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第十四章 北海の旧幕兵団

屯田の贄

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大尉と呼ばれた男は、自らを山本房治郎ふさじろうと名乗った。
紀伊が紋別を分領統治していた明治初期に、実験部隊として先行派遣された屯田兵団の長だという。

草介はその立ち居振る舞いに抱く親近感の正体に、すぐに気が付いた。

話し方といい佇まいといい、普段から見慣れた隼人の雰囲気にそっくりなのだ。
それはまさしく、幕末から維新期を生き抜いた者らが共通してまとう空気でもある。
特に維新後すぐに遠い北の地へと向かった大尉らにとっては、そのまま時の流れが止まっていたとしても不思議はない。
その姿は、もはや急速に過去のものとなりつつある侍そのものだった。

「駅逓局・御留郵便御用、片倉隼人。以下、橘由良乃、草介でござる」
「御留郵便――そこもとが剣客逓信でござるか」

プロイセン式の敬礼と共に名乗った隼人に、山本大尉は驚いたようだった。
紀伊に戍営兵じゅえいへいが設置された時期に北海道へと派遣されたため、二人に直接の面識はない。
だが即座に敬礼を返した大尉ら実験屯田兵団は、同じくプロイセン式の規律で統率されていたのだ。
よく見ると暗がりに慣れた目に、壁際に立てかけられた数丁のドライゼ銃が見えた。

すすめられるまま荷や刀を板間の端に置いた一行は、さっと下座に回った山本大尉と囲炉裏を挟んで向かい合った。
先ほど応対に出た兵が、手際よく茶湯を給仕した。茶碗は有田焼だろうか、さぞ大切にされてきたであろうそれは場違いなほど陋屋ろうおくによく映える。

「どうぞ。熊笹を煎じたものでござるが」
「ああ……なつかし味やなあ」

さっそく一口啜った武四郎が、感慨深く目を細めた。
隼人らもならって遠慮なく口をつける。香ばしく、深い緑の匂いが鼻に抜けてゆく。

「突然伺ったんはほかでもない。あんたらに守ってもらっとった例の地図、あれがついに要ることになったんや」

茶碗を置いた武四郎が本題を切り出し、場の空気が改まった。
草介も由良乃も我知らず居住まいを正している。

武四郎は語った。自身が聞き及んだ東堂父子および海軍特務による、北海道を緩衝地帯とするための離反計画を。
この場にいる御留郵便一行が実際に交戦し、特に隼人は東堂靫衛と浅からぬ因縁があることも包み隠さず話した。

「――まずは、わしらが命懸けで調査したあの時の資源地図を狙っとるはずや。時が来るまで、ちゅうお達しで預かってもろてたあの地図を、奴らに渡すわけにはいかんのや」

武四郎がそう話を締め括ると、山本大尉はおもむろに座を立った。
ほどなく戻ってきたその両手には、細長い桐箱が大切そうに抱えられている。

「おお……よくぞ、守ってくれはった……!」

武四郎がそれを受取ろうと、感極まったように諸手を伸ばした。
が、大尉は再び端座すると、膝前に箱を置いて一同を見渡した。深く、静かな眼だ。

「220名――。何の人数かお分かりか」

静かに切り出した山本大尉の言葉に、草介はぴんと空気が張り詰めるのを感じた。

「12年前に入植した、我ら実験屯田兵団1個中隊の人員でござる。――もう、10名を残すのみにて」

大尉は眼に悲しみとも怒りともとれぬ色を湛え、淡々と続ける。

「松浦卿との調査以降、冬が来る度に仲間が倒れてゆき申した。紀伊本国からの助けなどなく、国許に残した妻や子の名を呼びながら皆冷たくなっていき申した。そんな我らに手を伸べてくれたのは、この地に住まうアイヌの方々でござる。惜しみなく暖かな家へ我らを上げ、惜しみなく食い物を分けてくださった」

山本大尉の声が、暗い板間に沁み通るかのように響く。

「時折思わぬでもござらなんだ。我らは何に仕えて、何のためにここにいるのかと。我らの主はもはや徳川家ではござらぬが、さりとて薩長閥の新政府に殉じるなど、到底受け入れられぬ。だが……ようやく光明のようなものが見え申した。アイヌの方々の恩に、報いることができるやもしれぬ」

と、入口から次々に兵が踊り込んできた。
身構えた隼人たちだったが、統率された電光石火の動きに刀を取ることもできない。
男たちはいずれも古びた軍服姿で、手にはドライゼの長銃身が――。

「松浦卿に剣客逓信殿。一足遅うござったな。つい先頃、同じ用件で我らを訪れた方がおられた。名を――任那みまな征士郎殿と申された」

山本大尉は地図の入った桐箱を手に取って立ち上がり、旧幕の屯田兵らが隼人たち一行をぐるりと取り囲んだ。
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