紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート

三條すずしろ

文字の大きさ
上 下
6 / 72
幕 間

あやかし文化財レポート・その1

しおりを挟む
ピークを越えつつある桜が、風に吹かれて盛大な花吹雪を舞い上げた。

昼間の瀬乃神宮は夜とは打って変わって穏やかで、「bar 暦」もいまは「cafe 暦」の看板を出している。

先日と同じカウンターチェアに腰掛けたわたしの目の前で、由良さんがコーヒーをドリップしてくれている。
芳しくふくよかな香りは、花散る午後にぴったりな気がする。

あの悪夢のような夜の出来事は、正直いってとても現実とは思えない。
けれどわたしが目を覚ましたのは瀬乃神宮の社務所で、四方にしめ縄を張り巡らした座敷で、お医者さんと思しきお爺ちゃんが手当てをしてくれているところだった。

傍らには痛々しく包帯を巻かれた由良さんが、心配げにこちらを見下ろしていた。

「貴女がいなければ、結界は閉じられなかったわ」

彼女はそう言って、わたしを危険にさらしたことを詫びると深々と頭を下げた。

助けてもらったのはこちらなのに、わたしはなんと言っていいかわからずおろおろするばかりだった。

あのとき大鬼を斬り裂いた陵山古墳の王は、その力で再び結界を結んで異形たちの侵入を食い止めた。
王が応えたのは由良さんの祈りと、あとはわたしが夢中で鬼に向かっていった気持ちに対してなのだという。

その後あいかわらず「猿を見た」という生徒がちらほらいるけど、危険を感じた子は出ていない。
神使の猿たちは、ずっと子どもたちを怪異から守ってくれていたのだ。

「あかり先生の生徒さん、よかったわね」

由良さんがカップにコーヒーを注ぎながら、明るい声でそう言った。
いつの間にか「雑賀先生」から呼び名が変わって、少し仲良くなれた気がする。
日高さんはその後意識が戻り、もう間もなく退院できるとのことだ。
お見舞いに行ったわたしに、

「せんせえが助けてくれる夢みたんよ」

とはにかんだのを、きっと一生忘れないだろうと思う。

ドリップしたてのコーヒーをひと口含むと、春真っ盛りなのになぜか秋の光景が心に浮かぶ。
鮮紅や黄金に色づいた樹々の葉、冷たく澄んでゆく乾いた大気。

ふいに、古墳の王が振るった剣の光を思い出した。

「それで、ユラさん。お話ってなんでしょうか」

コーヒーに夢中になって忘れそうだったけど、折り入って話があるとのことで由良さんのカフェを訪ねたのだった。

「うん、そのことやねんけど……。あっ、言うてたら来やったわ」

テラスの外を見ると、駐車スペースにとんでもなく古そうな赤いミニがぽすんぽすん、と飛び込んでくるところだった。

ぼたこんっ、と不思議な音で車のドアが閉められ、すぐさまカリンコリン、とお店の扉が開けられた。

「いやあ、久々来たら迷ってもうたわあ。あっ、ぼくホットひとつなあ」

全体に自由きわまりないウェーブがかかった髪に、ひょろりとしたスーツ姿の男性。
歳の頃は……さっぱりわからない。
若そうに見えるけれど、ゆるゆるの髪の毛はみごとなロマンスグレーだ。

親しげに話しかけるのでよく知っている人なのかと思えば、由良さんはなんだかあからさまに嫌そうな、フクザツな顔をしている。

「やっ、雑賀あかり先生ですかあ?このたびはほんまにとえらいことやって。あ、ぼくこういう者ですう」

ニッコニコしながら、名刺を差し出してくる。
すっかり毒気を抜かれた思いで素直に受け取り、その文面に目を走らせた。

和歌山県教育委員会 特務文化遺産課
主任技師
刑部 佐門(おさかべ さもん)

と書いてある。
県教委……公務員…なの?

「雑賀せんせ、藪から棒で悪いんですけど。特務文化財保護……いや、長いなあ。単刀直入に、"対あやかしの文化財パトロール"、引き受けてくれませんやろかあ」

刑部と名乗った男は相変わらずニッコニコしたままで、カウンターの向こうの由良さんが「チッ」と舌打ちする音を立てた。

「………はい?」

なんのことやら分かるはずもないわたしは、それだけ言うのがやっとこさだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の追放エンド………修道院が無いじゃない!(はっ!?ここを楽園にしましょう♪

naturalsoft
ファンタジー
シオン・アクエリアス公爵令嬢は転生者であった。そして、同じく転生者であるヒロインに負けて、北方にある辺境の国内で1番厳しいと呼ばれる修道院へ送られる事となった。 「きぃーーーー!!!!!私は負けておりませんわ!イベントの強制力に負けたのですわ!覚えてらっしゃいーーーー!!!!!」 そして、目的地まで運ばれて着いてみると……… 「はて?修道院がありませんわ?」 why!? えっ、領主が修道院や孤児院が無いのにあると言って、不正に補助金を着服しているって? どこの現代社会でもある不正をしてんのよーーーーー!!!!!! ※ジャンルをファンタジーに変更しました。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

ここは貴方の国ではありませんよ

水姫
ファンタジー
傲慢な王子は自分の置かれている状況も理解出来ませんでした。 厄介ごとが多いですね。 裏を司る一族は見極めてから調整に働くようです。…まぁ、手遅れでしたけど。 ※過去に投稿したモノを手直し後再度投稿しています。

貧弱の英雄

カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。 貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。 自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる―― ※修正要請のコメントは対処後に削除します。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

処理中です...