98 / 104
第十五章 最後の御留郵便
乱戦海域
しおりを挟む
「set!」
カッターボートに伏せつつ、任那少佐が叫んだ。
一糸乱れぬ動作で、水兵の半分が屯田兵団と東堂隊それぞれに照準した。
「vuur!!」
正確無比な狙いで弾丸が放たれ、こちらが伏せたその際を過たず掠めてゆく。
「オランダ語だと……? 旧幕海軍の亡霊か」
山本大尉が独り言ち、チプの舟底で反撃の機会を窺っている。
だがその間にも手を止めることなく漕ぎ続けられている任那少佐のボートは、ぐんぐん遠ざかっていってしまう。
射撃も間断なく行われているため迂闊に追うことすら困難な状態だ。
甲鉄艦の砲門が、もう一撃火を噴いた。
今度は直撃することなく、そのはるか向こうの海面に遅れて水柱が立った。
不意を突かれた東堂の艦は完全に出遅れた形で、回避運動に入ろうとしているところだった。
反撃のための射線を確保できず、追われるような形となっている。
「最初から沈める気だったようでござるな。我らの地図も、後でゆっくり回収すればよいと――」
「大尉、このままこちらに砲が向けば粉微塵でござる。舟を分散させて河に戻るしかござらん」
銃弾の飛来音に掻き消されぬよう、隼人が山本大尉に向けて叫ぶ。
かろうじて東堂隊が応射しているが、早くも任那少佐のボートは自艦へと近付いていた。
隼人たちからして手前側にいる甲鉄艦の舷側にボートが取り着く。
もし東堂艦が砲で反撃して外せば、屯田兵団はおろか東堂隊も巻き添えになる位置を巧みに保持している。
いわば、人質にしているのだ。
少佐らが、次々に甲鉄艦へと乗り移ってゆくのが見える。
仲間を巻き込む懸念がなくなれば、後顧の憂いなく彼らはこの海に牙を剥くだろう。
と、その時。
南東の岬の影から、急速に接近してくる黒い船影があった。
「明光丸!」
草介が叫ぶのと同時に、明光丸のデッキに一点の光が瞬いた。
直後、この戦闘海域にもう一つの水柱が立つ。
明光丸も砲を積載していたのだ。
無論、味方に被害が出ないようその照準は甲鉄艦から大きく外している。
だが武装した船が加勢に現れたことを示すには十分な効果だろう。
紋別港沖に停泊していたものが、異変を察知して救援に駆け付けたのだ。
任那少佐らを回収した甲鉄艦は、動きを変じて距離を取ろうとしている。
しかし明光丸の接近を察した東堂艦がそれを許さず、ぴたりと張り付いて機動の阻害を試みた。
その間にも高速で接近してくる明光丸。
今度は二対一で挟み撃ちの形になりつつある。
任那艦から明光丸へ向けて砲の一撃が放たれたが、当たらない。
操艦しているのは紀伊海軍提督・高柳楠之助だ。決して、当たりはしない。
「ハシゴ下ろすよーう! 上がってきてぇーーーっ!!」
甲鉄艦との間に割り込んできた明光丸のデッキ上から、声を限りに叫ぶ人影がある。しのぶだ。
次々に海面へ投げられた縄梯子に、屯田兵団がチプから巧みに取り付いてゆく。
隼人・草介・由良乃もそれに手をかけ、力の限りよじ登る。
と、隼人が振り返った。
その視線の先には、東堂靫衛とその部隊が。
「東堂!」
隼人が叫んだ。
「子の不始末を付けよ! 来い!」
「無論――!」
東堂隊のボートが、明光丸に漕ぎ寄った。
次々にデッキへと上がる、歴戦の兵たち。
屯田兵団が、海兵が、草介が、由良乃が、そして隼人と東堂が、共に船上に並んだ。
「えぇっと。あっちの艦止める、で合ってる? OK?」
幕末の軽装歩兵のような戦装束のしのぶが、一同を見回して念を押す。
「征士郎の艦は“龍門”。私のは“摩尼”だ」
東堂が艦名を補足した時、デッキの伝声管から声が響いた。
「艦長の高柳だ。遠望していた状況から事態は把握している。恩讐を超え、今はあの艦を止めるため力を合わせてくれ。目標、甲鉄艦・龍門。総員振り落とされるな! 卯の舵、ハード・スターボード!」
兵どもを乗せた明光丸は、甲鉄艦を挟撃すべく右へと舵を切った。
カッターボートに伏せつつ、任那少佐が叫んだ。
一糸乱れぬ動作で、水兵の半分が屯田兵団と東堂隊それぞれに照準した。
「vuur!!」
正確無比な狙いで弾丸が放たれ、こちらが伏せたその際を過たず掠めてゆく。
「オランダ語だと……? 旧幕海軍の亡霊か」
山本大尉が独り言ち、チプの舟底で反撃の機会を窺っている。
だがその間にも手を止めることなく漕ぎ続けられている任那少佐のボートは、ぐんぐん遠ざかっていってしまう。
射撃も間断なく行われているため迂闊に追うことすら困難な状態だ。
甲鉄艦の砲門が、もう一撃火を噴いた。
今度は直撃することなく、そのはるか向こうの海面に遅れて水柱が立った。
不意を突かれた東堂の艦は完全に出遅れた形で、回避運動に入ろうとしているところだった。
反撃のための射線を確保できず、追われるような形となっている。
「最初から沈める気だったようでござるな。我らの地図も、後でゆっくり回収すればよいと――」
「大尉、このままこちらに砲が向けば粉微塵でござる。舟を分散させて河に戻るしかござらん」
銃弾の飛来音に掻き消されぬよう、隼人が山本大尉に向けて叫ぶ。
かろうじて東堂隊が応射しているが、早くも任那少佐のボートは自艦へと近付いていた。
隼人たちからして手前側にいる甲鉄艦の舷側にボートが取り着く。
もし東堂艦が砲で反撃して外せば、屯田兵団はおろか東堂隊も巻き添えになる位置を巧みに保持している。
いわば、人質にしているのだ。
少佐らが、次々に甲鉄艦へと乗り移ってゆくのが見える。
仲間を巻き込む懸念がなくなれば、後顧の憂いなく彼らはこの海に牙を剥くだろう。
と、その時。
南東の岬の影から、急速に接近してくる黒い船影があった。
「明光丸!」
草介が叫ぶのと同時に、明光丸のデッキに一点の光が瞬いた。
直後、この戦闘海域にもう一つの水柱が立つ。
