上 下
51 / 104
第八章 ハヤヒトの国

郷士・諸留忠太

しおりを挟む
あた諸留もろどめ忠太ち申しもす。おまんさぁらぁ、どっからおいでになったと」

薩摩訛りはあるが、草介の耳にもはっきりとわかるように配慮された丁寧な言葉遣いだった。
自身が名乗った上で改めて身元を丁寧に尋ねており、見た目と物言いの迫力はともかくしっかりと礼に適っている。
諸留忠太なる青年から伝わる誠実さに草介は思わず居住まいを正し、向き直った隼人が丁重に口を開いた。

「ご無礼仕った。それがしは駅逓寮の郵便脚夫、片倉隼人と申す者。こちらは同じく草介でござる。先般より鹿児島のお城下に配属になり申した。名高い鶴丸の御城を一目拝まんと罷り越したところ、文武研鑽の気合に惹かれてつい足を留めてしもうてござる。諸留殿と申されたか、こちらは私学校の生徒様でござろうか」

そもそも学外にいること、そして粗末な着物に青竹を腰に手挟んだ忠太の佇まいから私学校の学生でなかろうことは明白だ。
だが隼人は年若い忠太に辞を低くして、慇懃なほど丁寧に接している。
「私学校の生徒」とはつまり士官候補生、それも基本的に城下士の子弟に限られている。
あなたはそうした位の風格を持った青年とお見受けしますよ、と言外に相手の自尊心を立てての名乗りでもある。
普段は愛想のない隼人がこうした任務の際に見せるある種の演技力に、草介は内心舌を巻く思いだ。

「うんにゃ。あたや郷士じゃっどん、西郷せご先生のお言い付けでお城下の警衛ば務めちょりもす。おまんさぁ方ぁ、郵便屋さんでごあしたか」

郵便脚夫と聞いて当初よりは少し砕けた雰囲気を出した忠太だったが、警衛とはつまり不審者の取締りという意を含んでいるのだろう。隼人と草介は明らかに不審だといえるが、あえて駅逓寮の名を出したのはかねてよりの示し合わせでもある。

「諸留殿、失礼だがもしや江戸におられたことはござらぬか」
「うんにゃ、兄さぁのお師匠がお江戸で修行ばされたこっがあって、そん先生の聞きかじりでごあす」
「さようでしたか。江戸の言葉に近うござりますな」

たしかに、草介が薩摩にやってきてからというものさっぱり地の言葉が聞き取れないのに難儀していたのだった。
道中で幾人か顔を合わせた東京獅子の警官らにしても、仲間内で話していることはほとんど理解できなかった。
城下警衛を西郷隆盛から任されたという忠太は、そうした言葉遣いの点でも他国者との意思疎通ができるという意味があるのだろう。

「片倉さぁに草介さぁ、郵便屋さぁちゅこっでごあすが、本日は遊山においでになったとな?」
「いかにも。勤め初めの前の遊山でござる」

隼人が微笑むと、忠太も初めてにかっと歯を出して笑った。
笑うとなんともいえない愛嬌のある、好青年そのものの面立ちだ。

「そいなあば、おい案内あんねしもっそ! 片倉さぁの御名前ば“隼人”ちゅうん、ないかん御縁でごあはんか」

そうだ。薩摩や大隅、日向や甑島に古くから住まった人々を「隼人」と呼んでいるのだった。
今も薩摩隼人といえば精強無比の戦闘集団を想起させる言葉として、畏敬の念を込めて使われているではないか。

いつの間にか一人称も“おい”と砕けた忠太は隼人と草介を引き連れ、城下の方々を案内して回った。
途中で彼と同じように市中警邏を務めていると思しき若者に何人も行き合い、その都度忠太は丁寧に隼人と草介を紹介してくれた。
御留郵便御用を果たすのには願ってもないことだ。一気に顔見知りが増えればそれだけ機会を捉えて動きやすくなり、なおかつ情報も入手しやすくなる可能性が高まる。

忠太は隼人と草介に少し気を許したのかあるいは警戒に値しない人物だと判断したのか、それは親切に城の配置や私学校の設備などを解説した。
言葉の端々に滲み出ているのは郷土である薩摩への誇り、そして何よりも巨大な西郷隆盛への尊敬と親愛だった。
西郷せご先生」と口にするとき忠太はほとんど無意識に背筋をさらに伸ばしており、隼人にも草介にもそれはむしろ清々しく好もしい姿勢に映っていた。

「よし」

ひとしきり城下を巡った忠太は満足そうに頷き、隼人と草介に懐っこく真ん丸な目を向けて元気にこう言った。

「そいでは、俺家おいげえへ来ゃったもんせ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

鄧禹

橘誠治
歴史・時代
再掲になります。 約二千年前、古代中国初の長期統一王朝・前漢を簒奪して誕生した新帝国。 だが新も短命に終わると、群雄割拠の乱世に突入。 挫折と成功を繰り返しながら後漢帝国を建国する光武帝・劉秀の若き軍師・鄧禹の物語。 -------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 歴史小説家では宮城谷昌光さんや司馬遼太郎さんが好きです。 歴史上の人物のことを知るにはやっぱり物語がある方が覚えやすい。 上記のお二人の他にもいろんな作家さんや、大和和紀さんの「あさきゆめみし」に代表される漫画家さんにぼくもたくさんお世話になりました。 ぼくは特に古代中国史が好きなので題材はそこに求めることが多いですが、その恩返しの気持ちも込めて、自分もいろんな人に、あまり詳しく知られていない歴史上の人物について物語を通して伝えてゆきたい。 そんな風に思いながら書いています。

御庭番のくノ一ちゃん ~華のお江戸で花より団子~

裏耕記
歴史・時代
御庭番衆には有能なくノ一がいた。 彼女は気ままに江戸を探索。 なぜか甘味巡りをすると事件に巡り合う? 将軍を狙った陰謀を防ぎ、夫婦喧嘩を仲裁する。 忍術の無駄遣いで興味を満たすうちに事件が解決してしまう。 いつの間にやら江戸の闇を暴く捕物帳?が開幕する。 ※※ 将軍となった徳川吉宗と共に江戸へと出てきた御庭番衆の宮地家。 その長女 日向は女の子ながらに忍びの技術を修めていた。 日向は家事をそっちのけで江戸の街を探索する日々。 面白そうなことを見つけると本来の目的であるお団子屋さん巡りすら忘れて事件に首を突っ込んでしまう。 天真爛漫な彼女が首を突っ込むことで、事件はより複雑に? 周囲が思わず手を貸してしまいたくなる愛嬌を武器に事件を解決? 次第に吉宗の失脚を狙う陰謀に巻き込まれていく日向。 くノ一ちゃんは、恩人の吉宗を守る事が出来るのでしょうか。 そんなお話です。 一つ目のエピソード「風邪と豆腐」は12話で完結します。27,000字くらいです。 エピソードが終わるとネタバレ含む登場人物紹介を挟む予定です。 ミステリー成分は薄めにしております。   作品は、第9回歴史・時代小説大賞の参加作です。 投票やお気に入り追加をして頂けますと幸いです。

直違の紋に誓って~ Spin Off

篠川翠
歴史・時代
<剛介の初恋> 本編である「直違の紋に誓って」を書いている最中に、気分転換も兼ねて書き下ろし、本編に先駆けて発表した作品です。 二本松の戦火を逃れて会津に保護された剛介は、どのような青春時代を送ったのか。本編では書ききれなかった青春時代について、描いています。 <父の背中> 会津で父の顔を知らずに育った少年、遠藤貞信。14歳の夏、母の導きにより彼は父との再会を果たします。貞信の父、剛介が妻に語れなかった、会津を離れた本当の理由とは……。 noteで本編を連載中に、フォロワー様から「剛介のその後が知りたい」というリクエストを頂き、誕生した作品です。

虹ノ像

おくむらなをし
歴史・時代
明治中期、商家の娘トモと、大火で住処を失ったハルは出逢う。 おっちょこちょいなハルと、どこか冷めているトモは、次第に心を通わせていく。 ふたりの大切なひとときのお話。 ◇この物語はフィクションです。全21話、完結済み。

朱元璋

片山洋一
歴史・時代
明を建国した太祖洪武帝・朱元璋と、その妻・馬皇后の物語。 紅巾の乱から始まる動乱の中、朱元璋と馬皇后・鈴陶の波乱に満ちた物語。全二十話。

麒麟児の夢

夢酔藤山
歴史・時代
南近江に生まれた少年の出来のよさ、一族は麒麟児と囃し将来を期待した。 その一族・蒲生氏。 六角氏のもとで過ごすなか、天下の流れを機敏に察知していた。やがて織田信長が台頭し、六角氏は逃亡、蒲生氏は信長に降伏する。人質として差し出された麒麟児こと蒲生鶴千代(のちの氏郷)のただならぬ才を見抜いた信長は、これを小姓とし元服させ娘婿とした。信長ほどの国際人はいない。その下で国際感覚を研ぎ澄ませていく氏郷。器量を磨き己の頭の中を理解する氏郷を信長は寵愛した。その壮大なる海の彼方への夢は、本能寺の謀叛で塵と消えた。 天下の後継者・豊臣秀吉は、もっとも信長に似ている氏郷の器量を恐れ、国替や無理を強いた。千利休を中心とした七哲は氏郷の味方となる。彼らは大半がキリシタンであり、氏郷も入信し世界を意識する。 やがて利休切腹、氏郷の容態も危ういものとなる。 氏郷は信長の夢を継げるのか。

直違の紋に誓って

篠川翠
歴史・時代
かつて、二本松には藩のために戦った少年たちがいた。 故郷を守らんと十四で戦いに臨み、生き延びた少年は、長じて何を学んだのか。 二本松少年隊最後の生き残りである武谷剛介。彼が子孫に残された話を元に、二本松少年隊の実像に迫ります。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

処理中です...