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第十四章 北海の旧幕兵団
キイ・コタン
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「アイヌの人々の家は“チセ”いうんや。囲炉裏が切ってあってな。ぬくいんやで」
コタンと呼んだ集落の入口近くで、武四郎が茅造りの家屋を指して説明する。
寄棟のような屋根も地面からそのまま立ち上がっているような壁も、相当な量の茅で厚みを感じさせる。
これなら厳寒の冬にもさぞ頼もしいだろう。
一方の屯田兵屋はこの場には明らかに異質な雰囲気で、屋根も壁も板造りだがチセに比べるとなんとも心許ないほどだ。
と、武四郎と隼人たち御留郵便一行の姿を認めた村人が、コタンの入口で待ち構えていた。
立派な白髭の翁と、その妻と思しき媼だ。
草介と由良乃は、我知らず「高砂」を思い起こしていた。
「イランカラㇷ゚テ」
武四郎がそう声を掛け、彼らに近付いてゆく。
そしてその目の前で合掌し、その手をゆっくりと擦り合わせると両の掌を上に向け、またゆっくりと上下させた。
出迎えた翁も同じ動作を行い、隣の媼は右手の人差し指で鼻の下を横一文字に擦った。
隼人たちもこれが挨拶の作法なのだと感覚的には分かったが、動作が追い付かず武四郎の後ろで深々とお辞儀をする。
「エカシ……この村の長や。屯田兵団の隊長んとこ案内してくれるて」
初めて聞く言葉で二三やり取りをしていた武四郎が、先に立って歩きだした。
コタンに入ることが許されたらしい。
「松浦卿、さきほどは何と仰せでござろうか。いらん…か、ら……?」
「イランカラㇷ゚テ。おはようさん、おばんです、一日中使えるご挨拶やな」
草介も由良乃も、異なる文化の人々が住まう場所できょろきょろするのは無作法と心得てはいるが、初めての光景にどうしても目が吸い寄せられてしまう。
皆いずれも紋別の港で見たような樹皮の着物をまとい、藍色の布で袖口や裾、襟などが補強され独特の模様があしらわれている。
臼と縦杵で何か穀物を搗いている若い女。石の重しがたくさんぶら下がった機のようなものを外に出して、茣蓙を編んでいる媼。
なぜか男の姿が見えないが、子ども達は元気よく走り回って珍客を遠巻きに物見しているようだ。
「まあ、かわいらしい」
一瞬だけすぐ側まで寄ってきてすぐに走り去ってしまった子に、由良乃が思わず目を細める。
小さい子たちはいずれも前髪と鬢、後ろ髪以外は剃るという特有の髪型だ。
一行はほどなく、コタンの最奥に建つ一棟の小屋の前に至った。板造りの屯田兵屋だ。
武四郎がエカシと呼んだ翁が、その戸口で二三度咳払いをした。
するとすぐさま人の気配が立ち、中から擦り切れた軍服姿の男が出てきた。
「松浦殿……!」
武四郎の訪問に驚愕し、隼人・草介・由良乃の姿を認めてさらに目を見開く。
「エカシ。イヤイライケレ」
武四郎が翁にそう言い、日本風にお辞儀をした。
お礼の言葉だと自然に伝わった隼人たちもそれにならう。
軍服の男に誘われ、引かれた板戸を潜るとすぐ土間になっていた。
なんということはない。江戸の近郊でもよく見る百姓家とほぼ同じだ。
が、この小屋で北海道の厳寒を乗り切ってきたのかと思うと、自ずと身が引き締まる。
屋内の暗がりにはすぐに目が慣れた。
土間からは板の間に上がれるようになっており、その奥にも二部屋ばかり設けられているのだろう。
板の間には炉が切ってあり、その囲炉裏端にやはり軍服姿の男がいた。
黒々とした髭をたくわえた壮年で、端座して口に布を咥え刀の手入れをしている。
「山本大尉。松浦武四郎殿ご一行がお見えになりました」
応対に出た兵がそう言うと、山本と呼ばれた男は丁寧に刀を納めて一行に向き直り、深々と座礼で出迎えた。
堂々たる、美しい所作だ。
