笑わない(らしい)黒の皇子の結婚~元聖女の皇子の強すぎる執着を元黒竜の訳あり令嬢は前向きに検討することにしました~

HarukaR

文字の大きさ
上 下
33 / 61

33. エルサ、語る

しおりを挟む
「そもそも、あなた方はいろいろ思い違いをされておられたのです。魔王に関して。あるいは、この世界のことわりに関して。えっと、元勇者様」

「エクセルでかまわない。敬語も不要だ」

 言葉を切ったエルサに、エクセルが言った。

「じゃ、遠慮なく」と、エルサが砕けた様子で座りなおした。

 エクセルは、剣を納め、差し向かいに座って腕を組み、拝聴体制になっている。
 話が本当に聞きたいなら座った方がいいというエルサのアドバイスに従ったのだ。

「まず、はっきりと言っておくわ。私は魔王の力の一部だけど、魔王そのものじゃないわ。大体ね、『魔王』とあなた達が呼んでいた者は、いわば『穢れ』に支配された術師のなれの果てよ。『魔王』つまり魔の王と呼ぶこと自体が、おかしいのよ」

「魔と言うのは、世界を滅ぼそうとする悪ではないのか?」

 元勇者エクセルの疑問に、エルサは大きくかぶりを振った。

「その理論の根底そのものが間違ってるって言ってるの。本来、魔と言うのは、闇の魔力を持つ、あるいはその影響を大きく受ける存在のこと。古来、人は、闇の属性を持つ生き物全般を魔物と呼び、その中でも人間に近い理知的な種族を魔族と呼んできた。闇とは、この世界に存在する力の属性の一つに過ぎない。闇あるいは魔そのものが、あなた達人間が定義するところの『悪』ではないのよ。光の属性を持つ者が、必ずしも善でないのと同様に。ただ、闇の力が『穢れ』を取り込みやすいのは事実。そして、『穢れ』を取り込んで変質した闇の力の奔流を、あなた方は瘴気と呼んでいる」

「では、穢れというものが悪なのか?この世界を害しようとする力なのか?」

 エルサは、思いもかけなかった話に当惑を隠せないでいるエクセルを見やった。

「『穢れ』は、あなた達人間風に言えば、この世界に生まれた負の感情が生み出す破壊衝動ってとこかしら。だったら、『穢れ』を一番生み出してきた生き物は、何だと思う?」

「たぶん・・・人間だ」

 エクセルが渋々といった様子で認めた。

「その通り。人間ほど、感情的で勝手な生き物は他にいない。人間は他の生き物をいとも簡単に害する。ただ見た目が悪いから、自分たちの邪魔になるから。たとえば、地面を這う、ちっぽけで無害なダニ。彼らは、見た目が気持ち悪いから殺してもいい。花壇に生えた雑草は、美観を損ねるから抜くのが当たり前。大部分の人間にとって、自分たち以外の生き物の命なんて大した意味がないわけよ。おまけに、その異常に強い危険回避本能のせいで、自分たちを脅かす存在、脅かす可能性が少しでもある存在に対しては、類のない攻撃性を示す。つまり、そうなる前に消し去っておこうと考えるってこと。昔から、多くの生き物が、人間を害する可能性が少しでもありと判断されるやいなや、容赦なく処分されてきた。住処すみかを奪われて人里に迷い込んだ魔物の親子は、殺すべき存在なのよ。その意図がどうであれ。魔物である、それだけの理由で殺すには十分なの。それが人間の常識。あ、一つ訂正。人間は人間同士でも同じように殺しあうこともあるわね。この理論は人間間でも適用可ってことかしら」

 エルサは、独りで突っ込むと、頷いて話を続ける。

「人間以外の生き物は、そんな理由では、他の生き物を殺したりしないし、殺しあったりも基本的にはしない。彼らの多くは人間に比べれば極めて単純。生きるために、生き残るために殺す。それだけ。それに、人間以外のほとんどの生き物は、たとえ理不尽に命を奪われても、事実として甘受する。だから『穢れ』を生み出すことはめったにない。運命の理不尽さを恨み、他人を妬むのも、人間の特性の一つ。恨みや妬みから多くの『穢れ』が生じ、その『穢れ』が瘴気を作り出す。瘴気は多くの魔物を凶暴な化け物に変えてしまう。瘴気に支配された魔物は、人間をはじめとする、自分以外の存在を襲いだす。それは更なる悲劇を生み出し、人間は魔物そのものを敵視して躊躇なく殺す。いつの頃からか、人間たちは、魔を、魔物を、滅ぼすべき悪そのものと考えるようになったわけ。とりわけ、魔族への蹂躙はひどかったわ。高い知性を持つ魔族の中には、人間への恨みから凶行に走る者もあらわれた。えっと、人間に近い存在になったって言えるのかしらね。これって、一種の負の連鎖っていうのかしら?」

 あくまで事実を述べているだけのエルサの淡々とした話に、エクセルは何も言えずに唇を噛んだ。

「あなた達が『魔王』と呼んだ男は、自分が受けた非道な仕打ちを我慢できなかった。運命を恨み、その元凶を恨み、この世界の理不尽さに復讐しようと、分不相応の力を欲した。その挙句、取り込んだ瘴気に自我まで飲み込まれて、ついには『穢れ』の意志そのものと化した。生あるものすべてに対する破壊衝動そのものに。彼本来の目的も見失ってね。私が言うのも変だけど、ある意味、かわいそうな男だったわ」

「俺たちが、『伝説の勇者一行』が、やったことは間違っていたのかな?」

「まさか。あなたたちが命がけでやったことは、人間たちにとっても、この世界にとっても、この上もなく大正解」

 エクセルの苦しげな言葉を、エルサは軽く手を振って否定した。

「依り代の消滅により行き場を無くした強大な『穢れ』の塊を、次元の狭間に封じ込める。あれは、あの時点では、世界を救う最善の方法だった。方向性を失った破壊の力は、放置するには危険すぎた。実際、死の瞬間、正気を取り戻したあの男は感謝したのよ、あなた達に」

「あの魔王が?」

 驚愕とするエクセルに、エルサは頷いてみせた。

「あなたたちは確かに世界を救ったの。そこは、自慢していいところよ」

「そうか」

 安堵を浮かべたエクセルの顔を、エルサは面白そうに眺めた。

 勇者だった男も、幾度かの転生を経て随分と変わってしまったようだ。
 魔王を倒した『偉大なる伝説の勇者』金色のマリシアス。魔王の目に映っていた宿敵としてのマリシアスは、自分の正当性に微塵の疑いも抱かない、正義に凝り固まった騎士だった。

「ただ、その後が問題だったようね。私には、詳しい事情はわからないけど。推測するに、黒竜は人間たちに殺されたってことよね?」

 エクセルは、こみ上げてくる苦い思い、悲しみとも後悔ともつかない思いに、目を伏せた。
 彼の、『金の勇者マリシアス』の死後に作り上げられた『伝説』とは異なる、悔やんでも悔やみきれないはるか昔の真実を噛みしめながら。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...