明光丸も砲を積載していたのだ。
無論、味方に被害が出ないようその照準は甲鉄艦から大きく外している。
だが武装した船が加勢に現れたことを示すには十分な効果だろう。
紋別港沖に停泊していたものが、異変を察知して救援に駆け付けたのだ。
任那少佐らを回収した甲鉄艦は、動きを変じて距離を取ろうとしている。
しかし明光丸の接近を察した東堂艦がそれを許さず、ぴたりと張り付いて機動の阻害を試みた。
その間にも高速で接近してくる明光丸。
今度は二対一で挟み撃ちの形になりつつある。
任那艦から明光丸へ向けて砲の一撃が放たれたが、当たらない。
操艦しているのは紀伊海軍提督・高柳楠之助だ。決して、当たりはしない。
「ハシゴ下ろすよーう! 上がってきてぇーーーっ!!」
甲鉄艦との間に割り込んできた明光丸のデッキ上から、声を限りに叫ぶ人影がある。しのぶだ。
次々に海面へ投げられた縄梯子に、屯田兵団がチプから巧みに取り付いてゆく。
隼人・草介・由良乃もそれに手をかけ、力の限りよじ登る。
と、隼人が振り返った。
その視線の先には、東堂靫衛とその部隊が。
「東堂!」
隼人が叫んだ。
「子の不始末を付けよ! 来い!」
「無論――!」
東堂隊のボートが、明光丸に漕ぎ寄った。
次々にデッキへと上がる、歴戦の兵たち。
屯田兵団が、海兵が、草介が、由良乃が、そして隼人と東堂が、共に船上に並んだ。
「えぇっと。あっちの艦止める、で合ってる? OK?」
幕末の軽装歩兵のような戦装束のしのぶが、一同を見回して念を押す。
「征士郎の艦は“龍門”。私のは“摩尼”だ」
東堂が艦名を補足した時、デッキの伝声管から声が響いた。
「艦長の高柳だ。遠望していた状況から事態は把握している。恩讐を超え、今はあの艦を止めるため力を合わせてくれ。目標、甲鉄艦・龍門。総員振り落とされるな! 卯の舵、ハード・スターボード!」
兵どもを乗せた明光丸は、甲鉄艦を挟撃すべく右へと舵を切った。
1
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説
剣客居酒屋 草間の陰
松 勇
歴史・時代
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
大日本帝国、アラスカを購入して無双する
雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。
大日本帝国VS全世界、ここに開幕!
※架空の日本史・世界史です。
※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。
※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。
土方歳三ら、西南戦争に参戦す
山家
歴史・時代
榎本艦隊北上せず。
それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。
生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。
また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
不屈の葵
ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む!
これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。
幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。
本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。
家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。
今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。
家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。
笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。
戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。
愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目!
歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』
ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!
枢軸国
よもぎもちぱん
歴史・時代
時は1919年
第一次世界大戦の敗戦によりドイツ帝国は滅亡した。皇帝陛下 ヴィルヘルム二世の退位により、ドイツは共和制へと移行する。ヴェルサイユ条約により1320億金マルク 日本円で200兆円もの賠償金を課される。これに激怒したのは偉大なる我らが総統閣下"アドルフ ヒトラー"である。結果的に敗戦こそしたものの彼の及ぼした影響は非常に大きかった。
主人公はソフィア シュナイダー
彼女もまた、ドイツに転生してきた人物である。前世である2010年頃の記憶を全て保持しており、映像を写真として記憶することが出来る。
生き残る為に、彼女は持てる知識を総動員して戦う
偉大なる第三帝国に栄光あれ!
Sieg Heil(勝利万歳!)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる