剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―

三條すずしろ

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第一章 維新越しの恋文

凶刃の徒

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「当家への文であるな。しかと取り次ぐゆえ、我らがここで預かろう」

油っ気の抜けたざんぎり頭に擦り切れた洋装をまとった男が、隼人と草介を睨めつけながらそう言った。
口調は丁寧に聞こえるが、威圧的な声音と尊大な様子は明らかに平民のそれではない。
「当家」と口にしていることから、くだんの藩の家中の者だったのだろう。
だがその風体はよくて博徒、有体に言えば賊のそれと変わらぬような猛々しさだ。

「御家中の方々でござりまするか。これは痛み入りまする」

隼人が深々と頭を下げつつ、辞を低くして口上を述べたので草介も渋々それにならう。

「されど政府御用の御留郵便にござりますれば。手前どもにてお届けする定めでござる」

あくまで丁寧に申し述べる隼人に、洋装の男がずずっと顔を近付けた。

「よいと言うておろう。文を出せ」
「なりませぬ」

押し問答からしばし睨み合う男と隼人。
先に目を逸らしたのは男の方だった。

「よかろう、事情を話そう。ゆえにそれ、うぬら脚夫の腰の物・・・を外してくれぬか。おそろしうて語るものも語れぬ」

口の端を卑屈にゆがめた男がいうのは、当時の郵便配達員が護身のために携行していたピストルのことだ。
賊や野生動物から身を護るための措置で、これは警察官より早い武装火器の装備であった。

「草介。出せ」
「なっ…正気かよ」

複数人で囲んでおいて「おそろしうて」も何もあったものではない。が、隼人は腰の拳銃を取り外して男の前の地面に置き、草介も否応なくそれに従った。
さらに口を歪めて男が言うにはこうだ。

当藩の藩主は戊辰の戦で敗れることを悟り、国許に残った者たちや負傷などで戦線を離脱した者たちに金子を分け与えるよう遺言したという。それを差配したのがこの庄屋屋敷に身を寄せる家老夫人で、維新後しばらくはそうした者たちが繁く出入りしていたのだという。
ところがこの男たちは、自分らへの分け前の額に不信を抱いていた。
そしてあれから八年近くも経った今、死んだ家老から奥方への文が届けられるという情報を掴み、残りの金子に関わることに違いないと屋敷の周囲で張っていたのだという。
自分たちが手にした額の少なさからはっきりと奥方の不正を疑っており、己らの目で確かめようというのだ。

「されど、なりませぬ」

一通りの話を聞いたうえで、隼人が再度きっぱりと撥ねつけた。

「ほう……。かように頭を下げておるのにか」
「政府御用でござる。疑義があれば奥方様に申すのが筋でござろう」
「それができれば苦労はせぬわ!」

突如として猛り狂った男が、隼人の胸倉を掴んでそのまま塀の方へと押し込んだ。
力任せに隼人を跪かせ、肩口を足蹴にした。

「てめっ!なにしやが……」

草介が止めに入ろうとした瞬間、他の男たちがぐっと詰め寄ってそれを阻む。
それと同時に、隼人が手で制した。
「動くな」と目で強く語りかけていることを理解した草介は、ぐっと唇を噛んで踏み止まる。

「その言葉遣い、うぬも士分であったのであろう」

隼人を見下ろす男は、額に青筋を立てて異様な気配を放っている。
歪めた口の端がわなわなと痙攣し、血走った目をあらん限りに見開いた。

「飼われおってっ!政府の犬めが!!楯突くな!脚夫風情がっ!!」

激昂した男は、狂ったように幾度も洋靴で隼人を蹴り下ろした。

「はーさんっ!!」

草介が叫び、取り囲む男たちを突き飛ばして先ほど地面に置いたピストルに駆け寄った。
が、その手が銃に触れた瞬間、上から洋靴の足がそれを抑えつけた。

「脚夫め。撃とうとしたな……?」

男はそのまま草介を蹴り上げ、二丁の銃を仲間の方へと足で滑らせる。

「理をもって尋ねたところ、不逞の郵便脚夫らが銃を向けようとした……。したがってやむなく手打ちにいたした…」

洋装の男がさらに頬を引き攣らせて凄絶な笑みを浮かべた。

「殺せ」

男たちが懐に呑んでいた匕首を抜き、長い包みの口を解いて刀の柄を露わにする。
洋装の男が長刀を受け取り、ぬらりと抜き放った。
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