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29 推しと社交の始まり
しおりを挟むセルジオ様に促され、まずはお祖父様が外に出る。
周りの馬車からの視線を感じるが、皆こうやって情報を集めたり値踏みしているのだろう。
お祖父様は長らく学園でも教師をしていたから、挨拶にと出て来たい貴族も多いようだが、今回はリーナイト公爵家の馬車から降りて来たので、皆は様子を伺っている。
その中で俺が降りると、ドンク公爵家の馬車からドンク公爵が降りて来る所だった。
逞しく鍛えられた体に、短く切り揃えられた黒髪を後ろ手に撫で付け、鋭い瞳は髪と同じ黒色だ。
おいでなすったか。
公爵に続いて夫人と、もう成人している子息達が降りて来る。
長男は優秀な伯爵家の令嬢を娶っており、次男は独身貴族で、三男は先日皇太子殿下の婚約者の候補として発表があったばかりだ。
ドンク公爵もお祖父様の教え子のなので、こちらにやって来た。
ご家族は、お辞儀をすると先に城内へ入って行く。
入り口で一族同士でご挨拶をしていると、注目の的なので正しい判断だろう。
後で揃って挨拶する事になるしね。
「リネー伯爵。ご無沙汰しております」
「お久しぶりですなドンク公爵。ご子息も立派になられて。こちらは孫のギルです。今年卒業で、私がエスコートさせて貰うんですよ」
「初めましてドンク公爵閣下。ギル・ジャメルです」
お祖父様に紹介され、胸に手を当ててお辞儀する。
公爵は小さく頷くと、馬車に目を向けた。
「本日はリーナイト家の馬車で?」
周りも不思議に思っていただろう事を、ドンク公爵は聞いてくる。
「ええ、もう一人の孫が、リーナイト家に嫁ぐことになりましてな。ああ、今降りて来ます」
ジャメル家の息子が?
不思議そうにドンク公爵は馬車に目を向け、そして息を呑む。
先に降りたセルジオ様に、恭しくエスコートされて降りてくる、天使のようなジェレミー兄様。
その姿は、コリーヌ母様に生き写しだ。
幸せそうに柔らかく微笑み、セルジオ様に腰を抱かれながら、こちらに歩み寄る。
美しく、とてもお似合いの二人の登場に、周りもシンとなる。
「ドンク公爵、お変わりないようで。こちらは、私の婚約者のジェレミーです」
セルジオ様がジェレミーを紹介すると、ドンク公爵は一瞬驚いた顔をした。
周りも、婚約者の言葉に驚いている。
「初めましてドンク公爵閣下。ジェレミー・ジャメルです」
兄様の初めての社交相手はドンク公爵か。
ま、悪い相手では無いかもな。
そう思いつつ、ドンク公爵の動向を伺う。
「ジャメル家の…そうか。ついにセルジオ殿にも婚約者が。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
祝福しつつも、ジェレミー兄様から目が離せないドンク公爵に、お祖父様が小さく咳をする。
「リーナイト公爵もいらしたようだ。我々も中に入りましょう」
「…ええ。それでは私は先に失礼します」
父様達を乗せた我が家の最新型の馬車が到着すると、ドンク公爵はそのまま城へ入って行く。
セルジオ様を見ると、軽くウインクされた。
先程の話を聞いて、ドンク公爵にも釘を打ったんだろう。
我が家の馬車が着くと、周りの貴族達が騒ぎ出す。
そりゃそうだ。
俺が監修した最新型だからな。
周りは魔術を掛け頑丈にし、焦茶色で艶を出したボディには、金細工を施してある。
豪華絢爛ではないが、最近の帝国で流行っている美しくスタイリッシュな馬車だ。
中にも拘り、ソファの座り心地や背もたれまで力を入れてある。
その馬車から、まずはホセ兄様が降りてくる。
長身と引き締まった体が分かる出立に、周りから黄色い声が上がる。
こちらも帝国の流行を少し入れた肩から流れる金糸のデザインが良く似合っている。
一応辺境騎士なので、腰には剣を携えている。
そして、恭しくフロル様をエスコートすると、揃いの衣装は良く映えた。
周りから感嘆の声が聞こえる程だ。
その後に続いて、父様が降りてくる。
がっしりとした体を格好良く際立たせている、黒と金糸の多いコートと腰の剣。
そして、胸の勲章が父様の活躍を物語っていた。
「さ、シェル」
「ありがとう」
その父が、シェル様をエスコートしている。
父とは揃いでは無いが、黒と銀糸の多いコートは、まるで対の様だ。
思わぬ組み合わせに、周りも騒いでいるが、気にせずに場内へ入る。
「取り敢えず、周りの貴族には我々が深い関係だと印象付けられたな。ジャメル領の領民は裏から隣の部屋へ案内される。発表が始まるまでは、こちらの部屋で待とう」
シェル様の言葉に、皆は頷いて用意されていた部屋へ入る。
ソファとテーブルのセットが三つ用意され、他にも椅子がある、広い部屋だ。
ここからが正念場。
サッと部屋に魔術を掛け、話が漏れない様にする。
そして王家への発表を前に、最後の作戦会議が始まった。
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