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「――そろそろそっちへ行ってもいいかしら?」
崩れ落ちたマンティコアの身体を背に、アリスがハイダルを見上げて言う。
『一つ、いいものを見せてやろう』
ハイダルが再びボタンを押すと、またも壁がスライドし、
「……っ!」
中から現れたのは巨大な水槽だった。二、三メートルの高さの分厚いガラスの内側を、透明の液体が満たす。中心には一糸纏わぬ少女が一人、立ち上る気泡と共に揺れていた。
『どうだ? 美しいだろう。一点の曇りもない、完璧な生命だ』
ハイダルのその言葉の通り、目を閉じて眠っているかのような表情で漂う少女の身体には、くすみはおろか一つのホクロさえも無い。白くきめ細かい肌は、緩やかな膨らみと自然なくびれを描き、不自然な程の美しさを体現していた。
『先程のがらくたとは違うぞ。純粋なホムンクルスだ。これの為に随分な金と時間を使ったが、やっと手に入れることができた。あの錬金術師には礼を言わねばならんな』
「なんてこと……!」
声を上げるルースの隣ではアリスが、
「あの子がシフラか……。するとフローデルに手紙を渡したのも、さっきあたし達を案内したのも、彼女で間違い無さそうね」
親指の爪を噛みながら静かに呟いた。
『“杖”が手に入ったお陰で、行方の判らなくなっていた“笛”も案の定手に入った』
そして、仰々しい音と共に床の一部がせり上がり現れたのは、頑丈そうな黒鉄の檻。中にはアリスが探していた浅黒い肌の少年が力無く横たわっていた。
「ルー!」
アリスが名を呼ぶのと同時に白色の狐が檻へ向けて走り出すが、
『おっと』
がしゃんという音を立てて、天井に据え付けられた投光器から床へと、紫色をした八本の光が落とされる。それらはトゥーラが捕らわれる檻の周りを囲うように配置され、
「――くっ!」
咄嗟に飛び退くルース。紫の光は微かに触れた白の毛皮を焦がした。
『それは魔術障壁を分析、研究して開発した我が社の大ヒット商品の最新版だ。それを使えば、魔術師でない私でも、こうしてその力を簡単に手にすることができるのだ』
スピーカー越しのハイダルは自慢げに言い、
『魔獣相手の実証実験はしていなかったが、どうやら効果があるようだ。犠牲になった何人かの魔術師達も喜ぶことだろう』
笑う。
その笑い声を浴びるアリスは俯き、ルースからもその表情は窺い知ることはできなかったが、
「……ルー。あのジジイのところまで跳べる?」
両拳が強く、硬く握られていた。
「あたしを誰だと思ってるの?」
余裕の表情で答えるルースに、アリスは腰のポーチから今までより一回り大きい瓶を取り出す。ほっそりとして背が高く、尖ったガラスの蓋。それはまるで、香水の瓶のようだった。
「じゃあ、頼んだわよ」
手にした瓶をルースに銜えさせたアリスは、視線を紫色の光線に護られた檻へと戻す。
崩れ落ちたマンティコアの身体を背に、アリスがハイダルを見上げて言う。
『一つ、いいものを見せてやろう』
ハイダルが再びボタンを押すと、またも壁がスライドし、
「……っ!」
中から現れたのは巨大な水槽だった。二、三メートルの高さの分厚いガラスの内側を、透明の液体が満たす。中心には一糸纏わぬ少女が一人、立ち上る気泡と共に揺れていた。
『どうだ? 美しいだろう。一点の曇りもない、完璧な生命だ』
ハイダルのその言葉の通り、目を閉じて眠っているかのような表情で漂う少女の身体には、くすみはおろか一つのホクロさえも無い。白くきめ細かい肌は、緩やかな膨らみと自然なくびれを描き、不自然な程の美しさを体現していた。
『先程のがらくたとは違うぞ。純粋なホムンクルスだ。これの為に随分な金と時間を使ったが、やっと手に入れることができた。あの錬金術師には礼を言わねばならんな』
「なんてこと……!」
声を上げるルースの隣ではアリスが、
「あの子がシフラか……。するとフローデルに手紙を渡したのも、さっきあたし達を案内したのも、彼女で間違い無さそうね」
親指の爪を噛みながら静かに呟いた。
『“杖”が手に入ったお陰で、行方の判らなくなっていた“笛”も案の定手に入った』
そして、仰々しい音と共に床の一部がせり上がり現れたのは、頑丈そうな黒鉄の檻。中にはアリスが探していた浅黒い肌の少年が力無く横たわっていた。
「ルー!」
アリスが名を呼ぶのと同時に白色の狐が檻へ向けて走り出すが、
『おっと』
がしゃんという音を立てて、天井に据え付けられた投光器から床へと、紫色をした八本の光が落とされる。それらはトゥーラが捕らわれる檻の周りを囲うように配置され、
「――くっ!」
咄嗟に飛び退くルース。紫の光は微かに触れた白の毛皮を焦がした。
『それは魔術障壁を分析、研究して開発した我が社の大ヒット商品の最新版だ。それを使えば、魔術師でない私でも、こうしてその力を簡単に手にすることができるのだ』
スピーカー越しのハイダルは自慢げに言い、
『魔獣相手の実証実験はしていなかったが、どうやら効果があるようだ。犠牲になった何人かの魔術師達も喜ぶことだろう』
笑う。
その笑い声を浴びるアリスは俯き、ルースからもその表情は窺い知ることはできなかったが、
「……ルー。あのジジイのところまで跳べる?」
両拳が強く、硬く握られていた。
「あたしを誰だと思ってるの?」
余裕の表情で答えるルースに、アリスは腰のポーチから今までより一回り大きい瓶を取り出す。ほっそりとして背が高く、尖ったガラスの蓋。それはまるで、香水の瓶のようだった。
「じゃあ、頼んだわよ」
手にした瓶をルースに銜えさせたアリスは、視線を紫色の光線に護られた檻へと戻す。
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