56 / 247
54 推しの事情
しおりを挟む「…話はわかりました」
少しの沈黙の後、父様がテオに向かって話し始める。
「ですが、すぐに婚約を認める訳にはいきません。ギルが殿下と共にレモルトを治める覚悟があるのか、そして帝国に認めて頂けるのか。そもそも嫁ぐ気があるのかも家族で話し合いたい。どうか時間を頂けないでしょうか」
父様の言葉はごもっともだ。
テオと結婚はしたいけど、俺はまだ最優秀な成績で学園を卒業しただけの田舎領の貴族だ。
レモルトは通るだけで良く知らないし、帝国皇帝の弟殿下に似合うかと言われても難しい。
「もちろんだ。私はレモルトに邸宅を構えたので、そちらで待つつもりだ。その上で、伝えなくてはならない事がある」
テオは、真剣な顔になり俺を見つめる。
何だろうと構えていると、少しバツの悪そうな顔になる。
「以前、私の従姉妹にあたるバランモス公爵家の令嬢タニアが、私の子供を宿したと騒いだ事があった。もちろん私と彼女の間にその様な関係は無く、診断の結果も私の子では無かった」
あ、パーティーで令嬢達が話していたゴシップか。
タニア公爵令嬢と言えば、何年か前までは帝国の貴族令嬢達の憧れの女性と言われていた様な。
「まず、私とは似ていなかったしな。その上、生まれた子供はエルフ族の血が濃く出ていた」
エルフの!?
じゃあお相手はエルフ族の人だったのか。
エルフ族は、帝国やサンジカラより遠いエルフの国であるセイレート王国に主に住んでいる。
他の国に居ない訳では無いが、エルフ族の成長にはセイレートに存在する聖なる泉の水や空気が必要不可欠であり、成人するまでに長く離れると命の危険もある為、ほとんどのエルフ族がセイレート王国やその近隣諸国に住んでいるのだ。
「…それではそのままセイレートヘ?」
オール殿下の問いに、テオは厳しい顔で頷いた。
「いや、セイレートの隣国であるパラット共和国に身を寄せている。セイレートには事情を話してあるので、泉や空気に触れる機会を与えられてはいるのだが、タニアが自分の子供ではないと言い出してな」
なんてこった。
テオの子供だと騒いだが、結局診断で嘘をばらされ、その子供は自分とテオには関係のない子供だと言い出したのか。
「他に私との子供が居るんだと言い出してな。今は屋敷で謹慎しているが、母親がその様な状態で父親の分からない子供をセイレートが受け入れに難色を示しているんだ。幸いタニアの弟がパラットに嫁いでおり、そちらが育てる事となった」
うーん中々に拗れているな。
「彼女は貴族の中でも人気のある女性だった為、私も始めは疑われてのだが。結局は診断と彼女のその後の行動に周りも間違いに気づいたようで。しかし、根強い人気があったからな。ギルに嫌な思いをさせてしまうかもしれない」
ふんふん。
俺はテオの申し訳なさそうな顔を見ながら、タニアの情報を思い出す。
「…確か、帝国帝都ではタニア嬢が流行を作ると言われていた方ですよね?前皇帝閣下の弟君のご令嬢だとか」
俺の質問に、テオはそうだと頷いた。
前皇帝の弟殿下が降下した公爵家の末の令嬢で、容姿も仕草も完璧な令嬢だと耳にしたことはある。
一度ギルドの酒場で、令嬢の姿絵だと騒いでいるのを見た事があるが、確かに美しく可憐で庇護欲を唆るであろう令嬢であった。
美しいブロンドをふんわりと巻き、高位貴族らしく色白で手指も細く、緑眼と真っ赤な唇の美しい姿が描かれていて、ギルドでは次はこの生地が流行るんだなどの会話がされていたと思う。
人となりは、優しく社交的で、お茶会やパーティーが好きな苦労知らずの令嬢と言うイメージだ。
「確か、テオドール殿下はバランモス公爵からの縁談の話をお断りしているんですよね?やはりギルとのことが関係しているのですか?」
オール殿下の問いに、テオは首を横に振る。
「いいや、バランモス公爵からの縁談は、私が十三の時。タニアが五つになり初めての顔見せで城に来た時、随分私を気に入った様で。私は剣術や学園で忙しかったし、タニアに興味が持てず断ったのだ。その後も何度か打診があったが、全て断っている」
ほほう。
従兄弟のかっこいいお兄さんに一目惚れして、長年ずっと恋焦がれて拗らせちゃったのか。
テオが確か三十だから、四つ下のタニアは二十六。
あれ、行き遅れてるんじゃ…。
貴族って二十歳そこそこで嫁ぐ人が多いよね?
