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幕 間
あやかし文化財レポート・その4
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「伊緒さん。スモークチキンのサンドイッチ、めちゃくちゃおいしかったです!」
不動山からの帰りがけ、cafe暦に寄ったわたしはまっさきにお弁当のお礼を言った。
「そう。よかった」
店長代理の伊緒さんはにっこり笑い、目の前でコーヒーをドリップしてくれた。
「マスターは元気かなあ」
伊緒さんが言うマスターとは、もちろんユラさんのこと。
ユラさんが天野へ発つまでの間、お店の仕事の引き継ぎでレクチャーを受けた伊緒さんは、すっかり彼女と意気投合したみたいだった。
マスターが不在でも、ここで伊緒さんと向かい合わせになると自然とユラさんの話題になる。
やたらイケメンなこと。
初めて会ったときはリアル宝塚かと思ったこと。
クールに見えるけどしょっちゅう玉子の仕入れ数を間違えること。
他愛もないことばかりで、改めてわたしはユラさんのことをなにも知らないのだなあと実感する。
けれど伊緒さんはbar暦でのユラさんのバーテンダー姿については見たことがないそうで、その話をするとたいへんうらやましがった。
いつか一緒に、ユラさんの整えてくれる日本酒ベースのカクテルを飲めるといいなと思う。
伊緒さんとのもう一つの話題は、やはりこの紀伊の歴史に関することだ。
かつて出版社に勤めていたという伊緒さんはフリーの歴史ライターをしていて、和歌山は旦那さんの故郷なのだそうだ。
神仏や自然がごく身近に息づくこの地域は、わたしたちのように違う土地から来た人間には特に鮮烈に感じられる。
縁があっていま紀伊で暮らす同郷のわたしたちは、やっぱり意気投合した。
誰も知り合いのいなかったこの地で、わたしにとってユラさんと伊緒さんとの出会いは、やさしい姉ができたみたいに思われたのだった。
「そうだわ、あかりちゃん。そこの棚を整理してたらこんなのが出てきて」
伊緒さんが取り出したのは、茶色の革表紙がついた古いアルバムだった。
ユラさんに聞いたら自由に見ていいとのことだったから、と言って開いてくれる。
そこには昔のcafe暦とおぼしき写真が、きっちりととじられていた。
オープン間もない頃と思われる新しい設えのお店に、時代を感じさせる服や髪型の人々。
いくつもの料理やカクテルも丁寧に写真に収められ、どうやらユラさんの先代の時に撮られたもののようだ。
と、次のページをめくろうとしたとき、ひらりと一枚の写真が落ちてきた。
拾い上げて見てみると、そこには口ひげを蓄えたバーテンダー姿の壮年男性と、カウンターチェアに腰掛けた二人の小さな女の子が写っていた。
「ユラさんだ……」
一方の女の子は見紛うはずもない。
幼いながらにきりっとした佇まいは、まさしく少女時代のユラさんに違いない。
よく見ると、口ひげのマスターもユラさんと目元や雰囲気がとてもよく似ている。
では、もう一人の女の子は?
何気なく写真を裏返すと、そこには文字が書かれていた。
人物の真裏にあたり、それぞれの名前のようだ。
少女のユラさんとおぼしきところにはやはり"橘由良"とあり、マスターには"橘宗月"の文字が。
そしてもう一人の女の子のところを見ると、
"橘白良"
そう書かれていた。
不動山からの帰りがけ、cafe暦に寄ったわたしはまっさきにお弁当のお礼を言った。
「そう。よかった」
店長代理の伊緒さんはにっこり笑い、目の前でコーヒーをドリップしてくれた。
「マスターは元気かなあ」
伊緒さんが言うマスターとは、もちろんユラさんのこと。
ユラさんが天野へ発つまでの間、お店の仕事の引き継ぎでレクチャーを受けた伊緒さんは、すっかり彼女と意気投合したみたいだった。
マスターが不在でも、ここで伊緒さんと向かい合わせになると自然とユラさんの話題になる。
やたらイケメンなこと。
初めて会ったときはリアル宝塚かと思ったこと。
クールに見えるけどしょっちゅう玉子の仕入れ数を間違えること。
他愛もないことばかりで、改めてわたしはユラさんのことをなにも知らないのだなあと実感する。
けれど伊緒さんはbar暦でのユラさんのバーテンダー姿については見たことがないそうで、その話をするとたいへんうらやましがった。
いつか一緒に、ユラさんの整えてくれる日本酒ベースのカクテルを飲めるといいなと思う。
伊緒さんとのもう一つの話題は、やはりこの紀伊の歴史に関することだ。
かつて出版社に勤めていたという伊緒さんはフリーの歴史ライターをしていて、和歌山は旦那さんの故郷なのだそうだ。
神仏や自然がごく身近に息づくこの地域は、わたしたちのように違う土地から来た人間には特に鮮烈に感じられる。
縁があっていま紀伊で暮らす同郷のわたしたちは、やっぱり意気投合した。
誰も知り合いのいなかったこの地で、わたしにとってユラさんと伊緒さんとの出会いは、やさしい姉ができたみたいに思われたのだった。
「そうだわ、あかりちゃん。そこの棚を整理してたらこんなのが出てきて」
伊緒さんが取り出したのは、茶色の革表紙がついた古いアルバムだった。
ユラさんに聞いたら自由に見ていいとのことだったから、と言って開いてくれる。
そこには昔のcafe暦とおぼしき写真が、きっちりととじられていた。
オープン間もない頃と思われる新しい設えのお店に、時代を感じさせる服や髪型の人々。
いくつもの料理やカクテルも丁寧に写真に収められ、どうやらユラさんの先代の時に撮られたもののようだ。
と、次のページをめくろうとしたとき、ひらりと一枚の写真が落ちてきた。
拾い上げて見てみると、そこには口ひげを蓄えたバーテンダー姿の壮年男性と、カウンターチェアに腰掛けた二人の小さな女の子が写っていた。
「ユラさんだ……」
一方の女の子は見紛うはずもない。
幼いながらにきりっとした佇まいは、まさしく少女時代のユラさんに違いない。
よく見ると、口ひげのマスターもユラさんと目元や雰囲気がとてもよく似ている。
では、もう一人の女の子は?
何気なく写真を裏返すと、そこには文字が書かれていた。
人物の真裏にあたり、それぞれの名前のようだ。
少女のユラさんとおぼしきところにはやはり"橘由良"とあり、マスターには"橘宗月"の文字が。
そしてもう一人の女の子のところを見ると、
"橘白良"
そう書かれていた。
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