上 下
91 / 104
第十三章 攻防、鉄道郵便零号車

激闘の果て

しおりを挟む
「息子だと――」

思わずそう口をついて出た隼人だったが、瞬時に彼らが直接の血縁関係にあるわけではないことを理解した。
何より征士郎少佐に、若き日の東堂の面影はない。
だが東堂が「育てた」という若者の挙措から、おそらく無陣流の技は知る限りを受け継いでいるのだろう。

「片倉。この列車が運んでいるものが何か、教えていなかったな」

淡々と、東堂が語る。

「我らが欲しかったものは北海道の地図だ。それも鉄や金などの鉱物、石炭に草生水くそうず……つまり石油などの産出地を詳細に記したものを。お前がメアリー・ヤード婦人経由で文書を託した元・開拓使測量長のジェームズ・R・ワッソンは、秘密裏にそうした調査も行っていたのだよ。もっとも、それは全道のごく一部に過ぎない。他にも同様の取り組みは進んでいる。――まずは、ここに一つ」

東堂は征士郎少佐の制服の胸辺りを指し、不敵に微笑んだ。

「……話はわかった、東堂。では尚のこと、お前達を見逃すわけにはいかぬ」

隼人は小太刀の切っ先を、東堂親子に凝らした。

「征士郎――」
「はい、養父ちち上」

少佐は長刀を抜き、片手で中段に構えた。
車輛の連結部を挟んで向き合う形に変わりはないが、そのリーチは歴然だ。

「彼の技は既に私を超えている。私に及ばぬお前が、勝てる道理はない」

そう囁いて東堂が目を細めた、その時。

「東堂靫衛――っ!!」

先頭車輛の方から、二つの人影が走ってくる。
草介と由良乃だ。

「ほう、これは」

征士郎少佐と背中合わせになる恰好で向き直る東堂。
それぞれに小太刀を手にした草介と由良乃が、彼らと同じ車輛に飛び乗った。

「草介君と……宗家筋のお嬢さんか」
「無陣流、たちばな由良乃。運転士さんと機関士さんは解放しました。あとはあなた方二人のみ」
「東堂のおっちゃん、めえに長州でノされた頃のおいらじゃねえぜ。おい、はーさん! こっちは任せろ! 簀巻すまきにしてやれ!」

草介と由良乃が同時に東堂へと走り懸かり、戦いの火蓋が切って落とされた。
それを合図に征士郎少佐は隼人に向けて鋭い突きを繰り出し、東堂は進みつつ抜刀して二本の小太刀を迎え撃つ。
運転士が自由になったためか、列車はさらに速度を上げて築堤を走った。

アーチになった列車の屋根上は狭く足場も不確かだが、小柄な由良乃とすばしこい草介は巧みに互いの位置を変えながら斬り掛かってゆく。

「これは、なかなか――!」

変幻自在に踊る二刀を前に、さしもの東堂も防御に徹さざるをえない。

一方の少佐は初撃の突きを隼人に流されたものの、さらに二撃三撃と立て続けに突き、あたかも洋剣術フェンシングのような怒涛の攻め手を見せている。
長刀の間合いを活かし、こちらの車輛に移らせないつもりだ。
少佐の攻撃を精妙に捌き続ける隼人だったが、絶え間ない突きの嵐にやがて刹那の隙が生じた。
それを見逃す青年ではない。あやまたず、僅かに防御が崩れた心臓目掛けてさらなる高速の刺突を繰り出す。

が、隼人はそれを読んだ上で小太刀の平で斜め下に突きを流した。
誘いに乗ってしまったことを悟った少佐は、瞬時に刀を引こうとする。
だが隼人はその動きに合わせて、少佐のいる車輛へと跳んだ。
そのまま小太刀のしのぎを少佐の刀に密着させ、鍔元まで擦り込んだ。
直後、隼人は刀身の半ばを正拳のように鋭く突き出し、青年の顔面を狙った。
思わず仰け反り、後退する少佐。
草介と由良乃も東堂を追い込み、父子は互いに背を合わせる形となった。

「無陣流小太刀之術、“細水さざれみず”ですか――」

少佐がにやりと笑い、再び長刀を構えた。

「もう間もなく品川に着きます。既に軍が展開しているでしょう。あなた方はもはや袋の鼠」
「おうとも、神妙にお縄を頂戴しやがれ」

由良乃と草介もやや距離をとり、そう宣した。
徐々に晴れてきた霧の向こうに、水路用の橋梁が見えてきた。列車はあと少しで築堤を渡り切るだろう。

「聞いての通りだ、東堂。観念せよ」
「――そのようだな」

隼人の声に、東堂はふっと剣気を解いて刀を鞘に納めた。師父にならい、少佐も納刀で応える。
だが次の瞬間。

東堂と少佐は、同時に海へと飛んだ。

あっと声を出す間もなく、落下する二人を目で追う隼人たち。
しかしその身体が海面に叩きつけられる寸前、橋梁下の水路から音もなくカッターボートが滑り出し彼らを受け止めた。

