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211 推しと長い恋の話
しおりを挟む「サルマ殿。忙しい所、時間を作って頂き感謝する」
「いえ、こちらこそ急な帰国になり申し訳無い」
談話室に入ると、サルマが一人で、バランモス公爵の姿はまだ無かった。
俺とテオは話し相手として、サルマの功績などを質問して談笑する。
テオが憧れていたと言うのは本当の様で、どちらも楽しそうに会話しているのを、俺は微笑んで見ている。
「すまない。遅くなった」
少しして、バランモス公爵が現れると、給仕や護衛も外へ出された。
何か深刻な話でもあるんだろうか…?
「サルマ殿、忙しい中、時間を取って貰い感謝する」
「いえ、こちらこそ」
簡単な挨拶を済ませ、バランモス公爵はテオと俺を見る。
「テオドール。ギル殿。今から私が話す事は、どうか他言無用で」
「もちろんです」
テオがそう答え、俺も静かに頷く。
俺とテオの役割は、二人の会談の見届けでもあるからね。
今からは黙って二人の会話を聞くだけだ。
「…さて。サルマ殿。こちらをあなたにお返ししなければなりません」
バランモス公爵は、スッとテーブルの上にシルクのハンカチに包まれた何かを差し出した。
サルマは中身を確認すると、息を呑む。
(勲章の様な…)
なんだろうと見ていると、テオも息を呑んだのが分かる。
何か凄いモノなんだろうか…。
「…ラッカルの騎士に与えられる中で、最も名誉であるとされる勲章。ですね?」
「…ええ」
ですねって、バランモス公爵のモノでは無い様な言い振りだな。
「妻が…。ヌハリが亡くなる時に、あなたに返して欲しいと」
「!!」
奥様って事だよね?
サルマとヌハリ夫人って、何か関係があったって事?
「こちらは、ラッカルでは意中の方へ贈る風習があるとお聞きした」
意中ってもしかしてもしかするの?
そう思っていると、サルマはスッと立ち上がり、その場に片膝をついてバランモス公爵に頭を下げた。
「…っ。申し訳ございません」
おおおおお!?
もしや修羅場なのか!?
内心ヒヤヒヤしていると、バランモス公爵は気にする事無く会話を続ける。
「どうぞ頭を上げて、椅子へ。そして、どうか答えて欲しい。あなたはヌハリにどの様な感情でこちらを贈ったのか」
「…」
サルマはゆっくりと立ち上がり、腰掛けたが、表情は硬く黙り込む。
うん、言い辛いよね。
チラリとバランモス公爵を見ると、予想に反して、とても穏やかな顔をしていた。
「…ヌハリは、政略結婚の一つとして帝国へ輿入れになった。若くしてその重責を背負う青年に、憧れの騎士が同情で渡したのか?それとも、彼の気持ちが煩わしく、少しでも気を逸らすために…」
「いいえ!」
サルマが声を上げる。
その状態でも、バランモス公爵は穏やかな顔をしていて、これは嫉妬や非難では無いのだと気付く。
「…いいえ。私は…。私が弱く卑怯だったのです。…私は。私はヌハリ様をお慕いしておりました。どうか。どうか勲章だけでもお側にと…」
ああ、やはり。
俺は二人のやり取りを見て、二つの悲恋があったのだと。
どちらも両片思いで、それでも国の為に諦めた時代だったのだと胸が痛くなった。
「…私とヌハリの間には、政略結婚ではあったが、しっかりと愛情が育っていた」
淡々と、それでいて穏やかな声でバランモス公爵は語り出す。
サルマも静かに聴いていた。
「しかし、その愛情は恋愛では無い。家族としての愛情であった。それでも、ヌハリは国と私の事を考え、元々病弱でありながらも二人の子供を産んでくれた。私が産んでも良かったと言うのに、私が妻役をする事を周りは良く言わないと、彼も分かっていたのだ。…おかしな時代だった」
妻役は女装する様な、変な風習もまだ残っているものね。
皇帝の弟なら、嫁と言う立場は尚の事難しかったのだろう。
「それでも、私達は強い絆で結ばれていた。…同志と言うのだろうか」
そう言って、少し悲しそうな目で、バランモス公爵はサルマを見る。
「サルマ殿。そちらのハンカチを広げて見て欲しい」
「…?…っこれは…!」
広げれらたシルクのハンカチには、四分の一にとても美しい刺繍が施されていた。
薄い水色のシルクに、金とブルーの刺繍…。
この色は、サルマの髪と瞳の色でもある。
「…ヌハリが亡くなる前。ひと針ひと針、丁寧に縫っていた。最愛の方への贈り物だ」
「!!」
サルマは目を見開いてバランモス公爵を見つめる。
「もう長くは無いと悟ったヌハリは、私にこの刺繍を縫わせて欲しいと頼んできた。もちろん子供達へ接する事を優先していたが、空いた時間に懸命に縫っていたよ。そして、最後にこれを渡して欲しいと私に頼んだのだ」
悲しそうに、それでいて慈悲深い表情で、バランモス公爵は続ける。
「あなたが、ヌハリと同じ想いを持っていていくれて、良かった」
「…!!」
サルマはハンカチを握り締め、涙がこぼれそうになるのを必死で我慢していた。
「…なぜ。なぜ閣下はそのような寛大な心を…」
確かに政略結婚とは言え、妻が思い人を死ぬまで思っていたって、結構な話だよね。
それに協力までしているんだから、サルマがそう思うのも無理は無い。
「言っただろう?私もヌハリも同志だったと」
そう言うと、バランモス公爵は少し悲しそうに笑う。
「私もヌハリも…。憧れの騎士に、叶わぬ恋をしていたのだ。長い間。ずっと」
「騎士…」
流石にヌハリも何かに気が付いた様で、驚愕の顔をしているが、バランモス公爵はこれで話は終わりだと給仕や護衛に声を掛ける。
「我が国の失態により迷惑を掛けた…。そちらに向かう者を、よろしく頼む」
誰とは言わなかったが、バランモス公爵はそれだけ告げると、護衛と共に部屋を後にする。
俺とテオも席を立ち、婚約パーティーへの礼を終えると部屋へ戻る。
「…こうやってギルと共になれる事に、感謝しないといけないな」
長い廊下で、テオに優しく腰を抱かれながら俺もそう思ったと頷く。
本当に、長い。
長い恋をしていたんだな。
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