76 / 104
第十一章 岩倉邸グラント将軍御前仕合
刺客肉迫
しおりを挟む
強い――。
舞台上で激しく撃ち合う二人の男は、隼人の眼から見ても恐ろしいほどの遣い手だ。
木剣といえど達人が振るえば真剣と遜色のない殺傷力をもつ。
命を賭した斬り合いさながらの勝負を、主賓のグラント将軍も食い入るように見詰めていた。
自ら戦場を駆けた生粋の軍人である彼には、眼前で繰り広げられる東洋の剣闘に感じるところがあるのだろう。
だが、国内でもほぼ知られていない秘伝の武術をわざわざ披露する理由に、隼人は気が付いていた。
この時すでに武士の表芸であった剣術・槍術・弓術をはじめとする武芸十八般、ことごとく旧時代の遺物とする風潮が蔓延していたのだ。
もはや戦闘の趨勢を決めるのは個人の武技ではない。銃火器の性能と、統率された兵の数が結果となって表れる。
だが先頃の西南戦争でその考えにも変化が訪れていた。
薩摩兵による抜刀突撃の戦果から、近代兵の白兵戦でも剣術の有効性が再評価される動きがあったのだ。
特にもっとも薩摩兵と剣で斬り結んだ経験を持つ警視庁では戦後に剣術・柔術訓練の気風が勃興し、のちに「警視流」と呼ばれる独自の流派を創設するに至る。
これは薩摩の示現流を含む全国各派から採用した技をまとめたもので、剣術と立居合が制定された。
また「警視拳法」と称する柔術・捕縄術・活法からなる逮捕術も鍛錬され、警察官の格闘能力向上が企図されることとなってゆく。
これらが歴史の表舞台における武術復興の動きとすれば、今まさにグラント将軍の御前で行われている仕合はその裏側といえよう。
剣術者二名の立ち合いは勝負がつかなかった。
差配役の「やめ」の声で引き下がったが、そもそも勝ち負けではなく自流の技前を実戦形式で知らしめるのが主旨の催しだ。
その後も陸続と、あらゆる術の遣い手たちが舞台上で秘術の限りを尽くした。
大刀の技だけではない。小太刀、棒、十手、鎖鎌、薙刀、素手……まさしく武術の博覧会といっていい。
流儀は違うが、草介がかつて由良乃について学んだ杖術も披露された。
瞠目する思いの隼人の横で、当の草介もかぶりつくようにして仕合を観ている。
隼人は内心、草介のもつ鋭敏な観察眼に舌を巻いていた。
西南戦争の終盤に薩摩の山中で東堂隊と交戦した際、草介は薬丸自顕流の遣い手と剣を交えて生き延びている。
後でそれとなく尋ねたところ、隼人が一度だけ見せた無陣流の技を真似て受け流したというではないか。
無論、見ただけで誰でも使えるような術ではない。
しかし草介にはそうした「見取り」の能力と、死地においてその感覚に身を委ねられる胆力がある。
今目にしている技の数々も、この瞬間にも己が物としているのではないかとさえ隼人は思う。
その一方で、グラント将軍をはじめとする貴賓席周辺の異様なまでの警備体制の厚さも目に付いた。
将軍らが国賓待遇ゆえであることはいうまでもない。むしろその横に陣取っている、右大臣・岩倉具視の護衛も同等以上の重要性をもっているのだろう。
岩倉卿はこれより5年程前、皇居から屋敷への帰路で刺客の襲撃を受けている。世にいう「赤坂喰違の変」だ。
不平士族の矛先が直接向けられた事件で、卿は馬車を降りて橋から飛び降り、濠に身を潜めて難を逃れたという。
こののち1878(明治11)年には内務卿・大久保利通が紀尾井坂で暗殺されており、いまだ政府要人は身の危険と隣り合わせであったのだ。
岩倉卿とて、命を狙われる心当たりは枚挙に暇がないだろう。
隼人も草介も会場に入る際には厳重な検査を受けている。舞台上で仕合う武術者たちの道具もすべて運営で管理するという徹底ぶりだ。
が、隼人は入念な警備を前にしてなお、チリチリと嫌な胸騒ぎを覚えるのだった。
差配役が、次に仕合う者たちを呼び上げた。
東西から階を上ってきた両者が手にしているのは、六尺ほどの手槍だ。
かつて武勲の華として戦働きの象徴だった槍術だが、近代戦でも銃剣の扱いに応用できる部分が多く再評価が進んでいる術の一つといっていいだろう。
六尺という長さは槍としては短い部類だが、初めて観る草介は目を輝かせている。
そして刃挽きではあろうが、穂先には実戦同様の真槍が光っていた。
立ち合いが始まった。
実に精妙な操作で互いの正中線を取り合い、突くだけではなく擦り込み、張り、叩き、巻き、そして反対側の石突を返して打つなど多彩な技の応酬だ。
会場の皆が魅了されている。
いつの間にか舞台上で回り込んだ二人は、丁度グラント将軍の視点から一直線に並ぶ位置になった。
その瞬間に奥の男が突如として猛烈に突き込み、手前の者が舞台上から素っ飛ばされた。
どよめきが上がり、会場の視線が転がり落ちる男に向けて注がれた。
だがその刹那。
舞台上の男は柄を逆手に持ち替えると、全身を発条にして槍を投げ打った。
唸りを上げて一直線に飛ぶ槍の先には、英雄と称された元大統領が座っていた。
舞台上で激しく撃ち合う二人の男は、隼人の眼から見ても恐ろしいほどの遣い手だ。
木剣といえど達人が振るえば真剣と遜色のない殺傷力をもつ。
命を賭した斬り合いさながらの勝負を、主賓のグラント将軍も食い入るように見詰めていた。
自ら戦場を駆けた生粋の軍人である彼には、眼前で繰り広げられる東洋の剣闘に感じるところがあるのだろう。
だが、国内でもほぼ知られていない秘伝の武術をわざわざ披露する理由に、隼人は気が付いていた。
この時すでに武士の表芸であった剣術・槍術・弓術をはじめとする武芸十八般、ことごとく旧時代の遺物とする風潮が蔓延していたのだ。
もはや戦闘の趨勢を決めるのは個人の武技ではない。銃火器の性能と、統率された兵の数が結果となって表れる。
だが先頃の西南戦争でその考えにも変化が訪れていた。
薩摩兵による抜刀突撃の戦果から、近代兵の白兵戦でも剣術の有効性が再評価される動きがあったのだ。
特にもっとも薩摩兵と剣で斬り結んだ経験を持つ警視庁では戦後に剣術・柔術訓練の気風が勃興し、のちに「警視流」と呼ばれる独自の流派を創設するに至る。
これは薩摩の示現流を含む全国各派から採用した技をまとめたもので、剣術と立居合が制定された。
また「警視拳法」と称する柔術・捕縄術・活法からなる逮捕術も鍛錬され、警察官の格闘能力向上が企図されることとなってゆく。
これらが歴史の表舞台における武術復興の動きとすれば、今まさにグラント将軍の御前で行われている仕合はその裏側といえよう。
剣術者二名の立ち合いは勝負がつかなかった。
差配役の「やめ」の声で引き下がったが、そもそも勝ち負けではなく自流の技前を実戦形式で知らしめるのが主旨の催しだ。
その後も陸続と、あらゆる術の遣い手たちが舞台上で秘術の限りを尽くした。
大刀の技だけではない。小太刀、棒、十手、鎖鎌、薙刀、素手……まさしく武術の博覧会といっていい。
流儀は違うが、草介がかつて由良乃について学んだ杖術も披露された。
瞠目する思いの隼人の横で、当の草介もかぶりつくようにして仕合を観ている。
隼人は内心、草介のもつ鋭敏な観察眼に舌を巻いていた。
西南戦争の終盤に薩摩の山中で東堂隊と交戦した際、草介は薬丸自顕流の遣い手と剣を交えて生き延びている。
後でそれとなく尋ねたところ、隼人が一度だけ見せた無陣流の技を真似て受け流したというではないか。
無論、見ただけで誰でも使えるような術ではない。
しかし草介にはそうした「見取り」の能力と、死地においてその感覚に身を委ねられる胆力がある。
今目にしている技の数々も、この瞬間にも己が物としているのではないかとさえ隼人は思う。
その一方で、グラント将軍をはじめとする貴賓席周辺の異様なまでの警備体制の厚さも目に付いた。
将軍らが国賓待遇ゆえであることはいうまでもない。むしろその横に陣取っている、右大臣・岩倉具視の護衛も同等以上の重要性をもっているのだろう。
岩倉卿はこれより5年程前、皇居から屋敷への帰路で刺客の襲撃を受けている。世にいう「赤坂喰違の変」だ。
不平士族の矛先が直接向けられた事件で、卿は馬車を降りて橋から飛び降り、濠に身を潜めて難を逃れたという。
こののち1878(明治11)年には内務卿・大久保利通が紀尾井坂で暗殺されており、いまだ政府要人は身の危険と隣り合わせであったのだ。
岩倉卿とて、命を狙われる心当たりは枚挙に暇がないだろう。
隼人も草介も会場に入る際には厳重な検査を受けている。舞台上で仕合う武術者たちの道具もすべて運営で管理するという徹底ぶりだ。
が、隼人は入念な警備を前にしてなお、チリチリと嫌な胸騒ぎを覚えるのだった。
差配役が、次に仕合う者たちを呼び上げた。
東西から階を上ってきた両者が手にしているのは、六尺ほどの手槍だ。
かつて武勲の華として戦働きの象徴だった槍術だが、近代戦でも銃剣の扱いに応用できる部分が多く再評価が進んでいる術の一つといっていいだろう。
六尺という長さは槍としては短い部類だが、初めて観る草介は目を輝かせている。
そして刃挽きではあろうが、穂先には実戦同様の真槍が光っていた。
立ち合いが始まった。
実に精妙な操作で互いの正中線を取り合い、突くだけではなく擦り込み、張り、叩き、巻き、そして反対側の石突を返して打つなど多彩な技の応酬だ。
会場の皆が魅了されている。
いつの間にか舞台上で回り込んだ二人は、丁度グラント将軍の視点から一直線に並ぶ位置になった。
その瞬間に奥の男が突如として猛烈に突き込み、手前の者が舞台上から素っ飛ばされた。
どよめきが上がり、会場の視線が転がり落ちる男に向けて注がれた。
だがその刹那。
舞台上の男は柄を逆手に持ち替えると、全身を発条にして槍を投げ打った。
唸りを上げて一直線に飛ぶ槍の先には、英雄と称された元大統領が座っていた。
1
お気に入りに追加
61
あなたにおすすめの小説
【完結】女神は推考する
仲 奈華 (nakanaka)
歴史・時代
父や夫、兄弟を相次いで失った太后は途方にくれた。
直系の男子が相次いて死亡し、残っているのは幼い皇子か血筋が遠いものしかいない。
強欲な叔父から持ち掛けられたのは、女である私が即位するというものだった。
まだ幼い息子を想い決心する。子孫の為、夫の為、家の為私の役目を果たさなければならない。
今までは子供を産む事が役割だった。だけど、これからは亡き夫に変わり、残された私が守る必要がある。
これは、大王となる私の守る為の物語。
額田部姫(ヌカタベヒメ)
主人公。母が蘇我一族。皇女。
穴穂部皇子(アナホベノミコ)
主人公の従弟。
他田皇子(オサダノオオジ)
皇太子。主人公より16歳年上。後の大王。
広姫(ヒロヒメ)
他田皇子の正妻。他田皇子との間に3人の子供がいる。
彦人皇子(ヒコヒトノミコ)
他田大王と広姫の嫡子。
大兄皇子(オオエノミコ)
主人公の同母兄。
厩戸皇子(ウマヤドノミコ)
大兄皇子の嫡子。主人公の甥。
※飛鳥時代、推古天皇が主人公の小説です。
※歴史的に年齢が分かっていない人物については、推定年齢を記載しています。※異母兄弟についての明記をさけ、母方の親類表記にしています。
※名前については、できるだけ本名を記載するようにしています。(馴染みが無い呼び方かもしれません。)
※史実や事実と異なる表現があります。
※主人公が大王になった後の話を、第2部として追加する可能性があります。その時は完結→連載へ設定変更いたします。
葉桜よ、もう一度 【完結】
五月雨輝
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞特別賞受賞作】北の小藩の青年藩士、黒須新九郎は、女中のりよに密かに心を惹かれながら、真面目に職務をこなす日々を送っていた。だが、ある日突然、新九郎は藩の産物を横領して抜け売りしたとの無実の嫌疑をかけられ、切腹寸前にまで追い込まれてしまう。新九郎は自らの嫌疑を晴らすべく奔走するが、それは藩を大きく揺るがす巨大な陰謀と哀しい恋の始まりであった。
謀略と裏切り、友情と恋情が交錯し、武士の道と人の想いの狭間で新九郎は疾走する。
土方歳三ら、西南戦争に参戦す
山家
歴史・時代
榎本艦隊北上せず。
それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。
生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。
また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)
いや、婿を選べって言われても。むしろ俺が立候補したいんだが。
SHO
歴史・時代
時は戦国末期。小田原北条氏が豊臣秀吉に敗れ、新たに徳川家康が関八州へ国替えとなった頃のお話。
伊豆国の離れ小島に、弥五郎という一人の身寄りのない少年がおりました。その少年は名刀ばかりを打つ事で有名な刀匠に拾われ、弟子として厳しく、それは厳しく、途轍もなく厳しく育てられました。
そんな少年も齢十五になりまして、師匠より独立するよう言い渡され、島を追い出されてしまいます。
さて、この先の少年の運命やいかに?
剣術、そして恋が融合した痛快エンタメ時代劇、今開幕にございます!
*この作品に出てくる人物は、一部実在した人物やエピソードをモチーフにしていますが、モチーフにしているだけで史実とは異なります。空想時代活劇ですから!
*この作品はノベルアップ+様に掲載中の、「いや、婿を選定しろって言われても。だが断る!」を改題、改稿を経たものです。
やり直し王女テューラ・ア・ダンマークの生存戦略
シャチ
歴史・時代
ダンマーク王国の王女テューラ・ア・ダンマークは3歳の時に前世を思いだす。
王族だったために平民出身の最愛の人と結婚もできす、2回の世界大戦では大国の都合によって悲惨な運命をたどった。
せっかく人生をやり直せるなら最愛の人と結婚もしたいし、王族として国民を不幸にしないために活動したい。
小国ダンマークの独立を保つために何をし何ができるのか?
前世の未来知識を駆使した王女テューラのやり直しの人生が始まる。
※デンマークとしていないのはわざとです。
誤字ではありません。
王族の方のカタカナ表記は現在でも「ダンマーク」となっておりますのでそちらにあえて合わせてあります
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる