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第五章 鎮西禍前夜

疑念の書状群

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「しっかしこんなにあるってぇなあ、おかしいんじゃねえかい」

密命を帯びて配達すべき書状の束を前に、草介は辟易したように本音を零していた。

「わたしも少々不自然に感じます。これらが本当に維新から十年近くも届けられなったなどとは……」

その後を受けて由良乃も形のよい眉を顰め、珍しく御留郵便への疑念を口にした。

「だが務めだ。我らはただ届けるのみ」

この話はこれで終わりだ。そう言わんばかりに若者二人の物言いを抑え、隼人が天秤棒に振り分けた荷を担いだ。
備後鞆の津から再び出港した明光丸は、下艦した陸奥卿の手配した海軍艦の護衛を受けてほどなく九州島へと至った。肥後熊本への上陸を皮切りに日向、豊後、筑紫と各地を次々に巡っている。
肥前と薩摩を除くそれぞれの港から、隼人ら三人はM機関の陸奥卿に託された御留郵便をひたすら届けるという任務をこなしていた。

が、その量が尋常ではない。

本来の御留郵便御用とは維新前後の騒乱で届くことのなかった文や物品を、特命を受けて配達するというものだ。
事実、現在草介たちが配っている書状の内には十年近くの歳月で紙色が褪せたり汚れたりしたものが見られる。
しかし中には明らかに墨痕鮮やかに宛名を記したものも含まれており、しかもそうした文の数が多過ぎるのだ。
自分たちは一体何を配っているのか、いや、配らされているのか。草介と由良乃が疑念を抱くのも無理はない。

だが隼人は、

「詮索無用」

と短く諫めるのみでそれ以上は何も言おうとしなかった。

これまで九州島各地で配ってきた書状類の宛先は、その九割九分が士族だった。
陸奥卿からの事前説明ではこの年明治9年(1876年)3月28日にいわゆる“廃刀令”が発布されるにあたり、予想される士族らの反発を抑えるための工作として御留郵便を届けるということだった。
なるほど、配達先に指定されていたのはいずれも旧藩時代には一定の格式を持っていたと思しき人物たちだ。
有体に言えば彼らのような層が反廃刀令を掲げて糾合し、暴動や反乱に発展することを危惧してのことだろう。
二年前の“佐賀の乱”の件もあり、政府内の不協和音に乗じて士族らが募らせた不満を爆発させる恐れは十分にあるといえる。

陸奥卿の管轄が九州だったというだけで、他にも全国各地で御留郵便御用が同様の工作を行っているようだ。
だが維新で主導的な役割を果たした薩摩、そして肥前佐賀の存在はあまりに大きい。
先の佐賀の乱を率いた江藤新平が下野した明治六年政変では参議の半数に加えて官僚・軍人ら約600名が辞職したが、その中には陸軍大将兼参議だった薩摩の西郷隆盛も含まれている。
現在の西郷は悠々自適ではあるが健在で、不平士族らが担ぐとすればこれ以上ないほどの神輿となろう。
従って政府は九州を文字通りの火薬庫と見ていたのだ。

博徒の雛だった草介にはもちろん、武人の一族ではあっても武家ではない由良乃には、不平士族らの思いは完全には理解できない。
しかしつい十年程前の幼い頃に肌で感じた内乱の熾火が、再び燃え上がろうとしていることはよく分かっている。
むしろそれだけに、自分たちの務めが真に世の為となっているのかどうか明らかではないことへの煩悶が募るのだ。
草介も由良乃も、遠巻きながらそうした思いを度々隼人にぶつけるようになっていた。
だが隼人はいずれも同じ調子で、務めの責任以上のことは語ろうとしない。
そればかりか以前にも増して口数が少なくなり、旅の間も眉間に深い皴を寄せて思い詰めた様子でいることが多くなっていた。

当初こそ草介が気を回してことさらに明るく振る舞っていたが、元々大の士族嫌いではある。
隼人の判で押したような責任論も、政府御用に疑念を抱かないかのような従属的な態度も、実に面白くなく感じていたのだ。
御留郵便の三人もこうした不協和音を抱えながら、黙々と書状を配り続けた。
九州のほぼ全域を周る旅は瞬く間に季節が過ぎ、やがて初上陸から半年が経とうとしていた。
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