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第十二章 浪華裏花街エレジィ

裏小路の追跡

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「草介、よいな。あやしい界隈には近付くなよ」
「おう」
「無駄遣いもするな」
「わぁってるよ」
「あとは見ず知らずの者が甘い言葉をかけてきても……」
「もう、ガキじゃあんめぇしよう! 心配しんぺえすんなよう」

隼人が口煩く草介に言い含めているのは、勝手の知らない大阪にいるためだけではない。
この度のことは御留郵便の任務ではなく、要件は隼人が一人で済ませることになっている。
草介はといえば無論勝手についてきただけという体裁であり、隼人も目的の場所までの同行はきっぱりと断っていたのだ。

「儂の中の、幕末からの心残りの一つだ。この老骨を案じてここまで来てくれたことはよう心得ておる。だが、この先は一人で行かせてくれぬか」

隼人はずっと、これから届け物をする人物の居場所を探し続けていたのだという。
ここまで言われてはさしもの草介も首を縦に振るほかない。

「ではな」
「おう」
「遅うなっても必ず宿には戻る。あるいは……明朝か」
「朝ぁ!?」
「いや、それはわからぬが……。ああ、それとだな。うどんやら何やらの汁が薄く感じても決して口には出すな。よく味わうのだぞ」
「なんでぇそりゃあ」

かくして二人は一旦別れ、別々の方向へと足を踏み出した。
隼人は芝居小屋が立ち並ぶ道頓堀の裏小路へ、草介はさらに猥雑な新町方面へ……。

と、思わせておいて急に立ち止まり、くるりと振り返った草介。
角を曲がった隼人の燻銀色をした頭が見えなくなった瞬間、その後を尾行し始めたのだ。

心配なのは草介にしても同じことだった。
隼人という男の頼もしさや抜け目のなさ、大人としての処世の確かさなどは十分すぎるほど目の当たりにしてきている。
しかしそれでも、何時の間か髪と髭に増えてきた白銀色の筋や、ごくたまに足腰の痛みに顔をしかめる様子を見るにつけ得も言われぬ不安を感じてしまうのだ。
隼人の修羅のような強さもよく分かってはいるが、それでも年齢と肉体の衰えに克てる者などいはしない。
万が一……もし万が一のことがあった時には、一人より二人の方がよいに決まっているではないか。

余計な事、とは承知の上で草介は老剣士の後を追う。


尾行は慎重を極めた。
勘のよい隼人のこと、気付かれないように距離を取ってはいるがいかんせん人が多い。
小路も結構な賑わいで、人混みを掻き分けつつ姿を見失わないよう追跡するのは随分な骨だった。

隼人がふいに姿を消したのは、道頓堀川に面した小さな料亭の前。
どうやらこの店に入っていったようだ。
草介はしばらく時間をおいてから、何気ない風を装って料亭の暖簾をくぐった。

「まいどおおきにー!」

元気よく声を発して出迎えたのは、おさげ髪の女中だった。
茶縞の着物に白い前掛け、顔のそばかすが幼い印象を与えるが草介とあまり変わらない年格好だろう。

「お嬢さん、ちぃっとすまねえ。白髪頭を刈り込んだいかついおっさんがへえってきたと思うんだけど……」

草介は彼女に近付きながら小声で尋ね、その手にそっと五銭銀貨を握らせた。
びっくりして目を丸くする女中に、草介はなるべくやさしく語り掛けようと努めるが不審者には変わりない。

「あに、身内のもんなんだけどよ。ちょいとおっさんの様子を見守りてぇんだ。できりゃあ近くの座敷に通してもらえりゃありがてぇ」

草介の言葉に、女中は訝し気に眉をひそめた。

「……あんさん、うちの店なにするとこか知ってはんのん?」
「ん? おお、もちよ! 知ってらぁな」

無論嘘である。

「ほなその身内やいう人って、あんさんの何なん? 親?」
「いや、親じゃぁねえんだ。ただまあ、なんつうか……大事でえじしとっつうか」
「大事な人?」
「おおともよ」
「へえぇぇぇぇ! ふうぅぅぅぅん!」

それを聞いた女中は突如としてにまあぁぁぁっと込み上げるような笑みを浮かべ、矯めつ眇めつ草介を見回した。

「うちは菊子。あんさんは?」
「おいらは草介」
「よっしゃ! こっそり案内したるわ!付いてきい、草介はん 」

そうして菊子と名乗った女中は唇に人差し指を当てながら、店の奥へと草介をいざなった。
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