剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―

三條すずしろ

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第九章 南龍のドライゼ

戍兵十二大隊

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口数の少ない、静かな男だった。
が、威風辺りを払う独特の凄みがある。

重厚な設えの執務室で直立して控える隼人と草介。その前でじっと書状に落とす眼は、深海で僅かな光を捉える歳経た龍を彷彿とさせる。

内務卿、大久保利通――。

対薩摩の実質的な総司令官といっていい男だ。
そして、言わずと知れた西郷隆盛の盟友でもある。

「……おやっとさぁじゃした」

読み終えた文から眼を上げると、大久保卿は座ったままではあるが隼人と草介に丁寧な辞儀をした。
隼人がプロイセン式に挙手の礼で応え、草介もすっかり習慣となって同じ動作にならう。
“ご苦労様でした”という薩摩の言葉であることも、すでに肌身で知っている二人だ。

熊本城を抜けて港に辿り着いた後、明光丸に連絡をとった隼人と草介は一路東京へと向かった。
薩摩のM卿、村田新八から預かった手紙を大久保に届けるためだが、既に後には引けない事態であることを二人は知っている。
村田卿に接触した前日の2月22日、博多には神戸を発した政府軍第1・第2旅団合わせて約5,600の兵員が上陸。熊本へ向けて南下を開始していたのだ。

隼人らが東京に着いた同月末までの間には、すでに熊本周辺各地で激戦が繰り広げられていた。

書状を目にした大久保卿からは何一つ感情を窺うことができない。
“最後の足掻き”と言い添えてこれを託した村田卿の願いは、おそらくこれ以上の衝突回避に関わることだったのであろう。
だがもう、戦争は始まってしまっている。
書状の内容も大久保卿の胸の内も、隼人と草介には預かり知れぬ遠いところにあるかのようだ。

と、執務室の扉を乱暴にノックする音が響き、大久保が許可するのも待たずに大きく開け放たれた。
真っすぐ歩み寄ってくる細身の男。M卿・陸奥宗光だ。

「はじまりましたな、大久保卿」

隼人と草介には目もくれず、やや興奮した様子で言い放つ。
大久保卿は深淵な丸い目で、無言のまま陸奥卿を見上げた。

「当ててみましょうか。卿はすでに鎮台兵では薩軍を止められぬと見ておいででしょう」

執務机越しにずいっと近付き、斬り込むように詰め寄る。
大久保卿は微動だにせず、視線もそのまま外さない。

「徴募兵たちはついこの間まで畑を耕すか漁網を曳いていた者たちばかりだ。昨日や今日銃を執ったばかりで、薩軍に太刀打ちできるわけがありますまい。いかがか、大久保卿」

ばんっ、と机上に諸手をつく細面の男に、内務卿はあくまで静かに口を開いた。

「……おまんさぁは、どうすっちゅうとじゃ」
ある・・ではありませぬか。薩摩を滅する力が」

口の端を不穏に吊り上げ、陸奥卿が芝居がかった口調で囁いた。
嗤っている。嬉しそうに。

「1大隊423名、これが12個。計5076名。戦時には第1・第2予備兵を加えてこの約2倍、さらに常備兵2240名。内訳は歩兵1137、砲兵279、工兵572、輜重兵89、騎兵165……計、1万4122名」

一呼吸置いた陸奥卿は舌で唇を湿らせ、歌うように続ける。

「もっとも、明治3年の数字ですがね」

笑みを頬に貼り付けたまま、滔々とまくしたてる。
草介は直立したままの隼人から、ぴりりとした緊迫感を察知していた。

「……使うちゅうんか」
「ええ。紀伊の精鋭、“戍兵じゅへい十二大隊”をね。私にお任せなさいませ。たちどころにあなたの国・・・・・に安寧をもたらしてご覧に入れましょう」

すうっと胸に手を当てて小腰を屈める陸奥卿。
草介は思い出した。明治維新後、日本初の徴兵制プロイセン式軍隊として誕生した紀伊の戍営兵じゅえいへい――。
隼人はその軍にいたのだった。
だが当の本人は厳しい表情のまま微動だにしない。

「おはんにわしが、そげん力を任せるち思うとか」
「あんたが何を思おうが、戦はとうに始まっとるんじゃ!」

激しく机を叩き、陸奥卿が怒号を上げた。
お国の言葉、本来の国である紀伊の訛りを隠そうともせずに。

「あの軍を動かせるんはわししかおらへんで! なんぼ強がったかて、じきに弾らうなるわい! 喉から手え出るくらい欲しなるやろなあ。紀伊が温存しとる“ドライゼ”とその弾丸が。わしが岩倉具視卿に直言するさかい。戦は侍にやらせてなんぼや!」

そう言い捨てるときびすを返して部屋を後にしてしまった。
気迫に呑まれて動けぬ草介と、依然として動かぬ大久保卿。
そして隼人も不動の姿勢を崩さずにいたが、その歯がきつく食いしばられていることに草介は気が付いていた。
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