逃避行

KuRam0321

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二、初彼

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 二、初彼
 ニ○一八年九月二十三日
  いつものようにTwitterのタイムラインを遡っていると
「誰か俺の心の癒しになって、泣
 …やっぱり、弱っている俺は嫌いですか…?」
 というツイートが目に留まる。私は自分が辛い状況だからなのか同じように弱っていたり悩んでいる人をほっとけなかった。相手に対しての哀れみなのか同情なのかただ単に自己満足なのか分からない自己本位の欲望だ。それでもいいから唯一の居場所だったTwitterで誰かを救いたかった。だから私は
「いいよー!弱っているの嫌いじゃないよ。」とリプを送る。送ってからこれが初リプだと気づいた。どんな人か知らなかった私はプロフィールに飛んでみる。名前は『かずま』というらしい。アイコンは自撮りだろうか。顔をスマホで隠して全身が写っている。スタイルが良い。雰囲気は間違いなくイケメンだった。プロフィールにはアニメやボカロが好きな高校二年生と書かれている。趣味が似ていてツイートを見る限り性格も優しそうだ。自然と好印象になっていった。
  ある日、かずまからDMにて相談を受けた。相談内容は
「自分は多くの人に告られているけど、
 その度に断っているので多くの人を傷つけてしまっている。そんな自分が嫌だ」
 との事だった。彼は相手の事を考えられる人なのだろう。そして凄く優しい人なのだろう。そう思った。私はそれに対して
「曖昧な気持ちで告白を受け入れる方が傷つく。今は傷ついてもいずれそれが成長となる日が来るよ」
 と伝えた。優しい彼には自分を責めてほしくなかった。それに彼が悲しんだり苦しんでいたら、彼を好きだった人達が悲しむだろう。自分が告白したせいで自己嫌悪に浸るかずまを彼女達はどう思うだろうか。彼女達は更に報われない事になるだろう。負の連鎖だ。私はこれを止める必要がある。真剣にかずまにアドバイスをした。

  その日からほぼ毎日他愛も無い話をした。趣味の話やお互いの悩みだ。
  そんなある日の事だった。信じられない事が起こった。
「ラムネの事が好きです。今の俺は『絶対幸せにする』なんてかっこいいことは言えないけど『絶対大切にする』から俺と付き合ってください」
 ドラマのような告白だった。ちなみにラムネは私のTwitter名である。嬉しさよりも先に戸惑った。なぜなら彼はネットの人でお互い顔も声も知らない。それに私達はまだ出会って間もない。普通の人ならここで断るだろう。しかし今の私は世間一般に言う普通の状況ではなかったのだ。
「私も好きです」
 私は優しくてかっこいいかずまに惚れてしまったのだ。理想的な男子に告白されて理想的なお付き合いをしたかった。しかし、ただ単に私はそばにいてくれる人がほしかった。理解してくれる人がほしかった。それだけだったのかもしれない。
  晴れて恋人になった私達はLINEを交換する。LINEを交換したことによって自動的に本名が分かることになる。その日から「あいな」と呼ばれるようになった。毎日LINEで色んな話をした。その時、かずまは高二だったので修学旅行の話、二人で会う話、お互いの趣味の話、知っていくうちにどんどん好きになって惹かれていったのが自分でも分かった。返信が来るのが楽しみで会話が途絶えるのが嫌だった。そんな事を思うのは初めてだった。本当の意味で恋に落ちたのだろう。
  そんなある日の事だった。
「かずまくんの彼女さんですか…?」
 一通のDMが届いた。誰だろう。フォロワーさんからのDMでは無かったため、少し怪しんだが、
「はい!そうです!」
 と答えた。
「私はかずまくんの幼なじみのゆかと言います。かずまくんの事なら何でも知ってるので聞いてください!」
 幼なじみなんてアニメやドラマの中だけかと思っていたが、どうやらかずまには幼なじみの女の子が存在するらしい。
 私はそれからLINEではかずま、Twitterではゆかちゃんというような感じで毎日交互にやり取りをするようになる。私は受験生ということもあり返信が少し遅くなりながらも早く返すように心掛けていた。それと同時に彼女達以外の人達ともTwitter上でやり取りを続けていた。歌い手グループの人達、前から絡んでいた人達、自分で言うのもなんだが、Twitter上では話す人が多いように思える。現実では相変わらずクミくらいしかいないけど…。現実とTwitterの差を感じては落胆する毎日だった。
  そんな中、私は付き合っているという幸せな報告をどうしても一番最初にしたかった人がいた。いつも心配してくれて心の支えになってくれているkurahaだ。私はカラオケ配信にてkurahaに報告しようと考えていた。kurahaは毎回配信に来てくれて今回も来てくれるだろうと予想してたからだ。なので私はカラオケにて配信をしながら閲覧者がkurahaだけになるのを見計らっていたが、誰か他に一人だけ見ている人がいた。いつもは前から絡んでいる人達ならコメントを残してくれるはずだが、その人はコメントを残さないので誰だか把握する事が不可能だった。しかし、時間が無かったので伝える事にした。
