剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―

三條すずしろ

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第六章 昔がたり

銃を擱く明日

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「さて、エリオットになりたいやつはいるか? この屋敷で人間になりきって生活をする。学院にも通い、勉強ってやつもやらなくてはならないし、行儀作法、言葉遣い、人間関係、貴族の暮らしは大変だぞ? 多少、人間に詳しくなければな」
 とローガンが言った。
「けど、食いっぱぐれがない。まあ、この人間てやつはちょっとばかし窮屈だけどな」
 とマイアがくっくっくと笑った。
 その声にまたゾロリと集まってくる魔の影。
「わしにくれ」
 と声だけがした。ローガンがそちらへ目を向ける。
「これはこれは、魔王様の右足ではありませんか」
 ローガンの一言で部屋の中がざわめき、力の弱い妖魔などは残らず消え去った。
 床の一部分に黒い染みがじわじわと大きく広がり、そしてそこから足がにゅうっと出てきた。ふくらはぎ途中でスッパリと切り落とされたように綺麗な切り口だった。
 以前は毒を含み、それがかするだけで即死だった銀色の鋭かった爪もボロボロと欠損し、変色していた。
「魔王様の右足?? こんなぼろいのに?」
 マイアが奇妙な声を上げた。
 
 数百年前、魔の物を統べる魔の王者は勇者一行に破れた。首は焼き捨てられ、胴体は細切れにされて朽ちた。ただ分散した四肢だけがその場から逃げだし、トドメを刺すことが敵わなかったという伝説になっている。
 その後、魔王の四肢からの報復を恐れ、今も各国は勇者育成に力を入れている。
 魔王の鱗片が少しでも残れば闇の奈落は存在し、魔物も生まれる。
 それが民を脅かす存在でもあるので、勇者や冒険者は必要だった。
 だが、今の魔王の右足は痩せ細り、骨と皮、干からびた乾物のようだ。
 栄養も魔力も失われる寸前で、枯れ木のような有様だ。
「魔力も枯れかけ、自らの力で獲物を獲ることも出来ず、消滅寸前ってとこか」
 とローガンが言った。
「……そういう貴様は?」
 元は魔王の右足が、不快そうにローガンを見た。
 足とはいえ多大な魔力を要し、足単体でも百万の部下を持ち、魔王から離れ一国の城主として城を所持していた時もある。
 枯れていても名を聞いただけで恐れた小物が姿を消すのは魔王の右足的には普通の事だ。
 だが、ローガンを名乗る人間に寄生した妖魔は魔王の右足を恐れた風でもなく、生意気にも上から見下ろしさえする。
 魔王の右足は一刻も早く枯れかけた魔力を取り戻したかった。
 やむを得ず、
「わしにその人間をもらえぬか。ソフィアとかいう人間を盛り立てていくのも力を貸そう」
 と言った。
 ローガンはふふっと笑い、
「いいでしょう。あなたはこれからエリオット、八歳の男の子ですよ。うまくやって下さいね」
 と言った。
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