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123 推し達の記憶
しおりを挟むドンク公爵のマントに悶々としながら、俺はジェレミー兄様達の会話を盗み聞きする。
『…君の母上に求婚した私を、ダンスの相手に選んでくれたセルジオ殿には感謝している』
『…』
あ、それ言うんだ。
ジェレミー兄様はさすがに笑顔だが、俺には困惑しているのが分かる。
『確かに君はコリーヌに生き写しだ。だが、君とコリーヌは違う人間だと言う事は分かっている』
『ドンク公爵…』
ドンク公爵は、少し悲しそうに微笑んだ。
『それでも。私の…長い初恋が、やっと終わった様だ』
俺、この顔を知っている気がする。
ダンスの終盤に差し掛かり、少し憂いを帯びた顔をしているドンク公爵を見ていたら、俺の幼い頃の記憶が呼び起こされた。
ああ、この人だったんだな。
そう思っていると、ダンスが終わった様でお辞儀試合っている。
「…ギル?」
テオが心配そうに声を掛けてくれたので、笑顔で何でも無いよと告げる。
「テオのダンスが楽しみで…。頑張ってね」
「ああ、カッコイイ所を見せなくてはな」
そこへ、ドンク公爵がジェレミー兄様をエスコートし、テオにバトンタッチした。
セルジオ様も、大叔母様をエスコートしている。
「…兄のお相手ありがとうございます」
「どういたしまして」
そう言いながら、ドンク公爵はジェレミー兄様達を眺めている。
この人、本当に俺に興味ないよね!
ハッキリしてる人って好きだよ。
俺もテオ達に視線を送りつつ、周りに声が聞こえない様に魔術を掛けて話し掛ける。
「そちらのマントは、ドンク公爵のお召し物でしたか」
「…このマントは魔物戦争後、着るのは今回が初めてだが?」
こちらに視線も寄越さずに、ドンク公爵はそう言った。
俺が魔術を掛けた事にも気が付いている様だが、それに関しては何も言うつもりは無いらしい。
「そうですね。あれは、魔物戦争が終わったばかりの頃でしたから」
「…何が言いたい」
「そのマントをお召しになった公爵を、ハッキリこの目で見たのです。…母の墓前で」
「!!」
ドンク公爵が息を呑んだのが分かった。
両親が亡くなった後、墓はジャメル家代々の墓地に建てられた。
両親の墓は隣同士に建てられたのだが、多くの貴族が最後にと墓を参りたいと申し出て来た。
この世界の墓参りは、胸に両手を重ね故人を偲び、花を手向けるのが一般的なのだが、貴族の墓は墓荒し等を危惧して親族以外は立ち入らないのが普通だ。
その為、本当に仲の良かった貴族だけ、親族が付き添いの元で案内したのだ。
コリーヌ母様に横恋慕していた男達は、何をするか分からないとお祖父様が反対して、誰一人立ち入らせはしなかったと聞いている。
それでも、俺は確かにこの目でこのマントを見たのだ。
両親が亡くなったショックで前世の記憶が戻り、それでも両親を恋しく思った俺は、こっそり二人のお墓に忍び込んでいた。
多分家族は気が付いていたのだろうが、幼子が親を恋しく思う気持ちは痛い程知っていたので、こっそり護衛が付くくらいだったが。
その護衛すら撒いていたんだけどね。
あの日は冷たい雨が降っていた。
こっそり部屋から抜け出し、水を弾くコートを頭から被り、俺は墓地に侵入していた。
人の気配がしたので急いで物陰に隠れて見たのが、ドンク公爵だったのだ。
立派なコートが濡れる事を気にもせず、ドンク公爵はコリーヌ母様の墓前に立っていた。
涙か雨かは分からなかったが、ドンク公爵は悲痛な顔をしていた。
『コリーヌ…。まさか。…まさかこんなに早く、君を失うとは思わなかった。…君は幸せだったか…?』
そう言って、ドンク公爵は何かを堪える様に両目を強く閉じていた。
長い時間そうやって雨に打たれた後、ドンク公爵は裏からひっそりと帰っていった。
今思えば、お祖父様が裏から手を回したんだろうな。
俺はその後、風邪を引いて怒られたけど。
その事を思い出しながら、俺は静かにドンク公爵に囁く。
「母は幸せでしたよ。誰よりも何よりも、父と家族を愛し、父と家族に愛されていましたからね」
そうだ。
コリーヌ母様は、誰よりもゼノン父様と家族を愛していた。
それでも子供がいようが、最優先はゼノン父様だったけど。
もちろん俺たち兄弟の事も愛してくれていたが、お出掛けする時も、ピクニックの時も、ゼノン父様の隣は必ずコリーヌ母様だった。
そして、そんなコリーヌ母様に応える様に、ゼノン父様は彼女を誰よりも愛していた。
「…幸せだったのだろうな。最後まで、愛する男と一緒だったのだから」
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