「松浦卿、お久しうござる。遠路のお運び、恐悦至極」
山本大尉はもはやぼろぼろになった軍服の胸を張り、隼人たちにも強い視線を振り向けた。
コタンと呼んだ集落の入口近くで、武四郎が茅造りの家屋を指して説明する。
寄棟のような屋根も地面からそのまま立ち上がっているような壁も、相当な量の茅で厚みを感じさせる。
これなら厳寒の冬にもさぞ頼もしいだろう。
一方の屯田兵屋はこの場には明らかに異質な雰囲気で、屋根も壁も板造りだがチセに比べるとなんとも心許ないほどだ。
と、武四郎と隼人たち御留郵便一行の姿を認めた村人が、コタンの入口で待ち構えていた。
立派な白髭の翁と、その妻と思しき媼だ。
草介と由良乃は、我知らず「高砂」を思い起こしていた。
「イランカラㇷ゚テ」
武四郎がそう声を掛け、彼らに近付いてゆく。
そしてその目の前で合掌し、その手をゆっくりと擦り合わせると両の掌を上に向け、またゆっくりと上下させた。
出迎えた翁も同じ動作を行い、隣の媼は右手の人差し指で鼻の下を横一文字に擦った。
隼人たちもこれが挨拶の作法なのだと感覚的には分かったが、動作が追い付かず武四郎の後ろで深々とお辞儀をする。
「エカシ……この村の長や。屯田兵団の隊長んとこ案内してくれるて」
初めて聞く言葉で二三やり取りをしていた武四郎が、先に立って歩きだした。
コタンに入ることが許されたらしい。
「松浦卿、さきほどは何と仰せでござろうか。いらん…か、ら……?」
「イランカラㇷ゚テ。おはようさん、おばんです、一日中使えるご挨拶やな」
草介も由良乃も、異なる文化の人々が住まう場所できょろきょろするのは無作法と心得てはいるが、初めての光景にどうしても目が吸い寄せられてしまう。
皆いずれも紋別の港で見たような樹皮の着物をまとい、藍色の布で袖口や裾、襟などが補強され独特の模様があしらわれている。
臼と縦杵で何か穀物を搗いている若い女。石の重しがたくさんぶら下がった機のようなものを外に出して、茣蓙を編んでいる媼。
なぜか男の姿が見えないが、子ども達は元気よく走り回って珍客を遠巻きに物見しているようだ。
「まあ、かわいらしい」
一瞬だけすぐ側まで寄ってきてすぐに走り去ってしまった子に、由良乃が思わず目を細める。
小さい子たちはいずれも前髪と鬢、後ろ髪以外は剃るという特有の髪型だ。
一行はほどなく、コタンの最奥に建つ一棟の小屋の前に至った。板造りの屯田兵屋だ。
武四郎がエカシと呼んだ翁が、その戸口で二三度咳払いをした。
するとすぐさま人の気配が立ち、中から擦り切れた軍服姿の男が出てきた。
「松浦殿……!」
武四郎の訪問に驚愕し、隼人・草介・由良乃の姿を認めてさらに目を見開く。
「エカシ。イヤイライケレ」
武四郎が翁にそう言い、日本風にお辞儀をした。
お礼の言葉だと自然に伝わった隼人たちもそれにならう。
軍服の男に誘われ、引かれた板戸を潜るとすぐ土間になっていた。
なんということはない。江戸の近郊でもよく見る百姓家とほぼ同じだ。
が、この小屋で北海道の厳寒を乗り切ってきたのかと思うと、自ずと身が引き締まる。
屋内の暗がりにはすぐに目が慣れた。
土間からは板の間に上がれるようになっており、その奥にも二部屋ばかり設けられているのだろう。
板の間には炉が切ってあり、その囲炉裏端にやはり軍服姿の男がいた。
黒々とした髭をたくわえた壮年で、端座して口に布を咥え刀の手入れをしている。
「山本大尉。松浦武四郎殿ご一行がお見えになりました」
応対に出た兵がそう言うと、山本と呼ばれた男は丁寧に刀を納めて一行に向き直り、深々と座礼で出迎えた。
堂々たる、美しい所作だ。
「松浦卿、お久しうござる。遠路のお運び、恐悦至極」
山本大尉はもはやぼろぼろになった軍服の胸を張り、隼人たちにも強い視線を振り向けた。
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