剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―

三條すずしろ

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第六章 昔がたり

初陣、天誅組追討

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法福寺での訓練に俺と靫衛が派遣されたのには、民兵組織における指揮官養成の目的があったようだ。
士分の者を大っぴらには潜り込ませることもできず、卒分でありつつ斬り合いの実績もある俺たちに白羽の矢が立ったのだろう。
事実、通常の戦闘訓練に加えて小隊を動かすための稽古が課せられていた。そして俺たちには、他の兵たちとは別に新たに剣の師匠がつけられたのだ。
“無陣流”という聞いたことのない流派であったがその術は苛烈で、あたかも武者を甲冑ごと断つかのような技が多かった。
一方では精妙な剣捌きや粘りのある受け太刀も特徴で、俺よりも東堂の方がはるかにこの流派に馴染み、いよいよもってその技量は神憑っていった。

正直なところこのような民兵が戦わねばならぬ時がくるのかと疑念を抱いていたものだが、その日はほどなくやってきた。
文久3年(1863年)8月17日に起きた、いわゆる「天誅組の変」鎮圧の一部隊として派遣されたのだ。
土佐の吉村寅太郎ら尊攘派の過激志士が、孝明天皇の大和行幸の先鋒を務めるべく決起した事件だ。
攘夷を決行せぬ幕府を譴責、帝自らの親征を行う先ぶれとして大和・春日大社に祈願するという計画が持ち上がり、ほとんどが幕府天領であった大和を掌握するため尊攘派一団が大和五條代官所を襲撃した。
が、同月十八日に起こった朝廷内政変で事態は一変。
吉村ら“天誅組”は逆賊として討伐対象となった。

俺たち法福寺隊は紀伊藩兵の部隊に随行し、大和五條の山間、天の川辻近辺に展開していた。
そこで目の当たりにしたのは天誅組の精強さ、そして自藩正規兵の予想外の惰弱さだ。
無論侍とはいえ、戦闘を経験した者など皆無といっていい。
それにつけても殊に指揮官たるべき連中の及び腰は目に余り、後に落首として民に嘲笑されている。

紀伊の軍で最もよく戦い、天誅組に痛手を与えたのは俺たち法福寺隊、そして津田正臣という男が指揮した“農兵隊”なる同じく民兵らだったのだ。
自らも白刃を振るって戦った北畠道龍も、これには快哉を叫んだ。
民兵が見せた戦意と能力。これを機に紀伊本藩は本格的にこうした戦力に着目してゆくこととなる。

天誅組討伐から凱旋した俺たちを、法福寺のある雑賀庄の人々は檀家ならずともこぞって称えてくれた。
宴の席が設けられた。普段はけして顔を見せぬ女たちも出て、祝いの酒が振る舞われた。

口々に戦勝を寿がれる中、これでよいのかと俺は自問していた。
いつもと変わらず隣で微笑む東堂にも、なぜか胸の内はさらけ出せない。
僧の育てた兵が、同じ日ノ本の者を討った。彼らには彼らの義があって立ったのではなかったか――。

「兄やん、えらいむつかし顔しとらしてよ」

我に返ったのは、酒を注ぎにきた娘が屈託なく声をかけたからだ。
色の白い、目のくりくりしたどこか愛嬌のある娘だ。
彼女は俺と東堂を交互にじっと見やり、何かを急に思い出したように携えていた貧乏徳利を振り上げた。

「せや! 兄やんらぁ、お七里の飛脚さんとちゃうん? お城下に魚らもて行った折りによう、えらい役者さんみたいなんおるいうて騒いじゃあったんじょ。せやろ?」

娘は弾けるような笑顔を見せ、俺と東堂の盃に「飲みよ、飲みよ」と言いながらばしゃばしゃと酒を注いだ。
確かに務めで城下に書状を届けたことが何度かある。龍柄の半纏姿で走る七里飛脚はたいそう目立つため、沿道に物見高い娘たちが並ぶことも珍しくなかったのだ。

「嬉しないのん?」

ふいに娘が真っすぐに俺を見上げて訪ねた。
咄嗟のことに俺は口籠り、さりとてその視線を外すこともできずに戸惑った。
倍ほども歳が違うであろう娘だが、嘘をつけないと思った。

「ふうん……まぁ、食べりよ」

黙っている俺を追及することなく、娘は懐から出した干魚を突き出した。
なおも困っているとぐいぐいと口に近付けてくるので、仕方なく咥えると彼女は鈴の音のように笑った。

「元気だね。お嬢さん。お名前は?」

傍らの東堂が微笑み、優しく問いかける。
娘ははにかんで少し頬を赤らめ、小さな声で、

「まき」

と名乗った。
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