剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―

三條すずしろ

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第十三章 攻防、鉄道郵便零号車

機密文書強奪

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硝煙のようにわだかまる濃霧の新橋駅に、汽車はゆっくりとその身を横たえた。
伸ばした手の先も霞むほど視界は悪く、鉄拵えの車輛は既に夥しい水滴をまとっている。
ホームを隔てた反対側の線路では、既に機関の暖まったもう一台が控えていた。
こちらも同じ実験車輛で、横浜方面へと入れ違いに走る予定なのだという。

「なあ、はーさん。おいらたち以外にこんなに乗ってたんだなあ」

各車輛から続々と降り立つ人員の多さに、草介が思わず感嘆の声を上げた。
いずれも隼人たちと同じ紺の詰襟制服姿で、駅逓局の御留郵便御用に関わる護衛官たちだ。
それぞれ隠すこともなく腰のホルスターに拳銃を装備しており、各員が護衛任務を帯びていることがわかる。

「ああ。間もなくここを出る横浜行きの便にも同じくらい乗り込んでいるそうだ。実験車輛とはいえ、今回はずいぶん重要な荷を運んでいるとみえるな」

隼人の言う通り、プラットホームに満ちる張り詰めた空気感は只事ではない。
厳戒態勢のもと、貨物車輛に集中する人員が次々に荷を運びだしている。
と、統率されたいくつもの足音が濃霧の駅に響き、鉄道郵便車輛の前に整列した。
肩に担いだ長銃身のライフル。軍だ。
その兵らの制服には独特の大きな襟とスカーフがあしらわれ、どうやら海軍の陸戦隊のようだ。

ホームは駅逓局の護衛官と海兵で満ちているため、隼人と草介は最後尾の車輛から降りずにその様子を見守っていた。
が、何かおかしい。
鉄道郵便の責任者が海兵の指揮官と思しき男に何やら言い募っている。
荷の引き渡しを、拒否している……?

その時、反対側の線路上で機関車が汽笛を鳴らした。
濃い霧を裂いて響き渡るその音は男たちの声を掻き消し、黒鉄の筐体がゆっくりと動き出した。
そして次の瞬間。

指揮官が何事かを叫んだ直後、海兵たちはその銃を構えた。

「草介ふせろっ!!」

隼人と草介が反射的に客車の床に身を投げ出したのと同時に、雷火のような炸裂音を伴い立て続けに銃弾が撃ち込まれた。
客車を貫いていくその火箭は駅逓局の護衛官らを次々に薙ぎ倒し、霧と火薬と血の臭いが混ざり合った。
だが難を逃れた護衛官らは即座に腰の拳銃を抜いて応戦し、反撃を受けた海兵らもその場に倒れ伏していく。

隼人と草介も客車を楯に窓から応射したが、六発のみ装填していた弾はすぐに撃ち尽くした。
と、ホーム上に散らばった御留郵便の荷を海兵らが回収し、横浜に向けて走り出した車輛に続々と放り込んでゆく。
その間にも駅逓局護衛官の反撃は続き、荷を運びながら命を散らす海兵たち。
最後の荷を投げ入れた兵が後ろから撃たれ、撃った護衛官も折からの手傷でくずおれた。

横浜方面行きの汽車が徐々に加速してゆく。
護衛官たちと海兵らが折り重なるように倒れ、ホームが赤く染まった。

隼人と草介は座席の下に収納していた護身用の小太刀を掴むと、蜂の巣になった客車を飛び出した。
遺体の山を縫ってホームを走り、今しも新橋駅を離れようとする最後尾の車輌へと跳んだ。

警戒しつつ滑り込んだ車内は、酸鼻を極めていた。
こちらにも駅逓局の護衛官たちが乗車していたようだが、いずれも殺されている。
狭い列車内での取り回しを想定して皆小太刀を装備していたが、応戦虚しくほぼ一太刀で命を絶たれたようだ。
そう、銃や銃剣ではなく、日本刀で斬られている。

隼人と草介は視線を交わし、倒れた護衛官からリボルバーを抜き、携えてきた小太刀をベルトに差した。
注意深く客車を移動し、進行方向寄りの扉へと近付きその両側に一人ずつ陣取った。
もう一度目配せをし、無言で1、2、3の合図とともに扉を開け放つ。
二人は次の車輛内へ向けて銃を構えたが、そこにもまた生きた人間の気配はない。

列車は乳のような濃霧を掻き分け、早くも芝浦近くにまで至っていた。
ほどなく高輪築堤へと差し掛かる頃だろう。

隼人と草介は先ほどと同じように、さらに次の客車への扉に手を掛けた。
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