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~元聖女の皇子と元黒竜の訳あり令嬢はまずは無難な婚約を目指すことにしました~

皇子の療養休暇 ⑧茶話会 パート1

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 他人よりはるかに多くの経験を積んできたと自認していたが、『茶話会』に出るのは初めてだと思う。

 宴と呼ばれるものには、立場上、とりわけここ数年は嫌と言うほど参加してきた。舞踏会にも慣れている。
 しかし、まさか、このような若い女性ばかりのきらびやかだが、ある意味健全なお茶会に招待客として参加することになろうとは・・・。

 薄く板状にカットされたクリスタルを組み合わせて建てられた巨大な『温室』。
 その内部に広がる、目にも鮮やかな色とりどりの花々。不快にならない程度に漂う芳香に、ほぼ透明な壁から差し込む穏やかな日差し。

 巨大な温室の中は、植物にとっても、訪問客にとっても、驚くほど快適に整えられている。おそらくいくつもの魔道具を配してあるのは間違いない。

 白い石で縁どられた通路で中央当たりまで進むと、緩やかな階段にたどり着く。階段を上ると、その先は銀色の柊の柵で囲われた高台で、巨大なウッドデッキのような広間になっている。広間の真ん中には、直径3メートルほどのドーナツ型の大理石のテーブル。その上には、様々な形と彩の軽食類が盛られたシンプルな青磁の皿が、取り分け用スプーンやサーバーを添えて、品よく配置されていた。

 中央のテーブルを取り囲むのは、20脚ほどの白いクロスで覆われた豪奢な作りのラウンドテーブルとセットと思われるイスが1脚ずつ。テーブルに並べられたティーカップ、デザート皿とデザートフォークなどのカテラリーは、どれも青一色のシンプルなものだが、明らかに極上品だ。
 そのテーブルが形作る円の前方。そこには一段高い小ステージが設けられていて、演壇と控え用のテーブルらしきものが用意されている。

 眼下に咲き乱れる花々を眺めながら、緩やかな階段をのぼると、丈の長い水色のレースエプロンとヘッドドレス姿のメイドが、招待客一人一人を、恭しくそれぞれのテーブルに案内してくれる。ためらいもせずに。

 仮面で顔半分が隠れているのに、誰が誰なのかよくわかるものだと感心する。

 おそらく、何らかのセンサーが仮面の中に仕掛けられているのだろう。

「お嬢様、こちらをお召し上がりください。特に珍しいものをお持ちしましたので。なんと、マルノザ帝国の伝統的なお菓子まで見つけました」

 案内された席で皇都でも入手しづらいほどの高級茶を飲みながら周囲をうかがっていると、『侍女』がいくつか菓子を皿にのせて持ってきてくれた。
 首をかしげて無言で問いかけると、

「夫人がいらっしゃる前に、ある程度は腹ごしらえをしておくのが、暗黙のルールとなっているそうです。お茶はお話の途中でいただいてもいいそうですけど、さすがに勉強会の間は食事は控えるのがマナーだとか」

と、説明してくれる。

「常連らしい侍女たちに聞いてきました。まあ、いろいろと」

 ここに案内されてからまだ10分足らず。いつもながらの社交性を発揮して、彼女はすでに情報収集に励んできたらしい。

「どうやら、『お嬢様』は、かなり注目されているようですよ。皆さん、噂が本当かどうか気になっているようで」

「噂?」

「エレノアお嬢様が、アルフォンソ殿下を射止めた令嬢だという噂です」

 空になったカップに、湯気の立つ~たぶん保温性を付加した魔道具なのだろう~サーバーからお茶を継ぎ足しながら、笑顔で告げる。

「それにしても、そのドレス、思った以上によく似合っておられます。わざわざ実家に無理を言って取り寄せたかいがございましたわ」

 どうやら、幸いなことに、令嬢の名前までは伝わっていないようだ。それとも、王があえて隠してくれたのか。

 誉め言葉は無視することにして、持ってきてくれたお菓子をゆっくりと味わう。
 確かに見たことがない菓子だ。柔らかな口当たり。ほのかにバラの花のような香りがする。こちらのケーキの方は、かんきつ類が練りこまれているようだ。

 花々に囲まれた美しい場所で開催される、女性だけの茶話会。お茶も上々。お菓子も高級品。若い女性がいかにも喜びそうなセッティング。
 次々と現れる招待客。仮面を付けたご令嬢たちが、なごやか午後のお茶を楽しんでいる。

 さすが、辺境伯夫人が主催する茶話会だ。前座だけでも十分に楽しめるように配慮されている。

 まあ、着飾った令嬢たちが一様に顔半分を覆う仮面をつけているのが、異様と言えば異様だが。
 仮面で容貌がわからない女性たちにちらちらとみられているのは、あまり居心地がいいものではない。

「あら、あれは、たぶん、ディラン公爵令嬢ですね。侍女は見たことがあります。あちらは、サモワール子爵のお嬢様かと。あの髪の色と髪型は独特でいらっしゃいますもの」

 会話に応じる気配もない主人にめげることなく、侍女は興味津々にあたりを眺めては、解説をし続けた。

 アマリアーナ・サリナス辺境伯夫人が現れたのは、すべての席が埋まってしばらくしてからだった。
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