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第七章 神戸異人街夜会
異人街と円舞指南
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「お師ちゃんよう、おいらぁなんもしねえことに決めた。はーさんとは今まで通りだ。なんも変わんねえぜ」
隼人の過去、東堂靫衛との因縁、妻を失ったこと。
様々な昔がたりを聞いたうえで、草介は隼人への接し方をこれまでと変えないことを決意していた。
下手な遠慮はなんの慰めにならず、あの男ならそうしたことなど望んではいないと確信したからだ。
「わたしも同じ気持ちです。片倉先生のお心を思うと胸が痛みますが……あの時代を乗り越えた方々は、いずれも壮絶な生き様をしてこられたはずです。明光丸のみなさんやしのぶさんも、あの陸奥卿だってきっと」
草介に同意する由良乃もどこか吹っ切れたような面持ちで、静かに言葉を継いでいる。
二人は何よりも、隼人が下関で自分たちを守ろうとしてくれたのだということが嬉しかった。
不器用な命懸けの愛情に、わだかまりなどあろうはずもない。
「ところでお師ちゃん、この偉え坊さんでも座ってそうな椅子なんざ尻に敷いていいのかい」
「……わたしもよくわかりません」
草介と由良乃が所在なげに佇んでいるのは、設えのいい洋間の一室。
丹念な刺繍が施された洋椅子はふかふかで、なるほど大僧正の座といっても不思議はなさそうだ。
ここは陸奥卿の指令で訪れた次の任地、神戸。
西暦1868年1月1日に開港した街で、今二人が投宿しているのは明治3(1870)年に創業したオリエンタルホテルだ。
東洋一の美しさと讃えられた神戸居留地に当初は外国人専用として建てられたが、陸奥卿の計らいで部屋を割り当てられのだった。
これから書状を届けるのは、まさしくその外国人居留地に住まう婦人とのこと。
が、いかんせん部屋が落ち着かない。
イギリスで建造された明光丸の船室はもちろん洋式だったが、なんというか規模が違う。
そのうえ由良乃は着物姿に着替えているが、草介はというと上陸の際に初めての背広を着せられている。
髪は元々散切りなのでさほど違和感はないが、首元のタイが何やら窮屈で仕方がない。
「二人とも、待たせた」
入室してきた隼人の方を振り向いた二人は、その姿に思わず目を奪われた。
かっちりとした背広は体格によく馴染み、郵便制服以外の洋服を着慣れていることが窺える。
下関での闘いで負った傷でやつれはいたが、整え直した短髪と髭はきれいな燻銀。
堂々たる洋装の紳士だ。
「やべえ……すげえかっこいいな……。なんか腹立つ」
「素敵……」
ぽわーっとなっている二人に、隼人は照れるでもなくいつもの通りだ。
「次の任務はこの居留地に住まわれるご婦人に、この手紙を届けることだ。
“For Your Eyes Only”――開封も代読もこちらではできぬが、手渡しで申し添えねばならぬ口上を預かっている。それゆえ、婦人宅の舞踏会に潜入するぞ。――というわけで」
なぜか正面から抱き合うように手を取り合い、それを横に差し出した構えの隼人と草介。
「ええと……はーさん、何これ」
「付け焼き刃ではなんともならぬが、円舞曲という舞の基本の形を説明する。西洋には男女が対になり踊る文化があり、男はご婦人方にお相手を申し込むのが作法なのだ。念のため今体験しておくといい。草介、もっとこちらに寄るのだ」
「あっ」
「変な声を出すな」
「こんなくっつくのかよ」
「男が導くように踊るのだ。由良乃どの、よく見取り稽古をしてくだされ。一、二、三の拍子で一が強くなることの繰り返しだ。ゆくぞ」
「わたしが教えてほしかった……」
洋室でくるくると優雅に回り始めた隼人と草介の姿に、由良乃は頬を赤らめつつも釘付けになっていた。
「草介、筋がよいではないか」
「これいつまで続くの!?」
窓の外には、居留地に並び立つガス燈に明かりが灯され始めていた。
隼人の過去、東堂靫衛との因縁、妻を失ったこと。
様々な昔がたりを聞いたうえで、草介は隼人への接し方をこれまでと変えないことを決意していた。
下手な遠慮はなんの慰めにならず、あの男ならそうしたことなど望んではいないと確信したからだ。
「わたしも同じ気持ちです。片倉先生のお心を思うと胸が痛みますが……あの時代を乗り越えた方々は、いずれも壮絶な生き様をしてこられたはずです。明光丸のみなさんやしのぶさんも、あの陸奥卿だってきっと」
草介に同意する由良乃もどこか吹っ切れたような面持ちで、静かに言葉を継いでいる。
二人は何よりも、隼人が下関で自分たちを守ろうとしてくれたのだということが嬉しかった。
不器用な命懸けの愛情に、わだかまりなどあろうはずもない。
「ところでお師ちゃん、この偉え坊さんでも座ってそうな椅子なんざ尻に敷いていいのかい」
「……わたしもよくわかりません」
草介と由良乃が所在なげに佇んでいるのは、設えのいい洋間の一室。
丹念な刺繍が施された洋椅子はふかふかで、なるほど大僧正の座といっても不思議はなさそうだ。
ここは陸奥卿の指令で訪れた次の任地、神戸。
西暦1868年1月1日に開港した街で、今二人が投宿しているのは明治3(1870)年に創業したオリエンタルホテルだ。
東洋一の美しさと讃えられた神戸居留地に当初は外国人専用として建てられたが、陸奥卿の計らいで部屋を割り当てられのだった。
これから書状を届けるのは、まさしくその外国人居留地に住まう婦人とのこと。
が、いかんせん部屋が落ち着かない。
イギリスで建造された明光丸の船室はもちろん洋式だったが、なんというか規模が違う。
そのうえ由良乃は着物姿に着替えているが、草介はというと上陸の際に初めての背広を着せられている。
髪は元々散切りなのでさほど違和感はないが、首元のタイが何やら窮屈で仕方がない。
「二人とも、待たせた」
入室してきた隼人の方を振り向いた二人は、その姿に思わず目を奪われた。
かっちりとした背広は体格によく馴染み、郵便制服以外の洋服を着慣れていることが窺える。
下関での闘いで負った傷でやつれはいたが、整え直した短髪と髭はきれいな燻銀。
堂々たる洋装の紳士だ。
「やべえ……すげえかっこいいな……。なんか腹立つ」
「素敵……」
ぽわーっとなっている二人に、隼人は照れるでもなくいつもの通りだ。
「次の任務はこの居留地に住まわれるご婦人に、この手紙を届けることだ。
“For Your Eyes Only”――開封も代読もこちらではできぬが、手渡しで申し添えねばならぬ口上を預かっている。それゆえ、婦人宅の舞踏会に潜入するぞ。――というわけで」
なぜか正面から抱き合うように手を取り合い、それを横に差し出した構えの隼人と草介。
「ええと……はーさん、何これ」
「付け焼き刃ではなんともならぬが、円舞曲という舞の基本の形を説明する。西洋には男女が対になり踊る文化があり、男はご婦人方にお相手を申し込むのが作法なのだ。念のため今体験しておくといい。草介、もっとこちらに寄るのだ」
「あっ」
「変な声を出すな」
「こんなくっつくのかよ」
「男が導くように踊るのだ。由良乃どの、よく見取り稽古をしてくだされ。一、二、三の拍子で一が強くなることの繰り返しだ。ゆくぞ」
「わたしが教えてほしかった……」
洋室でくるくると優雅に回り始めた隼人と草介の姿に、由良乃は頬を赤らめつつも釘付けになっていた。
「草介、筋がよいではないか」
「これいつまで続くの!?」
窓の外には、居留地に並び立つガス燈に明かりが灯され始めていた。
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