Feuerフォイェァル!」

東堂の号令と同時に、直下のボートから幾条もの雷火が撃ち上げられた。
咄嗟に身を伏せた隼人・草介・由良乃のすぐ側の屋根を、次々に弾丸が貫いてゆく。

「東堂ぉぉぉぉぉぉっ!!!」

隼人は叫んだ。
だがボートは一糸乱れぬ兵たちのオールで、瞬く間に沖へと遠ざかる。
隼人の咆哮を呑み込む霧の向こうには、すべてを嘲笑うかのように巨大な甲鉄艦がそびえていた。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】女神は推考する

仲 奈華 (nakanaka)
歴史・時代
父や夫、兄弟を相次いで失った太后は途方にくれた。 直系の男子が相次いて死亡し、残っているのは幼い皇子か血筋が遠いものしかいない。 強欲な叔父から持ち掛けられたのは、女である私が即位するというものだった。 まだ幼い息子を想い決心する。子孫の為、夫の為、家の為私の役目を果たさなければならない。 今までは子供を産む事が役割だった。だけど、これからは亡き夫に変わり、残された私が守る必要がある。 これは、大王となる私の守る為の物語。 額田部姫(ヌカタベヒメ) 主人公。母が蘇我一族。皇女。 穴穂部皇子(アナホベノミコ) 主人公の従弟。 他田皇子(オサダノオオジ) 皇太子。主人公より16歳年上。後の大王。 広姫(ヒロヒメ) 他田皇子の正妻。他田皇子との間に3人の子供がいる。 彦人皇子(ヒコヒトノミコ) 他田大王と広姫の嫡子。 大兄皇子(オオエノミコ) 主人公の同母兄。 厩戸皇子(ウマヤドノミコ) 大兄皇子の嫡子。主人公の甥。 ※飛鳥時代、推古天皇が主人公の小説です。 ※歴史的に年齢が分かっていない人物については、推定年齢を記載しています。※異母兄弟についての明記をさけ、母方の親類表記にしています。 ※名前については、できるだけ本名を記載するようにしています。(馴染みが無い呼び方かもしれません。) ※史実や事実と異なる表現があります。 ※主人公が大王になった後の話を、第2部として追加する可能性があります。その時は完結→連載へ設定変更いたします。  

葉桜よ、もう一度 【完結】

五月雨輝
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞特別賞受賞作】北の小藩の青年藩士、黒須新九郎は、女中のりよに密かに心を惹かれながら、真面目に職務をこなす日々を送っていた。だが、ある日突然、新九郎は藩の産物を横領して抜け売りしたとの無実の嫌疑をかけられ、切腹寸前にまで追い込まれてしまう。新九郎は自らの嫌疑を晴らすべく奔走するが、それは藩を大きく揺るがす巨大な陰謀と哀しい恋の始まりであった。 謀略と裏切り、友情と恋情が交錯し、武士の道と人の想いの狭間で新九郎は疾走する。

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

いや、婿を選べって言われても。むしろ俺が立候補したいんだが。

SHO
歴史・時代
時は戦国末期。小田原北条氏が豊臣秀吉に敗れ、新たに徳川家康が関八州へ国替えとなった頃のお話。 伊豆国の離れ小島に、弥五郎という一人の身寄りのない少年がおりました。その少年は名刀ばかりを打つ事で有名な刀匠に拾われ、弟子として厳しく、それは厳しく、途轍もなく厳しく育てられました。 そんな少年も齢十五になりまして、師匠より独立するよう言い渡され、島を追い出されてしまいます。 さて、この先の少年の運命やいかに? 剣術、そして恋が融合した痛快エンタメ時代劇、今開幕にございます! *この作品に出てくる人物は、一部実在した人物やエピソードをモチーフにしていますが、モチーフにしているだけで史実とは異なります。空想時代活劇ですから! *この作品はノベルアップ+様に掲載中の、「いや、婿を選定しろって言われても。だが断る!」を改題、改稿を経たものです。

やり直し王女テューラ・ア・ダンマークの生存戦略

シャチ
歴史・時代
ダンマーク王国の王女テューラ・ア・ダンマークは3歳の時に前世を思いだす。 王族だったために平民出身の最愛の人と結婚もできす、2回の世界大戦では大国の都合によって悲惨な運命をたどった。 せっかく人生をやり直せるなら最愛の人と結婚もしたいし、王族として国民を不幸にしないために活動したい。 小国ダンマークの独立を保つために何をし何ができるのか? 前世の未来知識を駆使した王女テューラのやり直しの人生が始まる。 ※デンマークとしていないのはわざとです。 誤字ではありません。 王族の方のカタカナ表記は現在でも「ダンマーク」となっておりますのでそちらにあえて合わせてあります

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

腐れ外道の城

詠野ごりら
歴史・時代
戦国時代初期、険しい山脈に囲まれた国。樋野(ひの)でも狭い土地をめぐって争いがはじまっていた。 黒田三郎兵衛は反乱者、井藤十兵衛の鎮圧に向かっていた。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

処理中です...