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第二章 ピストルと郵便脚夫
斬奸状の果て
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渾身の突きを流された旦那は重心を失い、反射的に踏鞴を踏んだ。
その瞬間隼人は片足立ちとなり、旦那の胴に強烈な横蹴りを突き刺した。
無理に制動した速度と自重に加えての衝撃は何倍もの力となる。旦那は固太りな身体を一間ほども飛ばされ、仰向けに土間へと打ち付けられた。
なんとか剣は手離さずにいるものの、息が詰まった旦那は腹を押さえて呻くばかりで立ち上がることはできない。
隼人はゆっくりと自分の刀を鞘に納めると、落ちて燃え尽きかけていた提灯の火を壁際に掛けられた燈明皿へと移す。
小さく安定した灯りがぽうっと点り、隼人は制服の内かくしから一通の書状を取り出して薄明かりに広げた。
「代読御免――」
草介は眼前の剣戟にすっかり魂を奪われる思いであったが、渋みがかった声で朗々と読み上げられるその文に耳を澄ませた。
「元小普請 与田平右衛門 此ノ者ノ儀、兼テ賂に依リ家中有為ノ士ヲ賣リ――」
草介は音読される文の内容に聞き覚えがあった。
これは……“斬奸状”だ。
斬奸趣意書とも呼ばれるこれは、誅殺した者の罪状やそれに至った理由や思うところを文章にしたものを指す。
幕末には大いにしたためられ、晒し首に高札として添えられたものもあった。
旦那はやはり旗本だったが、動乱期には反幕勢力と通じて金銭と引き換えに仲間の情報を流していたことがこの書状で糾弾されている。
出された年は維新の直前。この文はこれまで届くことなく、旦那は生き延びていることから何があったのか推し量れるだろう。
ひとかどの人物だと信じていた。今自分がこうして生きているのも、旦那が拾ってくれたおかげだと思っている。
しかし郵便物の強盗を裏で手引きし、幕末の時代から仲間を裏切り続けていたという事実が、草介を否応のないやるせなさで包んでいた。
「――不届キ之至リ捨テ置クベカラザル之罪ニ附キ、天誅ヲ加ヘ候。依ッテ此クノ如ク也。――有志中」
読み終えた隼人は書状を元のように畳み、旦那へと突き出した。
苦痛に顔をゆがめながらも上体を起こした旦那は、刀を杖代わりにぐぐっと立ち上がる。
「それがしにそこもとを斬るいわれはござらぬ。この文を持って戸長に出頭するか、我らを斬って逃げおおせるか」
いかがか、と迫る隼人に旦那は口の端を吊り上げた。
「おめえ、御留郵便……“剣客逓信”か……。七里飛脚だかなんだか知らねえが……。足軽風情が!しゃらくせえんだよおっ!!」
残る力の全てを振り絞るように、旦那が雄叫びと共に真っ向に斬り掛かった。
納刀していた状態の隼人の頭上に白刃が迫り、不意打ち同然の攻撃に草介は息を呑んだ。
が、その刃が面に至ろうかという刹那、急速に抜刀した隼人は棟に左手を添え鳥居の形でがっちりと受け留めた。
直後に柄を握る右手をふっと下げると、力の込められた旦那の刀が斜め下へと流され、その体ごと前のめりに崩れていく。
隼人は間髪入れず敵の首筋に刀身を当て、腰を軸に半回転しつつ鋭く旦那を引き倒した。
首を斬った――。草介の目にはそう見えたが、数瞬ののちも血は噴き出ない。
隼人は刃ではなく刀の平の部分を押し当てて引いたのだ。
だが技を受けた本人も斬られたと錯覚したのだろう。旦那は俯せに倒れたまま気を失い、ぴくりとも動かなくなっていた。
隼人はひゅんっと刀を体前で斜めに払う血振りの動作から、淀みなく鞘へと納めた。
「お、おいちゃん――」
震えながらやっと声を出した草介だったが、言うべき言葉が見付けられない。
口をついて出たのは、自分でも笑ってしまうようなことだった。
「そ、それ……なんて技?」
隼人は草介を見下ろし、ぴくりと片眉を上げた。
「無陣流、“雨障”」
折しも掻き曇っていた夜空の果てに稲光が走り、無数の雨粒が寄せてくる音が響いていた。
その瞬間隼人は片足立ちとなり、旦那の胴に強烈な横蹴りを突き刺した。
無理に制動した速度と自重に加えての衝撃は何倍もの力となる。旦那は固太りな身体を一間ほども飛ばされ、仰向けに土間へと打ち付けられた。
なんとか剣は手離さずにいるものの、息が詰まった旦那は腹を押さえて呻くばかりで立ち上がることはできない。
隼人はゆっくりと自分の刀を鞘に納めると、落ちて燃え尽きかけていた提灯の火を壁際に掛けられた燈明皿へと移す。
小さく安定した灯りがぽうっと点り、隼人は制服の内かくしから一通の書状を取り出して薄明かりに広げた。
「代読御免――」
草介は眼前の剣戟にすっかり魂を奪われる思いであったが、渋みがかった声で朗々と読み上げられるその文に耳を澄ませた。
「元小普請 与田平右衛門 此ノ者ノ儀、兼テ賂に依リ家中有為ノ士ヲ賣リ――」
草介は音読される文の内容に聞き覚えがあった。
これは……“斬奸状”だ。
斬奸趣意書とも呼ばれるこれは、誅殺した者の罪状やそれに至った理由や思うところを文章にしたものを指す。
幕末には大いにしたためられ、晒し首に高札として添えられたものもあった。
旦那はやはり旗本だったが、動乱期には反幕勢力と通じて金銭と引き換えに仲間の情報を流していたことがこの書状で糾弾されている。
出された年は維新の直前。この文はこれまで届くことなく、旦那は生き延びていることから何があったのか推し量れるだろう。
ひとかどの人物だと信じていた。今自分がこうして生きているのも、旦那が拾ってくれたおかげだと思っている。
しかし郵便物の強盗を裏で手引きし、幕末の時代から仲間を裏切り続けていたという事実が、草介を否応のないやるせなさで包んでいた。
「――不届キ之至リ捨テ置クベカラザル之罪ニ附キ、天誅ヲ加ヘ候。依ッテ此クノ如ク也。――有志中」
読み終えた隼人は書状を元のように畳み、旦那へと突き出した。
苦痛に顔をゆがめながらも上体を起こした旦那は、刀を杖代わりにぐぐっと立ち上がる。
「それがしにそこもとを斬るいわれはござらぬ。この文を持って戸長に出頭するか、我らを斬って逃げおおせるか」
いかがか、と迫る隼人に旦那は口の端を吊り上げた。
「おめえ、御留郵便……“剣客逓信”か……。七里飛脚だかなんだか知らねえが……。足軽風情が!しゃらくせえんだよおっ!!」
残る力の全てを振り絞るように、旦那が雄叫びと共に真っ向に斬り掛かった。
納刀していた状態の隼人の頭上に白刃が迫り、不意打ち同然の攻撃に草介は息を呑んだ。
が、その刃が面に至ろうかという刹那、急速に抜刀した隼人は棟に左手を添え鳥居の形でがっちりと受け留めた。
直後に柄を握る右手をふっと下げると、力の込められた旦那の刀が斜め下へと流され、その体ごと前のめりに崩れていく。
隼人は間髪入れず敵の首筋に刀身を当て、腰を軸に半回転しつつ鋭く旦那を引き倒した。
首を斬った――。草介の目にはそう見えたが、数瞬ののちも血は噴き出ない。
隼人は刃ではなく刀の平の部分を押し当てて引いたのだ。
だが技を受けた本人も斬られたと錯覚したのだろう。旦那は俯せに倒れたまま気を失い、ぴくりとも動かなくなっていた。
隼人はひゅんっと刀を体前で斜めに払う血振りの動作から、淀みなく鞘へと納めた。
「お、おいちゃん――」
震えながらやっと声を出した草介だったが、言うべき言葉が見付けられない。
口をついて出たのは、自分でも笑ってしまうようなことだった。
「そ、それ……なんて技?」
隼人は草介を見下ろし、ぴくりと片眉を上げた。
「無陣流、“雨障”」
折しも掻き曇っていた夜空の果てに稲光が走り、無数の雨粒が寄せてくる音が響いていた。
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