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第五章 鎮西禍前夜

敗斬

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「見えた! 頂上にいるぜ!」
「斬り合ってる……!?」

山頂へ至る尾根道に上がった草介と由良乃は、見上げる緩い坂のその先に隼人の姿を捉えた。
視界に煌めく白い光は、銀色の髪をした二人の老剣士が撃ち合わせる刃の反射。
この距離からでも、隼人の方が畳み掛けるように斬り付けているのが見てとれる。

が、足を緩めず尾根を駆けるうち、由良乃が異変に気付いた。
隼人が戦っている、白銀の総髪をした男――。
真綿で刃金を包み止めてしまうかのような独特の防御は、自身が幼い頃から叩きこまれてきた流派の技ではないのか。

(無陣流――?)

由良乃がその名を脳裡に浮かべた直後。視線の先で一瞬距離をとった隼人が、刀を水平に捻り込みながら強烈な突きを繰り出すのが見えた。

それは由良乃にも、傍らで走り続ける草介の目にも、なぜかひどくゆっくりとした一連の動作のように映っていた。

白銀髪の剣士は隼人の突きに自身の太刀筋を添わせながら、手元に引き込む動作でその力を相殺した。
一本の線として重なった二つの刀。が、靫衛の剣先が一瞬鎌首をもたげ、力を失った隼人の刀身へ蛇のように絡みつく。

無陣流剣術、“風巻しまき”――。

幼い由良乃が幾度も幾度も、両の手の皮が破れるくらいに稽古した技。
螺旋の動きで巻き上げられ、抗いようのない力で刀をもぎ取られそうになった隼人はその片手を離し――。

「だめえぇぇぇぇぇっ!!」

由良乃の絶叫が届くより速く、靫衛の太刀が防御の崩れた隼人の胸を縦一文字に斬り裂いた。
直後に紺の制服を割って、打ち水のように鮮血が噴き出す。
隼人が、ゆっくりと、膝からくずおれてゆく。

「はーさんっっ!!」

叫びながらさらに加速する草介と由良乃に、靫衛が視線を移した。

「草介! 撃って! 斬り込む!!」

既に内隠しから弾丸を取り出していた草介は、走りながら銃に装填して靫衛のいる方向へ狙いもつけずに発砲した。
乾いた銃声が轟き、靫衛は銀髪を翻してその向こうの木立へと身を躍らせる。

「撃ち続けて! あと先生をお願い!!」

由良乃は草介の射線から外れるように道の片側に寄りながら疾走し、倒れている隼人を横目で見ながら携えていた白木の杖をそこに突き立てた。
そのまま背中の袋を左手に持ち替え、口を解いて刀の柄を露出させた。

草介は走りながら、続け様に由良乃のための援護射撃を行う。一発ずつ弾を込めては撃ち放つという動作がもどかしいが、今はこれより速い牽制はない。
由良乃が突き立てていった杖を目印に、草介は倒れている隼人へと必死の思いで駆け寄ってゆく。
裂かれた胸から溢れ出す夥しい血。草介は出血を止めるべく、隼人の腰の晒帯を毟り取って傷口に押し当てた。

その僅かの間。射撃が止んだことを察知した靫衛が血刀を手に、木陰から身を現わした。

「ああぁぁぁぁぁっ!!!」

凄まじい俊足で猛追した由良乃がその機を逃さず抜刀し、右後方に構えた刀を唸りを上げて振り上げた。
咄嗟にそれを受けた靫衛は驚きの表情を見せ、一歩、二歩と後ずさる。

「ちぇいっ! っさあぁぁぁっ!!」

由良乃が裂帛の気合と共に連続して撃ち込んでゆく高速の太刀筋。
二の太刀、三の太刀を辛うじて止めた靫衛もその次を受け切れず、瞬間的に横に払うと大きく飛び退って間合いを切った。

「――驚いた」

気攻めを途切れさせないまま、ふうっと息を吐く靫衛。

金剋木ごんこくもく水剋火すいこくか……“相剋の太刀”とは。裏無陣の宗家筋かね。――お嬢さん」

大きく肩で息をつきながら、中段に構えて憎悪の眼差しを燃やす由良乃。
これまで隼人から聞いたことはなかったが間違いない。目の前の男は限りなく同門に近い、自分たちの技を知る剣士だ。

「だまれ! よくも、よくも先生を……! 覚悟!!」

獲物に殺到する寸前の虎尾のように、由良乃が右後方に刀身を流す構えをとった。
やや上向きの剣先が怒りに脈打ってびくっ、びくっ、と痙攣している。

「私はね。決めているのだよ、お嬢さん」

靫衛がすうっと刀を右腰にとり、剣先を後方に流した。由良乃と同じ、やや上向きの右脇構え。

「もう二度と、女は斬らぬと」
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