剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―

三條すずしろ

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第十章 追憶観桜

“壬生狼”の男、“小太刀日本一”の最期

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西南の役で会うた際には「藤田五郎」と名乗っておられたな。
ああ、その通り。かの新撰組で四番隊、のちに三番隊組長を務められた「斎藤一」殿だ。

斎藤殿と面識を得たのは慶応3年12月7日――草介にはもはや西暦の方がわかりよいか。1868年の元日にあたるか。
その日、紀州藩公用人の三浦休太郎殿らが江戸から京へと出張ってきておった。
三浦殿は強硬な佐幕論、つまり新政府と事を構えようというお考えであられたのだ。
油小路の天満屋という旅籠に入り、その護衛任務を命じられたのが新撰組だった。
儂も密書の受け渡しを兼ねて三浦殿のお側におった故、その折に斎藤殿と初めてお目にかかったのだ。

抜身の刀のような、と人はいうがその通りだ。
鋭く隙の無い、全身が刃物のような方だった。
だがそれはひとり斎藤殿だけではない。もはや御名も思い出せぬ他の隊士の方々も、いずれも白刃の下を潜り抜けてきた精鋭揃い。
三浦殿の護衛は――7名ほどであったか。

酒宴となった夜、突如として天満屋に上がり込んできた手勢がいた。
土佐海援隊および陸援隊を中心とした、計16名だ。

丁度ひと月ほど前、坂本龍馬殿が京の近江屋で中岡慎太郎殿と共に斬られた。
まことの下手人は分からぬ。が、同年の伊呂波丸沈没事件で多額の賠償金を支払った紀伊が、坂本殿への怨みで手を下したものと思われておったのだ。
そうだ。最終的に紀伊の代表として談判した三浦殿が狙われたのだよ。

広間に踊り込んできた彼らのうち、三浦殿を確かめるため声をかけたのが十津川郷士の中井庄五郎殿であった。
そのまま斬り付けられ、三浦殿は顔に傷を負われた。
すぐさま燈火が消され、暗闘が始まった。

儂は最優先の任務であった三浦殿の護衛に掛かりきりであったが、暗がりにしばしば射し込む明かりに知った顔を見た。
陸奥宗光卿だ。
卿は紀伊を脱藩後、海援隊士として活動しておられた。御父君が政争に敗れて失脚したため、幼少には辛酸を舐め紀伊に恨みを抱いて育ったという。
陸奥卿は殊に坂本龍馬殿を慕っておられたのでな。

数の上でも彼らが優勢だったが、新撰組を相手取ってなお引けを取らぬほどに強かった。
斎藤殿も後ろを取られて危うい局面があったという。

ほどなく騒ぎを察知した紀伊と新撰組の増援が駆け付けたが、その頃には陸奥卿らは鮮やかに退いておった。
新撰組は2名が死亡、紀伊の重役含め数名が重軽傷、襲撃した側は中井庄五郎殿が命を落とされた。

その後、在京の折りに斎藤殿と顔を合わせると幾度か酒を酌み交わした。
もっとも二人ともあまり喋らなんだがな。

見廻組のことか。
そうさな、鳥羽伏見の戦で会津の方々が紀伊へ逃れてきたことは話したろう。
その中に、見廻組の長・佐々木只三郎殿もおられたのだよ。
知っておるのか。ああ、“小太刀日本一”と称えられた、不世出の達人だ。
奥方様が紀伊藩士の娘であるなど、紀州とはゆかりの方でもある。
そして、坂本龍馬殿を斬ったのはこの佐々木殿の一隊だったのではとも言われておるな。

儂が和歌の浦における会津兵救護の任でお目にかかった時には、佐々木殿は既に虫の息であられた。
腰に銃弾を受けており、苦しみながら亡くなられたという。
その最期が紀三井寺だったのか軍艦・富士山丸の中だったのかは判然とせぬが、墓は紀三井寺に建てられているそうだ。

 世はなべて
  うつろふ霜に ときめきぬ
   こころづくしの しら菊のはな

佐々木殿の、辞世だという。
苦痛に満ちた死の床で、結晶しては融けてゆく霜をはなむけの白菊に見立てたのであろうか。
儂は人伝てに聞いただけだが、胸を塞ぐ思いは未だに晴れぬ。
その頃からであろうか、路傍の辻仏や石神などを見かけると無心に手を合わせるようになったのは。

供養、か……そうさな。
今の儂には、それ以外の言葉が思い浮かばぬのだよ――。
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