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第十三章 攻防、鉄道郵便零号車
因果再び
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任那少佐はもう一度薄く笑うと、再び手元に目を落として他の書類を開こうとした。
その瞬間、破裂音と共にキュンッ、と銃弾がその頬を掠めてゆく。
「動くなと言った」
隼人が過たず撃ったのだ。
「……この揺れのなか正確に撃つとは。当たったらどうするのですか」
「なればその時」
弾が至近を通過しながらも微動だにしない任那少佐。軽口を叩くゆとりすら見せたが、隼人の本気を感じてさすがに書類からは手を離した。
「片倉さんの射撃の腕前は聞いていましたが、まさかこれほどとは。やはり幕末から維新を生き抜いた兵は違いますね」
「よく口が回る。続きは軍法会議で存分に語るがよい」
隼人と草介、それに由良乃の三人に銃を突き付けられ、状況としては既に詰んでいるといっていい。
じわり、じわり、と三つの銃口が青年士官へと迫るが、再度諸手を上げた恰好の任那少佐は不敵な笑みを崩していない。
「もう少しで見つかりそうなのですよねえ」
「黙れ。聞かぬ」
「いえ、おそらく……この包み」
不意に任那少佐が書類の束に手を伸ばした。
「撃て!」
反射的に隼人が叫んだが、その瞬間悲鳴のような金属音を立てて機関車が急制動をかけた。
抗いようのない慣性で前へと投げ出される隼人たち。刹那のことに受身も十分ではなく、並んでいる執務机に叩きつけられてしまった。
「っぐうぅぅ……!」
強制的にレールを摩擦する黒鉄の叫びが響き渡り、隼人たちが直後に顔を起こした時には既に少佐の姿はなかった。
「不覚――!」
次の車輛の、屋根の上を軍靴の音が渡ってゆく。
急停止した機関車は高輪築堤の半ばを過ぎた辺りにいるはずだ。外は明るいが、白い濃霧がいよいよもって海上にわだかまっている。
「儂が上を追う! 二人は警戒しつつ先の車輛へ向かってくれ! 」
隼人は保守用のステップから屋根へと駆けあがり、草介と由良乃も即座に次の車輛へと向かった。
車輛の上に登った隼人はその先を見渡そうとしたが、やはり霧が視界を遮っている。
挟撃のため屋根伝いに先行した二人の護衛官はどうなったのだろう。おそらく今の衝撃では掴まってはおられまい。
小太刀と拳銃を手に、隼人は緩やかなアーチになった車輛の屋根を小走りに進んだ。
ただでさえ足場が悪い上に、霧の変じた水滴がびっしりと表面を覆っている。
と、前方に人影が見えた。瞬時に身を沈めて目を凝らす。その袖とズボンには、駅逓局制服の赤いラインがない。
隼人は右手に構えたピストルを撃った。
乾いた銃声が三発続けて響いたがそれは濃霧の海に吸い込まれ、そしてゴゴッ、と音を立てて足元が揺れた。
再び汽車が、ゆっくりと動き出したのだ。
「片倉さん、この振動ではさすがのあなたも当てられないでしょう」
霧の向こうから、青年の涼やかな声が届いた。
嘲笑する様子ではなく、淡々と事実を教示しているかのような声音だ。
隼人は拳銃をホルスターに収め、小太刀を右手に持ち替えた。
任那少佐はあろうことか、こちらへと歩を進めてくる。
その手には、いつの間にか長刀を携えている。
リーチの短い小太刀は室内でこそ威力を発揮するが、この広さでは彼我に力量差がない限り不利でしかない。
しかも動く列車の、湾曲した屋根の上。任那少佐の剣技は詳らかではないものの、岩倉邸御前仕合での動きは達人のそれだった。
隼人は小太刀を握り直し、両足に力を込めて少佐に問い質す。
「任那征士郎――。海軍特務を動かしての機密書類強奪、これまでの御留郵便妨害もそなたの所業か」
「――妨害? 心外ですね。私達の行動は、誠実な理念に基づいたものなのですよ」
「誠実だと。これだけの同胞の命を奪っておいて、どの口から申すというか。そなたらの目的は、いったい何なのだ」
糾弾する隼人に向けて、任那少佐が目を細めた。
「それは私よりも、答えるに相応しい方がおられますよ」
ふい、と霧の向こうに顔を向ける少佐。
すると、カツン……カツン……ともう一人こちらに近付く軍靴の音が。
隼人はその瞬間、全身が総毛立つような悪寒に包まれた。
