46 / 61
~元聖女の皇子と元黒竜の訳あり令嬢はまずは無難な婚約を目指すことにしました~
皇子の療養休暇 ②エレノア
しおりを挟む
上位貴族として完璧な礼をとりつつも、エレノアは心底当惑していた。
父から預かってきた見舞いの品はすでに侍従に渡している。アルフォンソ皇子にシャルからの品を手渡して、さっさとお暇するつもりだったのだが。
「面をあげよ、ビーシャス公爵令嬢。遠方よりはるばる大儀であった。我が息子アルフォンソへの心使い、父として礼を言おう」
王室付の侍女らしき女性が退出するとすぐに、名実ともに大陸一の大国、ローザニアン皇国の皇王アルメニウス・エイゼル・ゾーンは、上座に坐したまま、壮大な口調で告げた。
「もったいなきお言葉でございます」
エレノアは、つつましやかに伏し目がちに言葉を返した。内心の葛藤はおくびも出さずに。
「して、父君、ビーシャス公はどうなされた?」
恐れていた通り、極めて当然のこととしての問いかけに、エレノアは覚悟を決めた。
「まことに申し訳ございません。本来ならば、我が父、ビーシャス公が直接お伺いするのが筋でございましょう。されど、不調法のせいか、長旅が堪えたようで、体調を崩しております。ゆえに、失礼は重々承知しておりますが、私が名代としてお伺いした次第でございます」
王宮に向かう際、エレノアとて、立場上、形だけでも皇子の見舞いに同行するべきではないかと、父に言いはしたのだ。
それに対する父の答は、『お前に任せる』だった。
父、ビーシャス公爵は現ブーマ国王の実の叔父にあたる。前国王の婚外子であるチャスティス王より、混じりけのない高貴な出である自分の方が国を治めるにふさわしいと、常日頃、仲間内で豪語してもいる。
ならば、こういう機会にこそ、それ相応の礼を尽くして、皇国に個人として良き心証を与えておくべきではないのか?とエレノアは思うのだが。
わが父ながら浅慮な男だ。そんなふうだから、王位を、父に言わせると、どこの馬の骨かもわからぬよそ者にかっさらわれたのだ。
そんなわけで、エレノアは、父を叔母の屋敷に残して、一人で~もちろん侍女や護衛は同行したが~見舞いにかこつけて皇子に会いに王宮へ来たのだが。
まあ、父が今、体調を崩して起きられないというのは、全くのウソではない。祝いの宴で飲み過ぎて、今朝も二日酔いでうなっていたのだから。
「気遣いは無用だ。公爵には、心行くまでわが国での滞在を楽しんでほしい」
王は鷹揚な笑みを浮かべたまま、続けた。
「此度のこと、我が国としては、なんらブーマ王国に含むことはない。むしろ、多大なるご迷惑をかけたと思っておる。本来なら、正式な手順で謝罪すべきところではあるが、王族への暗殺未遂など、公にすることはできぬ。我が息子アルフォンソを救うための御尽力を心より感謝しておると、このアルメニウス一世、チャスティス・ブーマ殿にはすでに伝えておる」
つまり、皇国側としては、現ブーマ国王と今後も良好な関係を築いていくことを重視するので、ビーシャス公の非礼を、問題視する気はないということか。
エレノアはとりあえずホッとした。が、同時に疑問が沸き上がる。
なら、なぜ、王が直々に、わざわざこの部屋に?
自分が面会する予定だったのは、友人の想い人、あの不愛想な皇子殿下一人であったはずなのに?
つつましやかな笑顔で王の話を聞きながら、彼女は、ほんの一か月前に起こった惨劇を思い出していた。
* * * * *
表敬訪問中のローザニアン第二皇子がブーマ国内で暗殺されかけるという、下手をすれば国家間の争いにまで発展する可能性があった大事件。それが起こったのが、つい1か月ほど前のこと。
エレノアには、皇国と自国で行われたであろう取り決めの仔細はわからない。
国内で発表されたのは、差しさわりのなさそうな単純すぎる事柄のみ。
すなわち、ブーマ国内に入り込んだ賊が、皇子を亡き者にしようと歓迎の宴で爆弾をしかけたが、皇子自らの手によって返り討ちにあったと。
あれは酷い事件だった。何を隠そう、エレノア自身もその惨劇を目にした当事者であり、親しい令嬢の一人が死にかけたのだから。
あの爆破事件だけでも、平和な小国『ブーマ王国」では一大事件だったのだが、実際は、あの事件は、暗殺計画の序盤に過ぎなかったらしい。
その後に起こった『真の暗殺計画』の詳細を知っているのは、国のトップだけだろう。
王家の傍系の侯爵令嬢であるエレノア自身、大したことを知っているわけではない。皇子とともに一連の事件の渦中に在ったもう一人の人物、シャル・ベルウエザー子爵令嬢からいくらか聞き及んでいる程度だ。
世間一般では、事件の際、皇子は多少の傷を負ったが、10日前には無事に帰国し、現在、皇国内で療養中である、という認識になっている。
今なお事件の真相は、調査中であり、皇国側とブーマ王国側が協力して事に当たっているのは間違いない、とエレノアは思っている。
* * * *
今回、エレノアがビーシャス公に連れられて皇都へやってきた主な理由は、皇国貴族へ嫁いだ叔母の出産祝いという、極めて私的なものだ。
皇都へ行くのだから、ついでに、もう一週間以上も顔を見ていない~魔道具での文通はほぼ毎日していたようだが~愛しい皇子に、自ら手作りした贈り物を届けてくれないかという、シャルの願いにほだされ、らしからぬ親切心を出したのがまずかった。
ま、もともと、『皇国には、結ばれたい相手に、手作りの品をその誕生月を著す色の箱に入れて贈る風習がある』等と教えて、彼女にやる気をおこさせてしまったことに、責任を感じていたし。
今や友達となった二人だが、初対面の舞踏会で皇子の無礼な態度に腹を立てて、シャルに八つ当たり的な態度をとったことを、エレノアは未だに引け目に思っていたせいもある。
シャルを通して面会の手はずは整えていた。
エレノアとしては、皇子に『贈り物』を渡すだけの簡単な用事のはずだった。ま、面会の場所が王宮なのは、いささか、気にはなったが。
なのに、なんでこんなことに?
わざわざ、王が出向いてきた理由は何だろう?皇都へ来たのに、公爵が皇子の見舞いに顔を出さないのが気に食わないってことでないのなら?
用向きを告げたら、なぜか、一人、奥の謁見の間に通された。
皇子を待つはずが、皇子ではなく、ローザニアン国王が供もつれずに待ち受けていたなんて。
「公は噂通り、しっかりした、よき娘御をお持ちのようだ。その容姿、その立ち振る舞い。どこの社交界でも評判になろう。知っておられるか?内々にではあるが、そなたは、第二皇子の正妃候補の筆頭に上がっておったのだ」
エレノアは、思わず王を凝視してしまう。
金髪碧眼の美しくも威厳に満ちた皇国の支配者を。
形だけの笑みを浮かべた王は、エレノアを値踏みするように見据えていた。
上がっておった、か。過去形ということは、すでにそうではないと言う意味だ。
家柄、美貌、教養の面で判断すれば、自分が筆頭に上がっていたこと自体は、なんら不審な点はない。
エレノア自身に、あの慇懃無礼な美貌の皇子と結婚する気は全くないが。
* * * * *
『アルフォンソ様が喜んでくださるといいのだけど』
アルフォンソ皇子の生まれは赤の月。
リボンの掛けられた赤い箱、『手作りの贈り物』を託しに来た時の、無邪気な顔が目に浮かんだ。
肩のあたりで緩く結んだちょっと癖のある見事な銀髪。眼鏡の奥の、長い瞼に縁どられた琥珀の瞳に浮かぶ得意げな色。わずかに口角が上がったピンクの唇。
母親のように目の覚めるような美人ではないが、パーツそのものは整っているし、愛嬌のある顔立ちだ。愛らしいという形容詞がぴったりする容姿だと思う。
逢う度に思うのだ。
この可憐な容姿であのバカ力は、詐欺じゃないだろうか、と。
* * * * *
「アルフォンソめ、自分で相手を探してきよった」
「殿下が?それはおめでとうございます」
王の突然の言葉を不審に感じながらも、エレノアはさも驚いたという表情を取り繕う。
「相手は其方の国の貴族令嬢だ。入り婿になるから廃嫡してくれと言われて、困っておる」
「まあ・・・。殿下は情熱的でいらっしゃるのですね」
情熱的って、あの無配慮無表情皇子からは、一番遠い形容詞だと思うけど、と心の内で毒づく。
それにしても、なぜ、私にこんな内輪の話を?
皇子がどこまで想い人のことを話しているのかわからない。迂闊に探りは入れられない。
懐に携えた小さな箱のことを意識する。
どちらにしても、皇子との約束の時刻はとうに過ぎている
やはり、ここは適当な理由をつけて、出直すべきだろう。
実際に会わないことには、皇子の反応をきっと聞きたがる彼女に報告できないし。
相手の目的が分からない以上、長居して余計な情報を与えるのは得策ではない。
無難に引き上げるにはどうするべきか逡巡していると、国王が、コホンと咳ばらいをした。
「そなた、ベルウエザー子爵令嬢とは知り合いと聞いておるが、まことか?」
「リーシャルーダ・ベルウエザー嬢は確かに私の知己ではありますが」
おや?
エレノアは心の中で首をかしげていた。
今まで淡々と言葉を連ねていた王の声音に、突然、懸念のようなものを感じたのだ。
「率直に聞く。ベルウエザー子爵令嬢とは、そなたの目から見て、どのような女性なのだ?」
これは、もしかして、親として、息子の恋人について、知りたいってこと?
相変わらずあまり表情は変わらないが。
「ベルウエザー子爵夫妻のことは、ある程度はわかっておる。なのに、令嬢については、どんなに調べさせても、名前以外、ほとんど情報が得られぬ。社交界では、名前さえ知られていないようだ」
「ベルウエザー領は王都から遠く離れた辺境地でございます。そのため、あの皇子殿下の歓迎の宴が、ベルウエザー嬢の社交界デビューでございました」
そう。あの舞踏会が、エレノアと彼女の初対面でもあった。ほんの一か月ほど前のことなのに、今ではかなり昔のことのように思える。
「そなたが話していいと思う範囲でかまわぬ。令嬢とその一族について話してはくれまいか?」
真剣に身を乗り出している相手に、エレノアは、あくまで私見ですが、と断りを入れてから、口を開いた。
* * * * *
「申し訳ない。エレノア嬢」
取次ぎもなく扉が開いたかと思うと、アルフォンソが珍しく焦った様子で飛び込んで来た。
「遅かったな、アルフォンソ」
「陛下!?なぜ、ここに?」
父王の姿に、アルフォンソは本当に驚いたようだった。
慌てて礼を取ろうとした拍子に、抱えていたらしい荷物がばさりと床に落ちた。
父から預かってきた見舞いの品はすでに侍従に渡している。アルフォンソ皇子にシャルからの品を手渡して、さっさとお暇するつもりだったのだが。
「面をあげよ、ビーシャス公爵令嬢。遠方よりはるばる大儀であった。我が息子アルフォンソへの心使い、父として礼を言おう」
王室付の侍女らしき女性が退出するとすぐに、名実ともに大陸一の大国、ローザニアン皇国の皇王アルメニウス・エイゼル・ゾーンは、上座に坐したまま、壮大な口調で告げた。
「もったいなきお言葉でございます」
エレノアは、つつましやかに伏し目がちに言葉を返した。内心の葛藤はおくびも出さずに。
「して、父君、ビーシャス公はどうなされた?」
恐れていた通り、極めて当然のこととしての問いかけに、エレノアは覚悟を決めた。
「まことに申し訳ございません。本来ならば、我が父、ビーシャス公が直接お伺いするのが筋でございましょう。されど、不調法のせいか、長旅が堪えたようで、体調を崩しております。ゆえに、失礼は重々承知しておりますが、私が名代としてお伺いした次第でございます」
王宮に向かう際、エレノアとて、立場上、形だけでも皇子の見舞いに同行するべきではないかと、父に言いはしたのだ。
それに対する父の答は、『お前に任せる』だった。
父、ビーシャス公爵は現ブーマ国王の実の叔父にあたる。前国王の婚外子であるチャスティス王より、混じりけのない高貴な出である自分の方が国を治めるにふさわしいと、常日頃、仲間内で豪語してもいる。
ならば、こういう機会にこそ、それ相応の礼を尽くして、皇国に個人として良き心証を与えておくべきではないのか?とエレノアは思うのだが。
わが父ながら浅慮な男だ。そんなふうだから、王位を、父に言わせると、どこの馬の骨かもわからぬよそ者にかっさらわれたのだ。
そんなわけで、エレノアは、父を叔母の屋敷に残して、一人で~もちろん侍女や護衛は同行したが~見舞いにかこつけて皇子に会いに王宮へ来たのだが。
まあ、父が今、体調を崩して起きられないというのは、全くのウソではない。祝いの宴で飲み過ぎて、今朝も二日酔いでうなっていたのだから。
「気遣いは無用だ。公爵には、心行くまでわが国での滞在を楽しんでほしい」
王は鷹揚な笑みを浮かべたまま、続けた。
「此度のこと、我が国としては、なんらブーマ王国に含むことはない。むしろ、多大なるご迷惑をかけたと思っておる。本来なら、正式な手順で謝罪すべきところではあるが、王族への暗殺未遂など、公にすることはできぬ。我が息子アルフォンソを救うための御尽力を心より感謝しておると、このアルメニウス一世、チャスティス・ブーマ殿にはすでに伝えておる」
つまり、皇国側としては、現ブーマ国王と今後も良好な関係を築いていくことを重視するので、ビーシャス公の非礼を、問題視する気はないということか。
エレノアはとりあえずホッとした。が、同時に疑問が沸き上がる。
なら、なぜ、王が直々に、わざわざこの部屋に?