「私ね、実は…」
 と言いかけた時、
「ん!?もしや…恋をしていらっしゃる!?」
 察しの良いkurahaは私がカラオケ配信の最中によく恋愛ソングばかり歌っていたので何となくは分かっていたようだった。
「実は付き合っている人がいてね、今日ね電話するんだ!」
 そう。今日は初めてかずまと電話をする日。私は舞い上がった気持ちでいっぱいだった。テンションが上がっている私を見てkurahaは
「おめでとう!応援するよ!」
 と暖かい言葉をかけてくれた。そしてネットの人だと伝えても応援する素振りは変わらないようなので安心した。ネット恋愛は世間から批判を受けることが多い。顔も本当の性格も知らない人が多いから当然だろう。しかし、ネット恋愛をしている私は出会いの場がどこであれ、当事者達が幸せならそれで良いという考えを持つようになった。ネットの危険性は学校で良く教わっているが、どこか他人事だと考えていた。私の周りは優しい人ばかりで恵まれていると感じていたからだ。この人達なら直接会う事が出来る。kurahaを含むネットの人達を、かずまを、信じていたのだ。
  配信を終わりにして家に帰り、私は初めてかずまと電話をした。配信で声を人に聞かせることは慣れているはずなのに凄く緊張した。それはかずまも同じようだった。好きという感情を自覚して尚且つ、かずまからも直接好きという感情を受け取った日だった。暫くはTwitterの人達や好きな人、リアルの友達のクミに囲まれ幸せだった。が、その幸せは少しずつ壊れていった。
  Twitterで質問箱をやっていると、目を疑うような内容の書き込みがされていた。
「あなたを本気で思ってくれる人はいない。ネットだからいい態度取ってるだけ。どうせ裏切られる」
「あなたは歌い手にはなれない。ゲスボが歌い手を目指すとか笑うWWW」
  「えめくん可哀想邪魔」
 どれも本当の事だからこそ傷付いた。現実で居場所が無いからTwitterに依存した。Twitterにさえ居場所を奪われたら私の居場所はどこにあるのだろうか。仮想でも良い、それでも私は癒しの場所が欲しかった。それを否定されるのは悲しかった。これを送ったのは間違いなくTwitterの人だろう。そう思うと怖かった。誰を信用したら良いのか分からなかった。所詮ネットも現実も変わらない。質問箱での荒らしは度々続いた。内容は誹謗中傷や妬みを含んだものばかりだった。現実での陰口や悪口、ネットでの誹謗中傷に悩まされた。ますます人が怖くなった。誰を信用して良いのか分からなくなった。日に日にネガティブなツイートが増える私をかずまとkurahaが心配してくれた。意を決してかずまとkurahaにこの事を相談すると、二人は
「居場所になる」
 と言ってくれた。初めてだった。弱い部分を見せても受け入れてくれる人達は。私はまだネットを、この人達を信用したい。自分を批判してくる人達に気を取られないで自分を大切にしてくれる人の存在を大切にしようと思った。
  ある日、ゆかちゃんがかずまを好きだということを知った。なんとなく察していた。幼なじみはどちらかが好きになるかどちらとも惹かれ合うのどちらかが私が見てきた物語の常識だったからである。ゆかちゃんはかずまに幸せになってもらいたいから私にかずまを頑張って幸せにしてほしいとの事だった。かずまの幸せを第一優先にしているゆかちゃんを見て、私にできることってなんだろう。ゆかちゃんの想いを受け止めて私は何でもしようと意気込んでいた。しかし、ある日どうしても出来ないことを言われたのだ。
「普通付き合ったら恋人以外は全員縁を切るんよ。かずまくんは言わなかったけど相手が不安に思うからね。」
 ということをゆかちゃんから
 伝えられた。そういうものなのだろうか。私は付き合ったことがなかった為、何も知識がなかった。しかし、友達まで切る必要があるのだろうかと暫くの期間は渋っていた。それがいけなかったのだろう。
「ラムネさんは正直かずまくんから信用されてないと思う。うちも正直信用してへんし。かずまくんのこと本当は好きじゃないんじゃないの?本当に好きだったら縁を切るはずだよね?」
 ゆかちゃんの口調が日が経つにつれて強くなっていった。怖くなったというのもあるが、好きだということを証明するために言う通りにまず所属していた歌い手グループから抜ける事をゆかちゃんに約束する。が、完全には辞められなかった。陰で応援しながら皆のことを助けるという事を約束して表舞台からは消えたが、グループには存在していたのだ。どうやら二人にはバレていないようだった。しかし、Twitterで仲良くしていた人によってバラされたのだ。私は焦った。また責められてしまうのではないか、その予想は的中した。
  「ラムネさん辞めるっていうのは嘘だったんやね。完全に信用無くした」
 嘘…?それは違うのではないか…?
