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第十五章 最後の御留郵便

乱戦海域

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setセット!」

カッターボートに伏せつつ、任那少佐が叫んだ。
一糸乱れぬ動作で、水兵の半分が屯田兵団と東堂隊それぞれに照準した。

vuurヒュール!!」

正確無比な狙いで弾丸が放たれ、こちらが伏せたその際を過たず掠めてゆく。

「オランダ語だと……? 旧幕海軍の亡霊か」

山本大尉が独り言ち、チプの舟底で反撃の機会を窺っている。
だがその間にも手を止めることなく漕ぎ続けられている任那少佐のボートは、ぐんぐん遠ざかっていってしまう。
射撃も間断なく行われているため迂闊に追うことすら困難な状態だ。

甲鉄艦の砲門が、もう一撃火を噴いた。
今度は直撃することなく、そのはるか向こうの海面に遅れて水柱が立った。

不意を突かれた東堂の艦は完全に出遅れた形で、回避運動に入ろうとしているところだった。
反撃のための射線を確保できず、追われるような形となっている。

「最初から沈める気だったようでござるな。我らの地図も、後でゆっくり回収すればよいと――」
「大尉、このままこちらに砲が向けば粉微塵でござる。舟を分散させて河に戻るしかござらん」

銃弾の飛来音に掻き消されぬよう、隼人が山本大尉に向けて叫ぶ。
かろうじて東堂隊が応射しているが、早くも任那少佐のボートは自艦へと近付いていた。
隼人たちからして手前側にいる甲鉄艦の舷側にボートが取り着く。
もし東堂艦が砲で反撃して外せば、屯田兵団はおろか東堂隊も巻き添えになる位置を巧みに保持している。
いわば、人質にしているのだ。

少佐らが、次々に甲鉄艦へと乗り移ってゆくのが見える。
仲間を巻き込む懸念がなくなれば、後顧の憂いなく彼らはこの海に牙を剥くだろう。

と、その時。
南東の岬の影から、急速に接近してくる黒い船影があった。

「明光丸!」

草介が叫ぶのと同時に、明光丸のデッキに一点の光が瞬いた。
直後、この戦闘海域にもう一つの水柱が立つ。
明光丸も砲を積載していたのだ。
無論、味方に被害が出ないようその照準は甲鉄艦から大きく外している。
だが武装した船が加勢に現れたことを示すには十分な効果だろう。
紋別港沖に停泊していたものが、異変を察知して救援に駆け付けたのだ。

任那少佐らを回収した甲鉄艦は、動きを変じて距離を取ろうとしている。
しかし明光丸の接近を察した東堂艦がそれを許さず、ぴたりと張り付いて機動の阻害を試みた。
その間にも高速で接近してくる明光丸。
今度は二対一で挟み撃ちの形になりつつある。
任那艦から明光丸へ向けて砲の一撃が放たれたが、当たらない。
操艦しているのは紀伊海軍提督・高柳楠之助だ。決して、当たりはしない。

「ハシゴ下ろすよーう! 上がってきてぇーーーっ!!」

甲鉄艦との間に割り込んできた明光丸のデッキ上から、声を限りに叫ぶ人影がある。しのぶだ。

次々に海面へ投げられた縄梯子に、屯田兵団がチプから巧みに取り付いてゆく。
隼人・草介・由良乃もそれに手をかけ、力の限りよじ登る。
と、隼人が振り返った。
その視線の先には、東堂靫衛とその部隊が。

「東堂!」

隼人が叫んだ。

「子の不始末を付けよ! 来い!」
「無論――!」

東堂隊のボートが、明光丸に漕ぎ寄った。
次々にデッキへと上がる、歴戦のつわものたち。
屯田兵団が、海兵が、草介が、由良乃が、そして隼人と東堂が、共に船上に並んだ。

「えぇっと。あっちの艦止める、で合ってる? OK?」

幕末の軽装歩兵のような戦装束のしのぶが、一同を見回して念を押す。

「征士郎の艦は“龍門”。私のは“摩尼まに”だ」

東堂が艦名を補足した時、デッキの伝声管から声が響いた。

「艦長の高柳だ。遠望していた状況から事態は把握している。恩讐を超え、今はあの艦を止めるため力を合わせてくれ。目標、甲鉄艦・龍門。総員振り落とされるな! 卯の舵、ハード・スターボード!」

兵どもを乗せた明光丸は、甲鉄艦を挟撃すべく右へと舵を切った。
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