蒸気機関の黒煙に混ざって、甘く香ばしい煙草の香りが流れてくる。
「東堂、靫衛――」
任那少佐の隣に、海軍の軍服に身を包んだ白銀髪の老剣士が立ち並んだ。
その瞬間、破裂音と共にキュンッ、と銃弾がその頬を掠めてゆく。
「動くなと言った」
隼人が過たず撃ったのだ。
「……この揺れのなか正確に撃つとは。当たったらどうするのですか」
「なればその時」
弾が至近を通過しながらも微動だにしない任那少佐。軽口を叩くゆとりすら見せたが、隼人の本気を感じてさすがに書類からは手を離した。
「片倉さんの射撃の腕前は聞いていましたが、まさかこれほどとは。やはり幕末から維新を生き抜いた兵は違いますね」
「よく口が回る。続きは軍法会議で存分に語るがよい」
隼人と草介、それに由良乃の三人に銃を突き付けられ、状況としては既に詰んでいるといっていい。
じわり、じわり、と三つの銃口が青年士官へと迫るが、再度諸手を上げた恰好の任那少佐は不敵な笑みを崩していない。
「もう少しで見つかりそうなのですよねえ」
「黙れ。聞かぬ」
「いえ、おそらく……この包み」
不意に任那少佐が書類の束に手を伸ばした。
「撃て!」
反射的に隼人が叫んだが、その瞬間悲鳴のような金属音を立てて機関車が急制動をかけた。
抗いようのない慣性で前へと投げ出される隼人たち。刹那のことに受身も十分ではなく、並んでいる執務机に叩きつけられてしまった。
「っぐうぅぅ……!」
強制的にレールを摩擦する黒鉄の叫びが響き渡り、隼人たちが直後に顔を起こした時には既に少佐の姿はなかった。
「不覚――!」
次の車輛の、屋根の上を軍靴の音が渡ってゆく。
急停止した機関車は高輪築堤の半ばを過ぎた辺りにいるはずだ。外は明るいが、白い濃霧がいよいよもって海上にわだかまっている。
「儂が上を追う! 二人は警戒しつつ先の車輛へ向かってくれ! 」
隼人は保守用のステップから屋根へと駆けあがり、草介と由良乃も即座に次の車輛へと向かった。
車輛の上に登った隼人はその先を見渡そうとしたが、やはり霧が視界を遮っている。
挟撃のため屋根伝いに先行した二人の護衛官はどうなったのだろう。おそらく今の衝撃では掴まってはおられまい。
小太刀と拳銃を手に、隼人は緩やかなアーチになった車輛の屋根を小走りに進んだ。
ただでさえ足場が悪い上に、霧の変じた水滴がびっしりと表面を覆っている。
と、前方に人影が見えた。瞬時に身を沈めて目を凝らす。その袖とズボンには、駅逓局制服の赤いラインがない。
隼人は右手に構えたピストルを撃った。
乾いた銃声が三発続けて響いたがそれは濃霧の海に吸い込まれ、そしてゴゴッ、と音を立てて足元が揺れた。
再び汽車が、ゆっくりと動き出したのだ。
「片倉さん、この振動ではさすがのあなたも当てられないでしょう」
霧の向こうから、青年の涼やかな声が届いた。
嘲笑する様子ではなく、淡々と事実を教示しているかのような声音だ。
隼人は拳銃をホルスターに収め、小太刀を右手に持ち替えた。
任那少佐はあろうことか、こちらへと歩を進めてくる。
その手には、いつの間にか長刀を携えている。
リーチの短い小太刀は室内でこそ威力を発揮するが、この広さでは彼我に力量差がない限り不利でしかない。
しかも動く列車の、湾曲した屋根の上。任那少佐の剣技は詳らかではないものの、岩倉邸御前仕合での動きは達人のそれだった。
隼人は小太刀を握り直し、両足に力を込めて少佐に問い質す。
「任那征士郎――。海軍特務を動かしての機密書類強奪、これまでの御留郵便妨害もそなたの所業か」
「――妨害? 心外ですね。私達の行動は、誠実な理念に基づいたものなのですよ」
「誠実だと。これだけの同胞の命を奪っておいて、どの口から申すというか。そなたらの目的は、いったい何なのだ」
糾弾する隼人に向けて、任那少佐が目を細めた。
「それは私よりも、答えるに相応しい方がおられますよ」
ふい、と霧の向こうに顔を向ける少佐。
すると、カツン……カツン……ともう一人こちらに近付く軍靴の音が。
隼人はその瞬間、全身が総毛立つような悪寒に包まれた。
蒸気機関の黒煙に混ざって、甘く香ばしい煙草の香りが流れてくる。
「東堂、靫衛――」
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