「嘘じゃないよ!きちんと辞めたし…」
 辞めたことは辞めたのだ。しかし、在籍して半年近くも経ち、リーダーもこの間辞めていて初期メンバーは私しか残っていなかった状況で同じメンバーの人に迷惑をかけたくなかったのだ。だからゆかちゃんの条件を呑み、自分の考えも含めて応援だけする形になったのだが…そんな理屈は通用しなかった。
「辞めたとしても男子と話してる状況は変わらんやろ?それはTwitterにも言えるけどね」
 そう。歌い手グループには男子もいたのだ。それが盲点だったのだ。
「ごめんね、完全に辞めます」
 そう告げて理由も言わずにグループを抜けた。まだやり残したことは沢山あったしメンバーの人とも仲が良かった。悔しかった。でも信用させることが出来なかった私が悪い、そう思った。
「辞めてきたよ」
 私はゆかちゃんに報告をした。
「それがええよ。カラオケが上手い程度の人は有名にはなれへん。かずまくんみたいに皆から注目されてる人じゃないと。」
 そう言われた。
「そっか…そうだよね」
 そんな事はとっくに分かっていた。だが、私の居場所でもあった歌い手グループを手放すこと、グループの人達を裏切ったことがやるせなかったのだ。こんな私でも受け入れて仲良くしてくれた、そんな人達を裏切ったのは心が傷んだ。でもそんなこと告げてもまた怒られるだけだ、そう思った私は何も言わなかった。というより言えなかった。
  居場所であったTwitterはそのまま続けていた私は普通に男子とも話していた。Twitter上だし歌い手グループはかずまのために辞めたし何とも思わないだろう。DMやLINEなどで個人で連絡を取っているわけではなかった。ただツイート上でたまに絡む。その程度だった。しかし、その考えはまたもや甘かったのだった。
「今まで言わなかったけど男子と話してるのは浮気と変わらへんからねこの浮気者。あれだけいつも言ってたんにラムネさん最低!!!」
 きつい言葉でゆかちゃんにそう言われた。
「Twitter上で話してるだけだよ、誰ともLINE交換してないし深い話もしてないよ。」
 ゆかちゃんが浮気と言う意味がわからなかった。
 ただ話してるだけなのに。どうして浮気と言われなければいけないのだろうか。
「自分がどう思うかより相手がどう思うかなんやさ。ラムネさんがしてる行為は浮気だよ。」
 そうか、私が悪いのか。いじめと同じだ。自分がどう思っていようと相手の受け取り方によっていじめかいじめじゃないか判断する。いじめを受けてきたにも関わらず、理解していなかった自分がいた。私は自分の都合の良いように解釈をし、かずまを傷つけている。そう思った私はゆかちゃんの言葉を鵜呑みにした。
「じゃあどうすればいいの…?」
 半分投げやりでそう聞いた。
「私が選んだ人だけフォローして。この垢のフォロワーも選んだ人以外全員ブロック解除して鍵垢にして。」
 ゆかちゃんが選ぶんだ…。一瞬そう思ったが、私が仲良い人を選んだ所で突き返されるだけだろう。
「…わかった。」
 そう言うしかなかった。
 十五人程度だろうか。そのくらいの人数の人達がスクショで送られてきた。
「この人達なら信用できるんやさ。」
 信用できる十五人の中にはkurahaも入っていて一安心した。
  私はゆかちゃんの言う通り鍵垢にし、一人一人に心の中で謝りながら別れの言葉も言わずにブロックしてしまった。もうどうでも良かった。どうしても信用されないゆかちゃんやかずまに信用してもらいたかった。私はこの二人に依存していた。自分の性格や行動を変えてしまうほどに。

  それから私は新しい垢を作って元の垢は鍵垢にした。これで二人は満足そうだった。
  ある日それは、何気ない日の事だった。帰り道一人で帰っていたら、喧嘩して一切話していなかった瑞希が話しかけてきたのだ。どんな罵声を浴びせられるのだろうか。私は自然と身構えた。
「今までごめんなさい。一緒に帰ろう」
 瑞希の口から出た言葉は予想に反した言葉だった。私は驚いてすぐには言葉が出なかった。
「もう…遅いかな?」