自分が面会する予定だったのは、友人の想い人、あの不愛想な皇子殿下一人であったはずなのに?
つつましやかな笑顔で王の話を聞きながら、彼女は、ほんの一か月前に起こった惨劇を思い出していた。
* * * * *
表敬訪問中のローザニアン第二皇子がブーマ国内で暗殺されかけるという、下手をすれば国家間の争いにまで発展する可能性があった大事件。それが起こったのが、つい1か月ほど前のこと。
エレノアには、皇国と自国で行われたであろう取り決めの仔細はわからない。
国内で発表されたのは、差しさわりのなさそうな単純すぎる事柄のみ。
すなわち、ブーマ国内に入り込んだ賊が、皇子を亡き者にしようと歓迎の宴で爆弾をしかけたが、皇子自らの手によって返り討ちにあったと。
あれは酷い事件だった。何を隠そう、エレノア自身もその惨劇を目にした当事者であり、親しい令嬢の一人が死にかけたのだから。
あの爆破事件だけでも、平和な小国『ブーマ王国」では一大事件だったのだが、実際は、あの事件は、暗殺計画の序盤に過ぎなかったらしい。
その後に起こった『真の暗殺計画』の詳細を知っているのは、国のトップだけだろう。
王家の傍系の侯爵令嬢であるエレノア自身、大したことを知っているわけではない。皇子とともに一連の事件の渦中に在ったもう一人の人物、シャル・ベルウエザー子爵令嬢からいくらか聞き及んでいる程度だ。
世間一般では、事件の際、皇子は多少の傷を負ったが、10日前には無事に帰国し、現在、皇国内で療養中である、という認識になっている。
今なお事件の真相は、調査中であり、皇国側とブーマ王国側が協力して事に当たっているのは間違いない、とエレノアは思っている。
* * * *
今回、エレノアがビーシャス公に連れられて皇都へやってきた主な理由は、皇国貴族へ嫁いだ叔母の出産祝いという、極めて私的なものだ。
皇都へ行くのだから、ついでに、もう一週間以上も顔を見ていない~魔道具での文通はほぼ毎日していたようだが~愛しい皇子に、自ら手作りした贈り物を届けてくれないかという、シャルの願いにほだされ、らしからぬ親切心を出したのがまずかった。
ま、もともと、『皇国には、結ばれたい相手に、手作りの品をその誕生月を著す色の箱に入れて贈る風習がある』等と教えて、彼女にやる気をおこさせてしまったことに、責任を感じていたし。
今や友達となった二人だが、初対面の舞踏会で皇子の無礼な態度に腹を立てて、シャルに八つ当たり的な態度をとったことを、エレノアは未だに引け目に思っていたせいもある。
シャルを通して面会の手はずは整えていた。
エレノアとしては、皇子に『贈り物』を渡すだけの簡単な用事のはずだった。ま、面会の場所が王宮なのは、いささか、気にはなったが。
なのに、なんでこんなことに?
わざわざ、王が出向いてきた理由は何だろう?皇都へ来たのに、公爵が皇子の見舞いに顔を出さないのが気に食わないってことでないのなら?
用向きを告げたら、なぜか、一人、奥の謁見の間に通された。
皇子を待つはずが、皇子ではなく、ローザニアン国王が供もつれずに待ち受けていたなんて。
「公は噂通り、しっかりした、よき娘御をお持ちのようだ。その容姿、その立ち振る舞い。どこの社交界でも評判になろう。知っておられるか?内々にではあるが、そなたは、第二皇子の正妃候補の筆頭に上がっておったのだ」
エレノアは、思わず王を凝視してしまう。
金髪碧眼の美しくも威厳に満ちた皇国の支配者を。
形だけの笑みを浮かべた王は、エレノアを値踏みするように見据えていた。
上がっておった、か。過去形ということは、すでにそうではないと言う意味だ。
家柄、美貌、教養の面で判断すれば、自分が筆頭に上がっていたこと自体は、なんら不審な点はない。
エレノア自身に、あの慇懃無礼な美貌の皇子と結婚する気は全くないが。
* * * * *
『アルフォンソ様が喜んでくださるといいのだけど』
アルフォンソ皇子の生まれは赤の月。
リボンの掛けられた赤い箱、『手作りの贈り物』を託しに来た時の、無邪気な顔が目に浮かんだ。
肩のあたりで緩く結んだちょっと癖のある見事な銀髪。眼鏡の奥の、長い瞼に縁どられた琥珀の瞳に浮かぶ得意げな色。わずかに口角が上がったピンクの唇。
母親のように目の覚めるような美人ではないが、パーツそのものは整っているし、愛嬌のある顔立ちだ。愛らしいという形容詞がぴったりする容姿だと思う。
逢う度に思うのだ。
この可憐な容姿であのバカ力は、詐欺じゃないだろうか、と。
* * * * *
「アルフォンソめ、自分で相手を探してきよった」
「殿下が?それはおめでとうございます」
王の突然の言葉を不審に感じながらも、エレノアはさも驚いたという表情を取り繕う。
「相手は其方の国の貴族令嬢だ。入り婿になるから廃嫡してくれと言われて、困っておる」
「まあ・・・。殿下は情熱的でいらっしゃるのですね」
情熱的って、あの無配慮無表情皇子からは、一番遠い形容詞だと思うけど、と心の内で毒づく。
それにしても、なぜ、私にこんな内輪の話を?
皇子がどこまで想い人のことを話しているのかわからない。迂闊に探りは入れられない。
懐に携えた小さな箱のことを意識する。
どちらにしても、皇子との約束の時刻はとうに過ぎている
やはり、ここは適当な理由をつけて、出直すべきだろう。
実際に会わないことには、皇子の反応をきっと聞きたがる彼女に報告できないし。
相手の目的が分からない以上、長居して余計な情報を与えるのは得策ではない。
無難に引き上げるにはどうするべきか逡巡していると、国王が、コホンと咳ばらいをした。
「そなた、ベルウエザー子爵令嬢とは知り合いと聞いておるが、まことか?」
「リーシャルーダ・ベルウエザー嬢は確かに私の知己ではありますが」
おや?
エレノアは心の中で首をかしげていた。
今まで淡々と言葉を連ねていた王の声音に、突然、懸念のようなものを感じたのだ。
「率直に聞く。ベルウエザー子爵令嬢とは、そなたの目から見て、どのような女性なのだ?」
これは、もしかして、親として、息子の恋人について、知りたいってこと?
相変わらずあまり表情は変わらないが。
「ベルウエザー子爵夫妻のことは、ある程度はわかっておる。なのに、令嬢については、どんなに調べさせても、名前以外、ほとんど情報が得られぬ。社交界では、名前さえ知られていないようだ」
「ベルウエザー領は王都から遠く離れた辺境地でございます。そのため、あの皇子殿下の歓迎の宴が、ベルウエザー嬢の社交界デビューでございました」
そう。あの舞踏会が、エレノアと彼女の初対面でもあった。ほんの一か月ほど前のことなのに、今ではかなり昔のことのように思える。
「そなたが話していいと思う範囲でかまわぬ。令嬢とその一族について話してはくれまいか?」
真剣に身を乗り出している相手に、エレノアは、あくまで私見ですが、と断りを入れてから、口を開いた。
* * * * *
「申し訳ない。エレノア嬢」
取次ぎもなく扉が開いたかと思うと、アルフォンソが珍しく焦った様子で飛び込んで来た。
「遅かったな、アルフォンソ」
「陛下!?なぜ、ここに?」
父王の姿に、アルフォンソは本当に驚いたようだった。
慌てて礼を取ろうとした拍子に、抱えていたらしい荷物がばさりと床に落ちた。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜
himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。
えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。
ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ!
★恋愛ランキング入りしました!
読んでくれた皆様ありがとうございます。
連載希望のコメントをいただきましたので、
連載に向け準備中です。
*他サイトでも公開中
日間総合ランキング2位に入りました!
宮廷魔術師のお仕事日誌
らる鳥
ファンタジー
宮廷魔術師のお仕事って何だろう?
国王陛下の隣で偉そうに頷いてたら良いのかな。
けれども実際になってみた宮廷魔術師の仕事は思っていたのと全然違って……。
この話は冒険者から宮廷魔術師になった少年が色んな人や事件に振り回されながら、少しずつ成長していくお話です。
古めのファンタジーやTRPGなんかの雰囲気を思い出して書いてみました。
【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。
なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。
本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる