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第二章 ピストルと郵便脚夫

賊徒の貌

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闇に紛れて顔は見えないものの、草介に向けられたその声は間違いなく相方の男のものだ。

「……冗談だろ」

信じられない思いでやっとそれだけ振り絞った草介の言葉は、かすれて上ずった。
気心知れた仲間と思っていた男に、暗夜の森で今銃口を突き付けられている異常な事態。
笠をかぶっていなかった草介の額に当てられていたそれは、ごりごりごりっと嫌な音を立てて半周し後頭部へと回り込む。

「荷を下ろして提灯を左側に出せ。妙な真似をするとこのまま撃つ」

真後ろからの冷え切った声に、草介は天秤棒に振り分けた荷をそっと置いて震える手で提灯を差し出した。
しゅっ、と擦過音が立った直後にほのかな灯りが瞬時闇を押しのけ、燐の焼けるような匂いと共に提灯へと火が移された。草介も持っていない舶来物の燐寸マッチだったが、無論そんなことに気をやるゆとりなどあるはずもない。

「灯りを前に出せ。そのまま進め」

ごりっ、とさらに強く後頭部に銃を押し付けられ、草介は言われるまま歩を進めた。
銃口にかけられる力は時折右へ左へと変化し、無言のまま進むべき道を強制されている。

「なあ、お…」
「黙れ」

背を強かに蹴りつけられた草介は息が詰まり、つんのめりそうになりながら前へと進んだ。

「止まれ」

歩みを止めた草介は、すぐに違和感の正体に気が付いた。
それまで提灯でぼんやりとでも照らされていた足元の道が見えない。そこだけ宙に浮いたかのように、先は光の届かない闇がわだかまっている。
そこは断崖の端だった。

「餓鬼が。今までようも顎で使うてくれたのう」

忌々しげに、だがどこか嘲笑うかのように男が毒づく。

「つい先頃までうぬらはわしにひれ伏す身だったのだ。ようも、ようも――」

男は呪詛の言葉を吐きながら草介の腰のピストルをまさぐり、抜き取って後ろへと放り投げた。
銃口は尚強く草介の後頭部に押し当てられ、足元から礫が崖下へと滑り落ちる。

「あんたが、そんな……。賊だったなんて」
「飛び降りろ」

草介が絶望する声をものともせず、男は言い放つ。

「飛ばねば撃つ。どのみちうぬが賊の一人ということになる。わしは褒美を頂戴して下賤なその日暮らしとは縁切りじゃ」

真後ろで見えないが、男が下卑た笑みを浮かべたのを草介は感じ取った。
先程から止まらぬ震えは初め恐怖ゆえのことであったが、今やその代わりに違う思いが草介を衝き上げている。
激しく哀しい、怒りの思いだ。

「提灯はよこせ。燐寸もタダではないのでな」

草介は言う通りにすうっ、と提灯を横に滑らせる。
と、不意にそのまま反転して力任せに提灯を男の横面に叩きつけた。
男が怯んだ一瞬の隙を逃さず、組み付いて手のピストルを片手で抑える。
放り出された提灯は地に落ちて燃え上がり、二人の男を暗闇から浮かび上がらせた。

「餓鬼が!」

引き鉄が引かれ、草介の顔のすぐ側で火花と破裂音が響いた。
鼓膜が突き破られるかのような衝撃に身を竦めつつ、もう一度ピストルに手を伸ばす。
男が再び撃鉄を起こして発砲するより、ほんの刹那早く手が届いた。
撃鉄ごと両手で握り込んだため引き鉄を引いても弾は出ない。草介はそのまま体重を預けるように倒れ込み、男の腕を外向きに捻り下ろした。
男はあっと声を上げ、腕を庇おうと反射的に身を浮かせる。草介は構うことなく、地に伏した身をさらに鋭く半回転させた。
腕の関節を極められた形で投げられた男は、真っ暗な虚空にその身を吸い込まれていく。
長い断末魔ののち、はるか下方で肉の潰れる音が鳴り渡った。

まだ震えの止まらない草介の手には、男の持っていたピストルが銃口から薄く煙を出している。
提灯の残骸で小さく燃える火が、肩で息をする草介を照らしていた。
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