 瑞希が不安げな顔でこちらを見てきた。
「遅くない!こちらこそごめんね。」
 瑞希には沢山苦しめられたり、仲間外れにされたりして理不尽なことをされたが、喧嘩の理由はお互いに悪かったのだ。
「でもどうして急に…?」
 私と瑞希は喧嘩して話さなくなってから半年近くが経過していた。急に謝罪をしてきた意図が分からなかった。
「だって…あいな一人だもん。」
 その言葉を聞いて私は小学生の頃を思い出した。小学生の頃、友達もいなければ話す人もいない。そんな私を見て話しかけてくれたのが瑞希だった。
 しかし、瑞希以外に友達がいなかった私はまた一人になる気がして不安だった。だって私には瑞希しかいないけど瑞希には沢山の友達がいるのだから。私と瑞希は体育館の外で座って佇んでいた。
「私さ、一人になったらどうしようって、思うんだよね」
 ふと胸に抱いている不安を瑞希に話した。
「何言ってるの!一人ぼっちにさせないから。どんな事があっても!約束するよ」
 瑞希は当たり前のようにそう言った。瑞希はいつもその言葉どおりに私が一人でいる時は話しかけてくれて一人でいることはなかった。
  恐らく私がクラスの子から仲間外れにされ、一人で帰る姿を見て話しかけてくれたのだろう。部活で仲間外れにしてきたりもしたが、あの時の言葉を未だに忘れずに守ってくれたのがそれを覆すくらい嬉しかった。
  それからは時々見かけては一緒に帰ったりもしていたが、他の人達と楽しそうに話してる瑞希を見て私と帰るのが申し訳なくなってしまって自然と瑞希が帰る時間帯を避けて帰るようになってしまった。楽しそうな雰囲気を壊したくなかったのだ。今の私はやつれてしまっているから。何が原因かも分からなかった。かずまに夢中で気にする余裕もなかったのだ。
  その後はあっという間に時間が過ぎていった。クリスマスイブに会う約束をしていて会う一ヶ月前に起こった出来事だった。
「かずまくんが刺された」
 ゆかちゃんから一通のDMが来た。私は急いで
「どういうこと!?」
 と送ったら
「私とお姉ちゃんが刺されそうになってかずまくんが庇って刺されたんやさ。それで今、意識不明の重体で…」
 そんなことあるのだろうかと一瞬思ったが、もし本当に起こっているのならそれは失礼にあたるだろう。私はその言葉を信じ、かずまを心配した。
「かずまくんの意識が戻った」
 そう聞いた私は自然と涙が溢れていた。『良かった』本気でそう思った。かずまの事が自分の中で一番大切になっていると感じた瞬間だった。
  かずまが段々回復していったある日の事だった。
「もう一人幼なじみがいて…あいなと話したいって言ってるからLINE交換してあげて」
 そうかずまに告げられさつきさんという人の連絡先がLINEで送られてきた。追加をするとこんなお願い事をされた。
「かずまくんはあの事件で手が上手く機能しなくて性欲が溜まってるらしいの…性欲が溜まると理性が抑えきれなくなって私とゆかの姉、ちかねと私は狙われるかもしれないの。ゆかは小六で歳が離れているから狙われないけどね!」
 さつきさんの言っている意味がわからなかった。
「そうなんですか…?」
 本当にかずまがそんなことをするのだろうか。そんな意味も込めて疑問形で返した。すると、
「性欲が溜まった年頃の男子は気にせず近くにいる女子を襲ってしまうの。だから…かずまくんの為にも抜いてあげてほしくてね」
 何故初デートで性的行為をしなければいけないのか。それに私は中学三年生で初彼氏だ。やり方も知らない私は
「出来たらしますね」
 とあしらった。性欲が溜まるくらいで簡単に浮気をしてしまうのが男子なのだろうか。そしてそれは許される行為なのだろうか。それこそ浮気じゃないか!ゆかちゃんは私に浮気者と言っていたくせにと怒りが湧いてきたが、この怒りをぶつけたところでどうにもならないことは知っていたのでこの気持ちに蓋をすることにした。そしてついに会う日が来た。
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