程度でも兵の傷口に止血の布を当て、草介は彼をさらに船室の出入口近くまで引き寄せた。

「東堂殿、龍門の制圧に向かい申す。兵を割けまするか」
「心得た」

山本大尉の申し出に東堂が頷き、海兵たちに目配せすると数人が舷側に身を寄せた。
おそらく東堂の艦・摩尼も操艦で手いっぱいの人員なのだろう。
屯田兵団と合わせても、この明光丸上の敵を迎撃しつつ龍門制圧にも兵を割くのは綱渡りだ。
だが、やらねばならない。

「わたしが参ります」
「わたしも。安心して。斬り込みは専門だから」

名乗りを上げたのは由良乃、そしてしのぶの二人。
一瞬驚いた表情を見せた山本大尉だったが、迷っている暇はない。
左右の屯田兵に目配せをすると、

「承知。片倉殿、ここをお頼み申す」

そう言いおいて舷側から眼下の龍門へと飛び降りた。
兵らが、そしてしのぶが、由良乃が、次々と降下してゆく。
龍門のデッキに音もなく降り立った由良乃は抜刀し、待ち構えていた敵兵らに宣した。

「駅逓局・御留郵便御用、橘由良乃。ただちに機関を停止しこちらの指揮に従われよ。手向かいいたすなら――斬ります」

その同じ時、明光丸のデッキ上では銃剣を構えた任那隊の兵らが突撃を仕掛けてきていた。
決して広くはない空間を巧みに縫い、屯田兵と海兵の混成部隊がこれを迎え撃っている。
抜刀した隼人と東堂には、三人の兵が同時に突き懸かってきた。
東堂の技前はよく知られているのだろう。その同門である隼人に対しても、十分な警戒をもっての攻撃であることがわかる。

「一対三とは。新撰組を……思い出すな!」

迫りくる銃剣の刺突を払いながら、東堂が口の端を吊り上げた。
隼人も三人を相手に巧みに攻めを捌いているが、いずれも歴戦の猛者であろう。一瞬の緩みが死命を制する戦いだ。

いつの間にか、視界から任那少佐の姿が消えている。
と、デッキの方々で次々に叫び声が上がり、赤く血飛沫が舞ってゆく。
遊撃手となった任那少佐がその凶刃を振るい、踊るように兵たちを斬り裂いているのだ。

強い――。
だがそれ以上に、部下であったはずの者らまで躊躇なく屠るその冷酷さ。
表情の宿らない白皙の面が、返り血を浴びて朱に染まってゆく。
だがその時。

「おぉぉらぁぁぁぁっ!!」

真横の物陰から、力任せの一太刀が薙がれた。
瞬時に顔を反らせて見切った任那少佐は、相手に目を留めるとようやくその顔に感情を浮かべた。

「たしか……草介、さん?」
「おぉともよ。おべえてくれてて涙が出らあ」

負傷者たちを退避させていた草介が、乱戦の輪に加わったのだ。
足止めされている隼人と東堂に代わり、狙うは将である任那少佐。
由良乃から託された刀を肩に担ぎ、草介は大見得を切った。

「なあ少佐さんよう。次ぁおいらと遊んでくれよ。そのめぇに、ちょいとばかし与太話でもしねぇかい」
「与太話? ああ――時間稼ぎをするつもりですか」

今度ははっきりと笑みを浮かべる任那少佐。
草介は抜身の刀を担いだまま、その前に立ち塞がった。
後ろでは兵たちが銃剣のきっさきを激しく交わし、隼人と東堂が不利の状況下で戦っている。

「なぁんか少佐さんのこと気に入らねぇって思ってたんだけどよう。ようやっと腹落ちしたぜ」
「ほう……?」
「おめぇさん、てめえのことしか信じちゃいねぇんだろ。郵便届けたとき、やたらめったら武術やらの伝書があったよな。みぃんな一人で受け継ぐなんざぁてえしたもんだと思ってたっけ、なんのこたぁねぇ。しとに任せらんねぇんだろ」
「あれらはみな貴重な文化です。本土で朽ちるはずだったものを、私がこの大地に根付かせる。誰にでも出来るわけではないのですよ」
「へっ、ちゃんちゃらおかしいや。おいらぁ学がねえもんで上手く言えねぇけどよ。ほら、あれだあれ……“一人よがり”! ンなもん、おめえさんの思う通りになるかよ。御大層な外国サマとの共同統治だっけか? そいつもおんなしさ」
「……時間稼ぎはもうよろしいですか?」

頬に貼り付けていた笑みを消し、任那少佐が右手に提げた血刀の切っ先を草介に向けた。

「楽しい与太話でしたよ。最後にあなたの正式な名を伺いましょうか。姓は何と仰る? 草介さん」
「姓だあ? ありゃしねえよ、そんなもん」
「ない? 6年前に必称義務令が出ましたのに」
「知ったこっちゃねえや! おいらは草介! 姓もねえ、けえるとこもねえ、根無し草の草介さまだぜ!!」

そう叫んだ草介は刀を振りかぶり、任那少佐へ向けて走り懸かった。
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