「…私のせいで行き遅れたのだからと言う声もあったが、さすがに今回の件でその様な擁護も無くなった。兄上も元々反対していたからな。タニアは帝都貴族や他国の王族に嫁ぐ方が合っていると。私とは合わないと明言までしてくれた」
皇帝に明言されるとは。
そんなに相性が悪そうに見えたのかな。
俺の言いたい事が分かったのか、テオは苦笑する。
「タニアは、本当に貴族の令嬢だったんだ。美しく着飾り、宝飾も毎回最先端を取り入れ、流行りのドレスや帽子や何やらを誰よりも早く見に纏い、頻繁にお茶会を開く。彼女に紹介してもらえれば、商品は売れると約束された様なもの。もちろんそういった令嬢は必要なのだろうが、私には彼女は魅力的には見えなくてな。彼女が事業をする訳でもなく、何かを開発する訳でもなく。周りに流され流行を作っている様だった」
作られたファッションリーダーってヤツだね。
人気が出て、それなら作ってみようとはならない所が高位貴族って感じだ。
そんな事しなくても、欲しい宝飾やらは簡単に手に入るだろうし。
「それに、彼女には縁談も山の様にあったが、私と結婚するんだと思い込んでいた。私には冒険者の様な危険な事は辞めて、一緒に流行り物を着飾る様説得もされた。彼女のとっては私も流行り物の一つの様に考えていたのだろう」
呆れた様なテオのセリフに、成程と頷く。
確かに、様々な流行と最高の男をセットで連れ回したかったんだろうな。
446
お気に入りに追加
1,282
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
【BL】婚約破棄で『不能男』認定された公爵に憑依したから、やり返すことにした。~計画で元婚約者の相手を狙ったら溺愛された~
楠ノ木雫
BL
俺が憑依したのは、容姿端麗で由緒正しい公爵家の当主だった。憑依する前日、婚約者に婚約破棄をされ『不能男認定』をされた、クズ公爵に。
これから俺がこの公爵として生きていくことになっしまったが、流石の俺も『不能男』にはキレたため、元婚約者に仕返しをする事を決意する。
計画のために、元婚約者の今の婚約者、第二皇子を狙うが……
※以前作ったものを改稿しBL版にリメイクしました。
※他のサイトにも投稿しています。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
転生して悪役になったので、愛されたくないと願っていたら愛された話
あぎ
BL
転生した男子、三上ゆうきは、親に愛されたことがない子だった
親は妹のゆうかばかり愛してた。
理由はゆうかの病気にあった。
出来損ないのゆうきと、笑顔の絶えない可愛いゆうき。どちらを愛するかなんて分かりきっていた
そんな中、親のとある発言を聞いてしまい、目の前が真っ暗に。
もう愛なんて知らない、愛されたくない
そう願って、目を覚ますと_
異世界で悪役令息に転生していた
1章完結
2章完結(サブタイかえました)
3章連載
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
王命で第二王子と婚姻だそうです(王子目線追加)
かのこkanoko
BL
第二王子と婚姻せよ。
はい?
自分、末端貴族の冴えない魔法使いですが?
しかも、男なんですが?
BL初挑戦!
ヌルイです。
王子目線追加しました。
沢山の方に読んでいただき、感謝します!!
6月3日、BL部門日間1位になりました。
ありがとうございます!!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる