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第三章 博徒の雛と老剣士

麗人の戈

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「や、そりゃあ、さすがにちっと……」

白木の棒を手にして佇む少女を前に、さしもの草介も躊躇ってしまう。
なるほど、彼女こそが隼人をして「自分より達者」と言わしめた杖術の遣い手であることは冗談ではないようだ。
稽古に立ち会う隼人と愁月も真剣そのもので、しっかりと二人の様子を見守っている。
しかし大の男である自分が木刀を手に、棒しか持っていない華奢な娘に打ち掛かるよう命じられるとは……。
草介はもじもじと歯切れ悪く、戸惑う素振りを隠せない。

「そう仰るのではと思いました」

相変わらず無表情の由良乃はそう言うと、すっと隼人と祖父に視線を移した。彼らがほぼ同時に頷いて応え、由良乃が再び草介を真っすぐに見る。

「ならばわたしから掛かってまいりますので、防いでみてください。開始の礼はご無用。では」

死なぬ程度に、と小さく呟いた由良乃は右手にじょうを提げたまま、無造作に歩み寄ってくる。
稽古が始まったことを認識して木刀を握り直そうとした草介は、直後にわっと声を上げて仰け反った。
一瞬のうちに眼前へと迫ったのは由良乃が遣う杖の先。手の内を滑らせるようにして突き出されたそれは、草介の眼を狙って槍のように伸ばされている。
反り身で間合いを切ったと思ったのも束の間、由良乃は歩みを早めてさらに厳しく攻め詰める。
草介は一瞬遅れつつもようやくそれを木刀で払い、崩れた体勢を立て直すべく飛び退って構えを取ろうとした。
が、それより早く由良乃は払われた杖を旋回させ、逆側の杖先を振り出して草介の空いた脇腹に打ち込んだ。
無論、当たった瞬間に手の内を締めて骨が折れぬよう加減はしている。それでも息が詰まるような痛みに、草介は思わず体を強張らせた。

このほんの僅かの間の攻防を通じて、草介は目の前の少女がおそろしく強いことを理解していた。
自分より遥か上、別格の強さの武人であることが感覚として伝わってくる。
なれば遠慮や躊躇などおこがましい。教えを請うているのはこちらで、それにこうして応えてくれているのではないか。
そもそも全力で打ち掛かっても彼女にはかすりもしないだろう。ならば――!

草介は覚悟を決めて、内臓に響く鈍い痛みを堪え木刀を振り上げた。
そのまま由良乃に目掛けて振り下ろす。まともに剣術など習ったことのない我流の太刀筋だが、その刀勢は存外に鋭い。
が、由良乃は下から斬り上げるようにして杖を振るい、過たず草介の両拳の間、木刀の柄の部分に当てて受け留めた。カァン!と鋭く乾いた音が立った直後、由良乃はがら空きになった草介の水月に杖を握ったままの拳を押し当てて瞬時に重心を預けた。
密着した間合いから放たれた衝撃で後ろへと飛ばされる草介。
しかしその瞬間、杖の先を力任せに掴んでいた。

「へっ!つーかまーえー……」

掴んでしまえば杖の動きは封じられる。そう気付いて軽口を叩こうとした草介だったが、ふいに手応えを無くしたかと思うと杖を掴んだままの体勢で空中に投げ出されていた。
草介が引っ張る力と方向に逆らわず、小さく螺旋を描くようにして杖が突き出されたのだ。
受け身もできずしたたかに地に打ち付けられた草介の喉に、ぐぐっと杖先が当てられる。

「まいっ……りました」

ひきのようにしゃがれた声で降参する草介。

「由良乃どの、いかがか」
「見事な”勘”です」

隼人の声掛けに、草介を杖先で押さえたまま由良乃が答える。

「片倉先生のお手紙にありました通り、鍛えれば十分身を護る力を得るでしょう。決まった形に嵌めるよりも、この直感を活かした技を磨くのがよいかと」
「うむ。お頼み申す」

隼人が由良乃に一礼し、傍らの愁月も若者たちの練武に目を細めた。

「――ふぐ……おっ……」

押さえた杖の下で何か言っているのに気付いた由良乃が力を緩めると、草介はぶはっと跳ね起きて大きく息を吸い込んだ。しっかりと喉を圧迫され、しばらく息ができずにいたのだった。

「失敬」

由良乃は杖を引いて草介の顔を覗き込むと、

「生きていますね」

最前と変わらぬ無表情でそう囁いた。
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