剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―

三條すずしろ

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第十二章 浪華裏花街エレジィ

珊瑚の簪

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小穴から階下を覗く草介。
隼人にしなだれかかるようにして酒を注ぐ瑠璃駒が、こちらに顔を振り向けて目を細めた。
笑っている……あるいは嗤っているのか。
よもや草介の姿が見えているわけではなかろうが、視線と気配を敏感に感じ取って挑発しているかのようだ。

瑠璃駒はふいっと顔を背けると、隼人の肩口に白く細い手を這わせた。
それを見下ろす草介の横で、菊子が前のめりになって小穴に片目を近付けている。

が、隼人は瑠璃駒の手をやさしく外すと、何やら囁いた。
思わず息を殺して、草介も菊子も耳をそばだてた。

「旦那はん……? どないしやはったん?」

鈴の音の声で不思議そうに尋ねる瑠璃駒。

「瑠璃駒殿。ずっとお探ししており申した」

そう言って隼人は瑠璃駒に向き直ると、ずずっと膝でにじって距離をとった。下座の位置だ。

「それがしは元紀州藩・片倉隼人。お父君の……最期を看取った者でござる」

瑠璃駒の顔色が変わった。
隼人は懐から包みを取り出すと、丁寧にそれを広げた。
小さな桐の箱、そして斑の染みがある古びた布。
その布には、黒々と「會」の文字が見てとれた。

「お父君を含めた会津兵の方々は鳥羽伏見の戦の後、紀伊に落ちてこられ申した」

「會」は「会」。会津藩兵の識別標だ。名は……染みとなった血糊でもはや読めない。

「息を引き取る前……お父君は奥方様と、前年にお生まれになったお子のことを申されてござった。瑠璃駒殿、貴殿のことでござる」
「……旦那はんは、それをうちの亡父から託されはったのん……?」
「いかにも。維新の後すぐさまそなたの御母堂の消息を訪ね申したが、見つかりませなんだ。ようやく……瑠璃駒殿の所在を掴めた次第」
「この箱は……?」
「うむ、実は」

隼人は小さな桐箱の蓋を、そっと外した。
中に収められていたのは、抑えた朱も初々しい珊瑚珠のかんざしだった。

「お父君には、お生まれになったのが女子おなごであると伝わっておったと見えまする。“子に”、と仰せられたものを託され申した。必ずお届けすると、約束いたしたのでござる」

顔を伏せ、じっとそれらの品に目を落とす瑠璃駒。
隼人は懐からもう一つの包みを取り出し、その前にそっと加えた。

「本日の花代にござる。それがしはこれにてお暇いたしまするゆえ」

そう言って頭を下げようとした瞬前、顔を上げた瑠璃駒の双眸に隼人は射抜かれた。
そこにあるのは、怒りに震える修羅のまなじり――。

「今さらこんなもん持ってって、うちが喜ぶとでも思わはったんか……?」
「は……!」
「ふざけんのもたいがいにせえよ! ええ!?」

声変わりした少年の叫びと共に、瑠璃駒は目の前の包みを引っ繰り返した。
會の字の布も珊瑚の簪も隼人が差し出した金子も、あらぬ方へと弾け飛んだ。

「ワレら侍が勝手に始めた戦で、どんだけの人の生き様狂わせたんか、考えたことあんのか? 俺みたいな日陰の商売もんはぎょうさんおるん知っとるやろ、おお? 母親も姉らもみな遊郭で身体売ってとうにうなったわ。顔も知らん親父の土産らぁ、クソの役にも立たんわい!」

美しい顔を歪め、憎悪を込めて捲し立てる瑠璃駒。
その様子を見ていた草介と菊子も、思わず息を呑んだ。

「あんたはな、己のためにこれを届けに来たんや。約束ぅ? 託されたぁ? うち…俺が、この姿で、そんなもん今さら突き出されてどんな気持ちになるか、考えてもみいひんだんやろ! あんたは己の心残りを果たしに来ただけや!」

隼人は言葉もなかった。座礼をしかけた姿勢のまま、じっと瑠璃駒の罵倒に身をさらしている。

「それになぁ、花代やて……? 俺の務めはオッサンのマラくわえてケツ犯されることや。せやけどなあ、ワレら侍なんぞ百姓から米巻き上げるだけやなかったんか。己の身体一つで食うとる俺らの足元にも及ばんわい。金払ういうんやったらなぁ、俺を抱いてから出さんかい! 施しらぁビタ一文いるかいや!」

瑠璃駒は包みが破れた金子を掴み、隼人の前に音を立てて打ち付けた。

「弥助! お座敷は御引おひけや。帰るで!」

瑠璃駒がそう声をかけると、待機していた付き人であろうか弥助と呼ばれた男が障子を静かに開けて入室してきた。
かしずくように少年の手をとって部屋の外へと誘導してゆく。
離れ際に弥助は深々と礼をしたが、隼人は最前の姿のまま、石のように動かぬままだった。
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