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第二章 ピストルと郵便脚夫

剣戟

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もう一度威嚇射撃をして、その間に走り抜ける――。
そう決めて撃鉄を起こし、草介は板の間に向けて引き鉄を引いた。
しかしがちっと素っ気ない音が立っただけで、何度試みても変わらない。

六発あった弾はすべて撃ち尽くした。
土間の暗がりのなか、積み上げた俵に身を隠した草介は己が心の臓の音のあまりの大きさにおののいている。
静かに……!静かに…!あいつに見つかっちまう……!

「草介や」

存外の近さから粘っこく囁くような声が降ってきて、草介は冷水を浴びせられたかのように縮みあがった。
叫び声が漏れないよう、咄嗟に両手で口を塞ぐ。

「まったく、聞き分けのない子だねえ。ちょいと話をしようじゃあないかね。そうだ、大人しく言うことを聞いてくれりゃあ、粒銀を一握りあげよう。いや、二握りだって構やしないよ。だから、ねえ」

暗闇に火が立ち、轟音が鳴り響いた。
男が放った銃弾は、草介の頭上の俵を貫通して塵芥を撒き散らす。中身の米がざあぁぁっと音を立てて零れ落ち、若者に降り注ぐ。
草介は、銃声に漏れ出た無意識の悲鳴を止めることができなかった。

「おや、そこかい。女のような声で鳴くじゃあないか。ふっ、くくっ」

ざりっ、と近付いてくる足音に向かって、草介は己を奮い立たせるように叫んだ。

「あ、ああ、あんたは、お旗本だったんだろ!こんな…こんな…大事でえじな郵便とか…銭とか……殺して掠め取るなんざあ、追い剥ぎと変わらねえよ!」
「ああそうさ。何が悪いってぇ言うんだい。新政府の連中だけじゃあない。旧幕の間抜け共もみぃんな追い剥ぎみてえなもんさね。お前さんに説法される覚えなんざあ……ないよ!」

もう一度銃が吼え、今度は草介のすぐ足元に土埃が立った。

「聞き分ける気がないならせめて楽に逝かせてやろうかねえ」

ガチャリと撃鉄を起こす冷たい音が立ち、旦那が草介へとさらに歩を進める。
と、その時。
突如として土間の木戸が蹴破られ、あまりのことに旦那は咄嗟にそちらへと銃口を向けた。

「誰だい!」

動揺のあまり放たれた金切声の先に、提灯の薄明かりで佇む男の姿が浮かび上がった。
草介と同じ、袖と裾に赤い線の入った紺の詰襟とズボン。韮山笠の下の表情は伺い知れないが、腰に巻いた晒の帯には刀を差している。

ずいっと土間に足を踏み入れたその男は提灯を掲げ、深みのある声で朗々と、

「郵便でござる」

ただ一言、そう宣した。

「片倉ぁっ!!」

旦那が叫びながら発砲するのと、隼人が提灯をなげうって身を沈めるのは殆ど同時に見えた。
あまりのことに身を竦めたままの草介だったが、にわかに我に返って叫んだ。

「弾ァ今のでしめえだ!!」

隼人は低い姿勢のまま鯉口を切り、刀の柄に手掛けして走り懸かった。
土間に降りていた旦那に向けて矢のように間合いを詰める。

「ちえぇぇぇいっっ!!」

裂帛の気合を発したのは、隼人ではない。
即座に残弾のない銃を捨てた旦那が、密かに携えていた長刀を抜き放ちざまに斬り下ろしてきたのだ。
かつ、と刃金と刃金が噛み合う硬質な音が響き、暗い土間に火花が散った。
隼人が抜刀と同時に斬り結び、凶刃を斬り留めていた。

豁、豁、豁、と二人は激しく白刃を撃ち合わせ、続け様に火花が舞っては刹那に消える。
地に落ちた提灯がようやく燃え上がり、戦う男たちを照らしだした。

「いいぃえぇっ!!」

旦那が大きく水平に太刀を薙いだ。
が、隼人は刀身を体側に立てるようにして受け止める。
しかし旦那は留められた刀をそのまま強引に手元に引き寄せた。
瞬時に刃を上向かせて腰溜めに構え、絶叫と共に体ごと突き込んできた。

「えあぁぁぁっっ!!」

突きが今しも胸に達しようというその瞬間、隼人は鋭く足を引いて半身になった。
それと同時に刀身で斜め下に払い落とす動作で、一個の質量となって殺到する突きを擦り流した。
擦過する刃と刃が悲鳴を上げて、細く長い一条の火花となって零れてゆく。

剣戟の気迫に動きの止まった草介だったが、その光景をただただ美しいと感じていた。
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