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第十三章 攻防、鉄道郵便零号車

邂逅

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1、2、3、の無言の合図でまた扉を開けた瞬間、隼人と草介が銃口を差し向けるより速く、その手元に二つの切っ先が迫った。
この時を狙って敵が攻撃してくる可能性は想定済みだ。
二人は反射的に飛び退り、再び照準しようとしたが扉の向こうの人影に草介が思わず声を上げた。

「お由良ちゃん!」

二本の小太刀を構える小柄な人物は、由良乃だった。

「草介さん……! 片倉先生も!」

ほっとしたように剣を下ろした彼女は、以前にも増して精悍な空気をまとっている。
紺色の詰襟制服姿の由良乃は小太刀を納めて、自分がいる側の客車へ隼人と草介を招き入れた。
その次の車輛への扉は、二人の駅逓局護衛官が守っていた。

「由良乃殿……! かような所でお目にかかるとは」
「召集されて護衛任務に就いていたのです。そのご様子ですと先生と草介さんもですね」
「よく無事でいてくれたぜ。他のしとたちは?」
「おそらくこの車輛のわたしたち以外は……。次の車輛の倉庫内で作業中、突如襲撃が始まったのです。通路に飛び出していった人は斬られました。あのお二人が倉庫の扉を内から閉めてくれて助かったのです」

由良乃が唇を噛みしめる。郵便物と生命を守るための順当な選択とはいえ、まさか手練れの護衛官らが全滅するなどとは思いもよらなかったのだ。

「いってぇ何が起きてやがんだ」
「重要な荷の強奪……再び横浜方面へ……」
「敵の姿はお分かりか?」
「斬り込んできたのはたった一人。背の高い、若い海軍士官でした。他にいる可能性もあるでしょう」

隼人と草介に緊張が走った。
嫌な予感、そして不気味な心当たり。
余計な憶測とは分かっていながら、以前に顔を合わせた青年士官のことが脳裡をよぎる。

「駅で荷を強奪したのも海軍の陸戦隊でござった」
「特務、ってやつかもしんねぇ」
「海軍特務……? では横浜方面には――」
「おそらく本隊が待機してござろう」
「では艦と合流するつもりですね」
「そのめえに止めねえと!」

既に新橋での騒乱から、駅逓局と警察・軍が既に出動しているはずだ。
横浜までの各駅と終着点にも防衛線を展開するはずだが、列車が走行している間は手出しが難しい。
運転士と機関士も敵側に掌握されていると見てよいだろう。
海軍特務が強奪した荷を仮に横浜まで運ぶとしたら、その先での武力行使も辞さないのではないか。
何を目的としてここまでのことをしたのかは知る由もない。
だが、今できることをするまでだ。

警戒の目を光らせつつ、扉を守っていた二人の護衛官が声を潜めて語り掛けてきた。

「この先の車輛数から、敵の人数は多くないはずです」
「挟撃しましょう。我ら二人が屋根伝いに移動して、先頭近くの車輛から奇襲します」
「しくじったとしても敵は減らせる。その後のことは味方に託しましょう」

互いに名も知らず面識もない男たちだが、さすがに駅逓局護衛官を務める剛の者だ。彼らは連結部から保守用のステップに足をかけ、屋根へと上っていった。
いかに猛者たちとはいえ、走行中の列車で屋根の上を渡るのは命懸けだ。
いましも汽車は高輪築堤に差し掛かり、海上を走る。

隼人・草介・由良乃の三人は目顔で頷き合い、示し合わせた通り次の車輛への扉を開いた。
そこは先ほど由良乃が言っていた、倉庫車輛だ。中心の通路を挟んで両側は鉄扉付きの収納空間になっている。
身を低くして、さらにその先の車輛への扉に近付く。

注意深く、扉に設けられた採光窓から様子を窺う隼人。
次の車輛はいくつかデスクが置かれ、執務空間となっている。
そしていちばん向こう側の席に、海軍の軍服をまとった若い男が一人掛けていた。
傍らには郵便物が積まれており、それを分類しているというよりは何かを懸命に探しているかのようだ。
俯き加減ではあるが、その端正な面差しは見紛うはずもない。

隼人は草介と由良乃に目で合図を送った。
敵は一人。千載一遇の好機だ。

扉が開け放たれると同時に、三つの銃口が海軍士官に向けられた。

「動くな。両手を揚げて後ろを向くのだ」

冷たく言い放つ隼人。
だが青年は慌てる様子もなく、ゆっくりと書面から顔を起こし、そして薄く笑った。

「あなた方でしたか」

素直にハンズアップの姿勢をとりながらも、その目は対峙する三人を油断なく見据えている。

「縛につき、事の次第を明らかにするがいい。――任那みまな征士郎少佐」
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