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第五章 鎮西禍前夜
因果の記銘
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気詰まりな空気が続く中での配達任務だったが、救いは明光丸のクルー達だった。
いずれも船乗りらしく陽気でさっぱりした気風で、艦長の楠之助はもちろん強面の副長・覚十郎も何くれとなく若い草介と由良乃を気遣ってくれていた。
また、同時に下船しては情報収集に赴くしのぶの存在も、二人には大きい。
近寄りがたい雰囲気を醸す隼人にずけずけと物を言えるほぼ唯一の人物であり、彼女の明るさは心やすらぐ花でもあったのだ。
熊本から始めて反時計回りに九州島の各地に寄港してきた明光丸は、今や豊前・門司港の近くに錨を降ろしていた。
目と鼻の先は長州・下関の壇之浦古戦場だ。
割り当てられた最後の書状束を配り終えて明光丸に戻った隼人・草介・由良乃は、そのまま艦長室へと通された。
「郵便御用、ご苦労だった」
洋椅子に腰掛けて長い脚を組んでいるのは、改めて乗り組んできた陸奥卿だ。
その前にはいくつもの書類が広げられ、傍らでは珍しく神妙な面持ちのしのぶが控えている。
「次がこの地での最後の御用となる。が、その前に」
陸奥卿の目配せを受けて、しのぶが後を引き継ぐ。
「前に鞆の津で見てもらったドライゼ銃などの取引文書……の続きね。けれどほら」
しのぶが指し示した先には“Y.Todo”のサインがインクの色も鮮やかに記されていた。
「そしてこの日付と相手の署名も見て」
「あぁっ……!」
草介が声を上げ、由良乃が思わず口元を抑えた。
それらはすべて、三人が御留郵便を配った人物たちの名だった。
しかも書状を手渡したその後、七日と経たぬうちの日付が書き込まれている。
そしてその間隔は徐々に詰まっていき、ここ豊前でつい先日届けた相手の署名がある文書では、ついに草介たちの配達日と同日となっていたのだ。
「取引自体は少数の銃器や弾薬だけど、それはもう問題じゃない。トードーは正確にわたし達の動向を掴んでいるし、この文書も流れることを前提にわざと日付やサインを隠していない」
しのぶが書類に目を落とし、すっと署名欄を指先で撫でた。
「すぐ近くにいるわ。この人が」
草介は薄ら寒い思いで、しのぶの話に聞き入っていた。
つまり不平士族の反発を未然防止するために行っている自分たちの工作を、上書きする形で妨害されているということだ。
それはこれまで裏で銃器などを捌き、争いの火種を撒いていた“トードー”という人物と同じと見られる。
不気味な感覚に苛まれた草介は横の隼人をそっと窺った。
いつものように表情一つ変えずにじっと聞いているだけだが、その眼はぞっとするような昏さを帯びている。
「諸君らに本任務における最後の御用を命じる」
陸奥卿が革製のトランクをテーブルに上げ、フロックコートの内ポケットから取り出した鍵で開錠した。
中には、一通の古びた書状。
「これを萩にいるM卿の一人、元参議の前原一誠卿に届けよ」
前原一誠――。
かつて高杉晋作や久坂玄瑞らと共に松下村塾に学んだ長州の志士で、参議と兵部大輔を務めた“維新十傑”の一人だ。
六年ほど前に徴兵制度の可否を巡って木戸孝允や山縣有朋らと対立し下野していたが、薩摩の西郷同様に神輿として担がれることが懸念される。
万が一、不平士族らの運動が長州にまで飛び火した場合――。
あるいはもう一度国を割っての大乱が起きても不思議ではない。
「九州島内の動乱に備えるためにも、長州の前原卿は要となろう。妨害工作の危険が身近に迫っているため、諸君ら三人で向かうのだ。必達を期せ」
隼人がかつっと洋靴の踵を打ち合わせて威儀を正し、陸奥卿が差し出したその書状を恭しく受け取った。
丁寧に状態を検め、そっと裏を返す。
そこには個性的ではあるが丁寧な文字で、
“坂本龍馬”
と記されていた。
いずれも船乗りらしく陽気でさっぱりした気風で、艦長の楠之助はもちろん強面の副長・覚十郎も何くれとなく若い草介と由良乃を気遣ってくれていた。
また、同時に下船しては情報収集に赴くしのぶの存在も、二人には大きい。
近寄りがたい雰囲気を醸す隼人にずけずけと物を言えるほぼ唯一の人物であり、彼女の明るさは心やすらぐ花でもあったのだ。
熊本から始めて反時計回りに九州島の各地に寄港してきた明光丸は、今や豊前・門司港の近くに錨を降ろしていた。
目と鼻の先は長州・下関の壇之浦古戦場だ。
割り当てられた最後の書状束を配り終えて明光丸に戻った隼人・草介・由良乃は、そのまま艦長室へと通された。
「郵便御用、ご苦労だった」
洋椅子に腰掛けて長い脚を組んでいるのは、改めて乗り組んできた陸奥卿だ。
その前にはいくつもの書類が広げられ、傍らでは珍しく神妙な面持ちのしのぶが控えている。
「次がこの地での最後の御用となる。が、その前に」
陸奥卿の目配せを受けて、しのぶが後を引き継ぐ。
「前に鞆の津で見てもらったドライゼ銃などの取引文書……の続きね。けれどほら」
しのぶが指し示した先には“Y.Todo”のサインがインクの色も鮮やかに記されていた。
「そしてこの日付と相手の署名も見て」
「あぁっ……!」
草介が声を上げ、由良乃が思わず口元を抑えた。
それらはすべて、三人が御留郵便を配った人物たちの名だった。
しかも書状を手渡したその後、七日と経たぬうちの日付が書き込まれている。
そしてその間隔は徐々に詰まっていき、ここ豊前でつい先日届けた相手の署名がある文書では、ついに草介たちの配達日と同日となっていたのだ。
「取引自体は少数の銃器や弾薬だけど、それはもう問題じゃない。トードーは正確にわたし達の動向を掴んでいるし、この文書も流れることを前提にわざと日付やサインを隠していない」
しのぶが書類に目を落とし、すっと署名欄を指先で撫でた。
「すぐ近くにいるわ。この人が」
草介は薄ら寒い思いで、しのぶの話に聞き入っていた。
つまり不平士族の反発を未然防止するために行っている自分たちの工作を、上書きする形で妨害されているということだ。
それはこれまで裏で銃器などを捌き、争いの火種を撒いていた“トードー”という人物と同じと見られる。
不気味な感覚に苛まれた草介は横の隼人をそっと窺った。
いつものように表情一つ変えずにじっと聞いているだけだが、その眼はぞっとするような昏さを帯びている。
「諸君らに本任務における最後の御用を命じる」
陸奥卿が革製のトランクをテーブルに上げ、フロックコートの内ポケットから取り出した鍵で開錠した。
中には、一通の古びた書状。
「これを萩にいるM卿の一人、元参議の前原一誠卿に届けよ」
前原一誠――。
かつて高杉晋作や久坂玄瑞らと共に松下村塾に学んだ長州の志士で、参議と兵部大輔を務めた“維新十傑”の一人だ。
六年ほど前に徴兵制度の可否を巡って木戸孝允や山縣有朋らと対立し下野していたが、薩摩の西郷同様に神輿として担がれることが懸念される。
万が一、不平士族らの運動が長州にまで飛び火した場合――。
あるいはもう一度国を割っての大乱が起きても不思議ではない。
「九州島内の動乱に備えるためにも、長州の前原卿は要となろう。妨害工作の危険が身近に迫っているため、諸君ら三人で向かうのだ。必達を期せ」
隼人がかつっと洋靴の踵を打ち合わせて威儀を正し、陸奥卿が差し出したその書状を恭しく受け取った。
丁寧に状態を検め、そっと裏を返す。
そこには個性的ではあるが丁寧な文字で、
“坂本龍馬”
と記されていた。
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