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第十一章 岩倉邸グラント将軍御前仕合

風巻く扇

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隼人は跳んだ。
長大な矢となって飛翔する槍を止めようと、反射的に身体が動いた。
貴賓席に座る誰もが、標的になったとしてもおかしくない重要人物なのだ。
だが完全に、そして周到に意表を突かれた。

間に合え、届け――!!

隼人の手が、飛び来る槍の柄にかかった。
その穂先が狙うのはグラント――いや、岩倉卿だ。

だが隼人とほぼ同時に、控えていた幾人もの武芸者たちも反応していた。
数本の手が次々に槍へと伸び、あわや岩倉卿に突き立とうかという瞬前に掴み止めたのだ。
その中には草介の姿も。
しかし、

「はーさん、後ろだぁっ!」

間髪入れず叫ばれた草介の声に視線を巡らせ、隼人は凍り付いた。

投げられた槍を皆が掴み止めた刹那の隙に、舞台上から突き落とされたはずの男が受け身を取って貴賓席直下へ走り寄っている。
手には六尺の真槍。
両腕の幅一杯に構えると、裂帛の気合と共にその穂先を突き出した。

照準は、右大臣・岩倉具視。

すべては一瞬の出来事だった。
最初の槍を止めた武芸者たちに反応して、貴賓の護衛官らもそちらに身を挺してなだれ込んでいる。
その死角から、あり得ぬ態勢でもう一人の男が必殺の突きを繰り出してきた。
突き飛ばされた振りを演じて会場の注意を逸らし、初撃の槍に加えての二段構え。
最初からこちらが本命だったのだ。

間に合わない――!

が、長さの限界まで繰り出された槍が岩倉卿を貫くかと思われたその時。
水面を滑るように音もなく、青年がその前に立ちはだかった。

任那征士郎少佐――。

弾丸のように下から突き上げられた槍を、少佐は閉じた扇子で上段へと受け流した。
渾身の突きを流されて体勢を崩した男は驚愕の表情を浮かべたが、即座に槍を手元に繰り込んで二の突きを見舞った。
少佐もろともその後ろの岩倉卿を穿とうという意志が、絶叫に近い掛け声と共に銃撃のような刺突となって放たれる。

だが少佐は体前に立てるように構えた扇子で、その突きを今度は真横に向けて受け逸らした。
槍の男の伸びきった腕、前のめりに崩れた体、力を失った穂先。
少佐は扇子で流した槍の柄を手元へ引き込むように導きながら、螺旋の動きでそれを巻き上げた。

隼人と草介は見た。突風に煽られるようにして高々と巻き飛ばされる、六尺の槍を。

無陣流、風巻しまき――。

下関火ノ山の頂上で、隼人が東堂靫衛に受けて敗れた技だ。

直後、一瞬遅れて反応したその他の護衛や武芸者たちが、大挙して刺客の男たちを取り押さえた。
当然ながらグラント将軍も岩倉卿も、貴賓席の面々は保護されながらその場を離れてゆく。
恐慌状態の会場に、雪崩を打って警察官や軍関係者らが飛び込んでくる。

騒然とする中、隼人と草介は最前まで岩倉卿が掛けていた場所を見上げた。
そこには端正な面立ちを乱すこともなく、うっすらと笑みを浮かべる任那少佐が佇んでいた――。


捕縛された刺客は二名だったが、その他の出場者も一時的に拘束されることとなった。
協力者がいることの疑念は当然で、それぞれに別個の取り調べを受けるという事態になってしまったのだ。
M機関の身元照会で比較的早く解放された隼人と草介だったが、無論箝口令が布かれている。
元より公式の記録には残らぬ裏仕合だが、有体に言えば今夜のことは「なかったこと」と同義だろう。

「草介――」
「おうよ」

何も言わずとも考えは同じだった。
二人はその足で、任那少佐の邸宅があった築地へと走った。

大名屋敷をそのまま借り受けた広大な敷地。が、門前には篝火もなく人の気配がしない。
隼人は門横の小さな通用口をそっと押した。かんぬきはかかっておらず、そしてやはりどこにも明かり一つ点っていない。
屋敷はもぬけの殻だった。

「はーさんの勘が当たったみてぇだな」

草介が声を潜めて呟く。

「わからぬが……少なくともあの技は紛うことなき無陣流だった。由良乃どの等宗家筋の方を除いて、遣えるのはこの世に儂と東堂しかおらぬはずだ」
「ならなんでわざわざ身バレしそうな技使いやがったんでぇ。見せつけておちょくったのか」
「それもわからぬ。左様なゆとりがあったようには思えぬが、何にせよ東堂と海軍特務の関係は想像以上に根深いようだ。任那征士郎少佐、か――」

たとえM機関を経由して海軍に照会したところで、まず詳しい情報は得られないだろう。
眼前にわだかまる新たな暗雲に、隼人と草介は尚兜の緒を締めるしかなかった。
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